第8話 想い出

 拓海は無事にレポートも完成して、母が来るのを出迎えた。


 その日は親戚一同が祖父母の家に集まった。お寿司や焼き鳥などの料理でテーブルが埋め尽くされる。

 久しぶりに会う親戚たちとの会話は少し緊張した。


「拓海くんさ、野菜嫌いだったよね。今も無理なの?」

「もう大丈夫だよ。そこまで子どもじゃないって」


 従兄弟のまーくんと会うのも数年ぶりだった。まーくんは小さくてぷっくりした子どもという印象だったが、今では体格のいい男に成長していた。


 他にも従兄弟が四人ほど来ていたが、みんな昔の面影を残しつつも随分と変わってしまっていた。


 夜になって、ご飯も終われば全員がそれぞれの家に帰る。

 拓海も滞在目的のレポートを完成させることができたため、母と一緒に東京に帰ることになった。


「ばあちゃんもじいちゃんも、ありがとうね。結構長い間世話になっちゃって」

「いいのよ。またいつでもおいで。何もないところで、つまらないかもしれないけど」

「そんなことないよ。楽しかった」


 また来るね、と手を振って拓海は祖父母の家を後にした。


 東京に戻ると、日常に喧騒が戻ってきた。

 祖父母の家と、東京の家では時間の速度が違う気がする。


「拓海、レポート終わった?」

「ばっちり」

「まじかよ。俺まだ何もしてないわ」


 カフェで友人はソファに埋もれた。拓海はその友人の足を蹴りながらアイスコーヒーを飲む。


「提出日までに終わらせろよ。一人でも提出遅れたら、教授の機嫌が悪くなって俺にまで被害が及ぶ」

「拓海くんー、手伝ってくれないか」

「嫌だ。自分でやれ」

「けち」

「恨むなら自分を恨め。どうせ今まで遊んでばっかりだったんだろ」

「そうなんだよー」


 友人はがばっと起き上がるとスマホを取り出した。


「みてみて、俺の彼女めっちゃ可愛いの」


 ほら、とスマホの画面を目の前に突き付けてくる。拓海は呆れた顔でそれを見た。

 茶髪のショートカットの女性が笑っていた。


「たしかに可愛いけどさ」

「夏祭りに、水族館に、動物園、色々デートしに行ったんだ。あとはなー」

「もういいから、お前のノロケ話に興味ない」


 なんだよー、つれないな。友達は口をとがらせた。


「拓海はなんか面白い写真とかないの? お前、写真撮るの趣味だっただろ。この夏何して過ごしたわけ?」


 写真みせて、とせがまれる。

 拓海はため息をついた。断ったところで、この友人は駄々をこねる。そうなると更に面倒なことになるのは分かりきっていた。渋々スマホを操作した。


 友人は拓海の手元を覗き込む。


「なんだこれ。田舎の写真ばっかり。お前田舎フェチかよ」

「どんなフェチだよ」

「いや、だってまじで田舎の写真ばっかりじゃん。怖いわ」

「そうなんだよな。さすがに自分でもびっくりする。なんでこんなに撮ったんだろ」


 拓海は頬杖をつきながらスマホを眺めた。


 たしかに綺麗な風景ではある。東京にはない、のどかな風景だ。しかし、だからといってここまでの枚数を撮るほどのものなのか、自分でもよく分からない。


 友人はメロンソーダをごくっと飲んだ。


「いらないなら消しちゃえば? 容量くうだろ。俺もこの前写真増えすぎたから一気に削除したんだよねー。こまめに整理した方がいいぞ」

「うん――」


 拓海は画面を見つめた。


 ちょっと急な階段が続く道。踏切。柿の木畑。公民館。分かれ道。夕暮れ。古びた公園――。

 穏やかで、どこか寂しい風景。


「――いや、やっぱいいや。もう少し残しておく」


 拓海はスマホを机の上に置いて笑った。

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少女の影は消えていく 橘花やよい @yayoi326

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