音獣のサイレント掃討作戦

ちびまるフォイ

この話は他言無用で読んでください

「局地的な地震でしょうか。建物が崩れています」

「誰かがうちの畑を荒らしたんだよ、まったく許せないね」

「なにか大きなものにぶつかったのは間違いなかった」


最近のニュースはもっぱら原因不明の被害を報道していた。


それを報道していたアナウンサーが急にカメラから見切れたりするので、

「報道したら死ぬ」とまでタブー視されるネタとなった。


やがて、国のトップが異例の記者会見を行った。


"みなさん、声を出さずによく聞いてください"


集まった記者たちは国トップの後ろに映し出された文字を不思議そうに見ていた。


"最近なにかと話題になっている被害はご存知ですね"


"痕跡を調査した結果、獣の被害であることがわかりました"


記者たちはお互いの顔を見合わせる。

なにせこれまでそのような姿は一度も見られなかった。


"ただの獣ではありません。音から生み出される害獣です"


"これにより声から生み出された獣が

 報道してたアナウンサーを襲ったり建物を破壊したのです"


記者たちは一斉にフラッシュを炊くとマシンガンのように質問を投げた。


「音の獣!? そんなものが存在するんですか!?」

「どうしてそんなことを言えるんですか!?」

「住民の避難はどうお考えですか!?」


"声を出さないでください! 音を出さないで!"


「「「 国民は知りたがっていますよ! 説明責任を果たしてください!! 」」」



「だから、黙れつってんだろぉ!!」


怒鳴り声から生み出された音の獣は記者会見の会場をめちゃくちゃに破壊し、

中にいた人たちをずたずたにして去っていった。


この一件もあり、『騒音禁止法』が可決。


市民は見えない音の獣におびえて家から出ないように過ごした。


"国民のみなさん、どうか安心してください。

 我々は音獣を完全に倒して町の平和を取り戻します

 彼らが平和の使者サイレントアーミーたちです"


音もなく紹介された特殊部隊の武装は奇妙で物騒だった。

重火器をはじめ装備にはあらゆる消音機能が施され、衣ずれひとつ聞こえないようになっている。


"私の妻は赤ちゃんを身ごもっています。

 その赤ちゃんを守るためにも必ず害獣を駆除して平和な世界を取り戻します"


目には見えないが音として空気の振動があることから

動体検知で害獣を根絶すると無言の演説を行った。


「では出動!」


その声から生まれたヒグマサイズの音獣は生まれた途端に処分された。


街を一定区画ごとに区切って、少しづつ音獣を駆除しながら安全区域を増やしていく。


"このA地区は安全になりました。みなさん避難してください"


掃討が完了したころ。

バイクにのった集団が爆音を鳴らして横切った。


その音を聞いて特殊部隊は冷静さを失い、思わず怒鳴った。


「おい貴様!! なんで音を出してるんだ!!」


「音のなくなった世界になんの価値がある?

 好きな音楽を聞いて、好きにしゃべられる世界を俺らは望んでんだよ」


「お前の音で誰かが襲われるかもしれないんだぞ!?」


「そんなの知るかよ。そいつの運が悪かっただけだろ。

 今も俺だって危険にさらされてるんだ。おあいこさ」


「貴様ァ……!!」


特殊部隊は銃を構えたがバイクを吹かせて爆音族は去っていった。

安全区域にはふたたび音獣が出現して何人かを負傷させた後処分された。


最初は順調だった掃討作戦も爆音族の登場により市民の分断が起き始めた。


「私……もうこんな生活限界!! どうしてこんな息苦しい世界で生活しなきゃいけないの!?」


"おい! 声を出すんじゃない!! 音獣が生まれるだろう!"


周りの人は慌てて文字を打ってその画面を見せる。

ヒステリックに陥った女はなおも声を荒げて叫んだ。


「私は歌手だったの! 音が出ないんじゃ私の人生どうなるのよ。

 最大の長所を奪われて、そのうえもう誰も私の歌を聞いてくれないなんて!

 そんな安全な世界に生きるくらいなら、危険でも音のある世界に出る!」


"だから声を--"


女の声により生まれた音獣はシェルターに避難していた人たちを襲った。

音のない世界に耐えられなくなった人が奇声を上げる事件も相次いだ。


このことを受けて国のトップはふたたび会見を開いた。


前回の失敗もあってかすべての記者にはマウスピースが施され、

一切の機材からは音がでないように施されている。


"みなさん、巷で爆音族と呼ばれる集団が音を出して回っているようです"


"みなさんの中にもふたたび音を取り戻したいと思って、

 彼らのように音を出し始める人もいるでしょう"


"しかし、自分の幸せを追求することが他人を危険に陥れる。

 あなたが我慢できなくなったことで他人が傷つくことがあるんです"


中継は誰もが固唾を飲んで見守っていた。



"以降、音を出す人間は、音獣と同様に処分対象とします"



その結論に誰も言葉が出なかった。


音獣の駆除行為をそばで見ていただけあって、

無慈悲で容赦のない事務的な様子には抵抗しようがなかった。


あれほど誰もいなくなった道路を爆音で走っていたバイクもなくなり、

「音がある頃は良かった」と懐かしむ人もいなくなった。


街を更新する特殊部隊の様子も見られなくなった頃、

ついにすべての市町村への音獣駆除が完了した。


"みなさん、本当に辛い日々をお疲れさまでした。

 これからは音のない安全で素敵な街で暮らすことができます"


最初こそ批判されていた音獣の掃討作戦も終わってみれば

安全を手に入れるための必要な犠牲だったと誰もがトップを英雄視した。


"トップ大変です! すぐに病院へ!"


"どうした!?"

"いいから急いで!"


声を出せば早いがいちいち文字を打つので時間がかかる。

わずらわしさを感じながらもトップが病院へ行ったところで事情がわかった。


"ああ、ついに……!"


病院に駆け込むとマウスピースで声を噛み殺す妻がいた。


"もう少しですよ!"

"頭が見えています! 頑張って!"


最後のひとふんばりを終えた時、元気な赤ちゃんが生まれた。



「ふぎゃあ! ふぎゃあ! ふぎゃあ!」



無音の分娩室を震わせる大きな産声があがった。

護衛していた特殊部隊は銃口を産まれたての赤ちゃんに向けた。



"トップ。これは音獣で間違いないですね?"

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