セカイと共に

ナルラ

第1話 旅の始まり

とある酒場。何個ものテーブルを椅子に座った男たちが囲んでいる。皆安いエールが入ったジョッキを手に持ち、口を付けたと思うと一気に飲む。


「今日は飲むぞォ!」「おぉー!」


エールを飲んだ男の一声に他の男達も返事する。店にいる女性はジョッキを何本も持ち慌てて運ぶ人ぐらいだ。


「はぁ、酔いつぶれないようにね?」


その女性は溜息を吐きつつ、そうつぶやいた。



そんな喧騒から逃れるように、一人の男がイスから立ち上がる。その男は手に持っているジョッキの中身を飲み切ると、テーブルにジョッキを置き、そのまま外に出ようとする。


「あら、あんたが1杯しか飲まないなんて珍しいね」


その男を女性が呼び止める。


「今日は軽くバイクの整備をしねぇといけねぇからなぁ。そこそこ長旅だったんだ」

「なら朝いらっしゃいな。酒は無いけど、朝飯ぐらいはくれてやる」

「なんだ、タダとは有り難いな」

「なわけないでしょ。どうせあんたの事だから近くのボロ小屋で適当に眠るつもりでしょ?ここらじゃ朝っぱらから開く店はそう多くないよ」

「わーってる。じゃ、明日来るわ」



外に出た男は空を見上げる。星と月が瞬く美しい空を眺めた後、視界を地上に下げる。月明かりは思いのほか光が強く、街中を歩く分にはそこまで困らなかった。


「これならバイクの軽い確認ぐらいなら明かり無しでできそうだな...ランタンはあまり使いたくなかったんだ」

「...どっかで稼がねーとなぁ」


独り言をぼやきながら男は道を歩いていく。土で出来た道を暫く歩いていけば、村の隅にあるボロい小屋で男は足を止める。


「...みずぼらしい。まぁ、明日までの辛抱か」


男はボロ小屋の鍵を開け、扉を開ける。中に入り目を凝らすと、暗がりの中でわずかに見える鉄の塊がある。男は探るように足を動かしながら鉄の塊へ近づていく。男は慎重に進んでこそいたが心配はしていなかった。夕暮れにここに鉄の塊...バイクを置いた時は何もなかったからだ。しかしその予想を裏切るように足に何かが引っかかる。その上柔らかかかった。


「チッ、面倒だな」


男は気づいてすぐ数歩下がって腰に備えていた短刀を構える。

そのままもう片手でランタンを取り出し、隙を晒さないように担当を構えたまま火をつける。


「....!?!?」


明かりがついた先で見たのは

ボロ小屋に置いてある藁の上でだらしなく寝る、金髪の女の子だった。


「んん....んぁああああーー」

だらしない声がボロ小屋に響く。彼女は起き上がるとすぐにカバンに手を入れ、櫛を取り出し髪を整える。もしゃもしゃとした髪は櫛を数回綺麗なボブになる。


「お風呂入りたいなぁ~...昨日そのまま寝ちゃった」


そう言って金髪の女の子はさっと身支度をし、肩掛けのカバンと、キャリーケースを引っ張り外に出る。


「おい」


出てすぐに男の声が聞こえる。


「外に出て扉を締めて、その場で止まれ。俺の質問に答えろ、答えないなら軽い怪我ぐらいは負ってもらうぞ」


女の子は恐怖に一瞬動きを止め、恐る恐る声の方を見る。そこにはバイクの前に座り、ドライバーをこちらに向ける男の人がいた。

その姿を見て、女の子は安堵の息を漏らす。


「...あぁー、なんだぁ、脅かさないでよ!」


そういいながら笑顔で扉を閉める。


「..ああ?俺を舐めてるのか?ドライバー1本でもお前を動けなくするぐらい簡単だぞ」

「あなたはそんなことしないでしょ。有名人だもん」


その台詞を聞いて、納得するように男は頷いた。


「...なんだ、俺の事を知ってるのか」

「ええ、旅人のフェイ=レクセアさん」

「なんだ?俺のファンか何かか?」


そういいながらもフェイは疑問に感じる。フェイは旅人として様々な地を巡り、そこで見たものを地域紹介史に乗せている。だが紹介史にに一度たりとも自身の姿もバイクも載せた事がない。そう簡単に分かる事なんてない筈だと。


