最終話
白い部屋の一室で呼吸器を付けているじっちゃんが横たわっていた。
意識はときどき戻るときがあるらしいが、未だ話せたことはない。
「じっちゃん」
ボクは祈るように布団にいるじっちゃんに声を投げかけていた。
普段から鍛えている身体も今この瞬間は頼りなく見えた。
お医者さんが言うには老齢ゆえの回復力の低さが祟っているらしく、たとえ命を取り留めても重度の障害が残るとのことらしかった。
少なくともじっちゃんがヒーローになれることはもうない。
お母さんは泣いていて、普段なかなか仕事でいないお父さんも駆けつけて、じっちゃんにいろいろ呼びかけていた。
ボクもベッドで目を閉ざすじっちゃんを見て、大泣きした。しかし心の何処かでじっちゃんらしいなとも思っていた。
事故に遭った原因。それは道路に飛び出た女の子を車から庇ったためだったらしい。
「……カズ…………」
声が聞こえてボクは顔を上げた。
たまたまお父さんもお母さんも病室から出払っていたタイミングだった。
慌ててボクは呼吸器の傍へ耳を近付ける。声はくぐもっていたがよく耳にしていた声だったこともあってボクはじっちゃんの話を聞き取ることができた。
「……なあ、じっちゃんは、……完璧なヒーローに、なれたかな……」
「完璧じゃない! 全然完璧なんかじゃなかったよ!」
たまらず即答していた。自分でも驚くほど声が掠れ、目頭が熱くなり、涙がどんどん溢れ出してくる。
「でも、じっちゃんは僕にとって最高のヒーローだったよ」
最後のほうは涙声になってしまっていて自分でもうまく喋れたかどうか分からなくなっていた。
だけど、ボクが話し終えたあとのじっちゃんは微笑んだような気がした。
結局、事故でじっちゃんは亡くなった。それから二十五年の歳月がすぎてボクは……
「和樹先輩、今日も頑張りましょう」
緑のヒーロースーツを着た青年が元気よく挨拶をしてくる。脇に抱え込むように持っているのは今、放送中の戦隊もののヘルメットだった。
そしてボクもまた青色の同じようなスーツを着て、ヘルメットを脇に抱えていた。
ボクはスーツアクターになっていた。
じっちゃんのように半分趣味でやっているご当地ヒーローではなく、事務所に所属して派遣されるスーツアクターとしてボクはヒーローを続けている。
派遣先に顔を覚えてもらうことも多くなり、ひょっとしたらじっちゃん以上にヒーロー活動しているかもしれないと思うときも出てきたくらいだ。
それでもじっちゃんのことを忘れたことは一度もない。
「それじゃヒーローという夢を今日も子ども達に与えに行こうか?」
「先輩クサイですよ、そんなこと言っちゃうと」
「そうかな?」
そして今日もショーは始まる。アクターたちやスタッフたちと念入りな打ち合わせをしてからボクらはヒーローマスクを被った。
じっちゃんのように老いるまでヒーローを続けることなんてないのかもしれない。
けど、ボクはできる限り最後の最後までじっちゃんのようなヒーローになろうと思っている。
じっちゃん、ボクはヒーローとしてうまくやれてるかな。
ヒーローじっちゃん 瀬岩ノワラ @seiwanowara
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