「...俺は個人を特定できるようなものを取り上げた記憶はねぇが」

「私を誰だと思ってます?」

「いや、全然知らん」


その言葉を聞くと、女の子はやれやれ、と首を振り溜息をもらす。


「...あ?」


フェイがドライバーを構えると、女の子は即座に手のひらを広げて前に突き出し、ドライバーを下げるよう合図をする。ドライバーを下ろすのを確認した後、女の子は胸に手を当て大きな声で名乗りを上げた。


「私の名はアナリナ=ブルームフィールド。かの有名な、ブルームフィールド家の長女です!」


それを聞いたフェイは少し考え


「....ああ、半年前ぐらい前にその家にいったな。俺はお前に会った記憶は無いが」

「そりゃそうです。窓から見ただけですから」

「...ファンとして会いに来たのはわかったよ。で、何か望みでもあるのか?お嬢さん」

「望み!もちろんあります!その為に来たんです!」


アナリナは喋りながらフェイと後1歩歩けばぶつかる程まで近づく。


「私を!旅に連れてってください!」

「嫌だ」


即答だった。

フェイはその台詞を聞いた瞬間即座に言葉が出た。その理由はフェイの考え方にあった。フェイにとって風景やその時期の食べ物を取り上げるのに大事なのは集中力と考える時間だと考えていた。風景を見る事に集中する為に一人旅が最善だというのは旅を始めた頃からの考えだったのだ。


「...御冗談を、私みたいな名家の娘と旅ができるなんて早々」

「嫌だ」

「ちゃ、ちゃんと旅の代金は自分で」

「嫌だ」

「お願い」

「嫌だ」

「....もう、強情ですねぇ」

「俺には俺が一人で旅する理由がある。おいそれとは譲れないな」

「そこまで言うならしょうがないです。奥の手を使います」

「何があろうと考えが変わる事はないぞ」

「それはどうでしょう」


そういうとアナリナはカバンから一つの封筒を取り出す


「こちらは家出をする許可をお母様から頂いた時に貰った手紙!」

「家出の許可...?」

「さぁこれをご覧ください!これを渡せば断られる事はないと母から教えて頂きました!」

「それなら受け取りたくないな」

「ほう、貴族の手紙を受け取りたくないと?それはそれは、後の交友関係に影響が」

「身分を武器にするのをやめろ。みりゃいいんだろ。読んでも読まなくても断るんだだから、結果は変わらないがな」


そういいながらフェイは封筒を受け取り、中の便箋を取り出す。フェイは何があっても断れるだろう、あの近辺の交友関係に何かあっても、そう困る事は多くないだろうと思っていた。

開いた便箋にはこう書かれていた。


「娘には魔除けの魔法をかけ、あなたの元に向かわせました。付く頃には効果が切れていると思います。帰す事もできますがどうなるか、お分かりですよね?間違っても家まで送り届けるなんて事はやめましょう。メイドがあなたの居場所を常に把握してるので、娘がまた追ってきますよ。そしたら旅なんてもう出来ませんね?」


パン!と音を立てて便箋を閉じる。フェイは焦って周囲を見渡す。

遠くに見える森、近くの家屋、どこを見てもこの近辺にそれらしき気配は感じ取れない...だが、今も追跡されているのだろうとフェイは感じた。

そしてブルームフィールド家に関わった事を酷く後悔した。安易な気持ちで貴族と関わるべきではなかったと。何度も断っていれば身分を武器にされてしまう事ぐらいは考えていたが、人命を条件にかけてくるとは予想していなかった。


「あら、顔色悪いわよ、大丈夫?」


恐怖の感情をこれ以上表に出さないよう、一呼吸整えてからフェイは喋りだす。


「お前、ここに来るとき魔物に襲われなかったのか?」

「そりゃ襲われるわよ。でも逃げて来たわ!足にはそこそこ自信があるから」

「いや、それは魔法の...でも本当に助けない...?...はぁ...」


フェイの頭はパンクしそうだった。十秒程頭を抱えた後、そっと言葉を漏らした。


「二人旅...準備するか」


「やった...やったー!これで家のつまらない生活とはおさらばね!楽しい旅が待ってるわ!」

「お前...そんな理由で来たのかよ」

「もちろん、ファンというのは本当よ。でも何より貴族の娘って暇なのよ」

「はぁ...金のあるやつの気持ちなんて、俺にはわからんさ」


そういいながらフェイはドライバーをしまい、バイクを引っ張って歩き出す


「あら?どちらに行くの?」

「まずは朝メシだ。お前も食ってねぇだろ、付いてこい」

「はーい」


アナリナはフェイの隣で歩く。少し歩くと、アナリナはにっこりと笑う。


「フェイ!楽しい旅になりそうだね!」

「...ああ」


長い旅が、始まった。

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