幽霊、そして、神川④

 私を投げ飛ばせる。そんな芸当ができるのは、彼以外に考えられなかった。

 そう、私を投げ飛ばした犯人は、例の大学生だ。



 彼との関係は複雑で、当然ながら、一言では言い表せない。

 まず彼は、幽霊の私を認識してくれた、最初の人だ。もちろん、幽霊になってから初めて出来た友達でもある。

 ひとりぼっちの期間が長かったせいか、寂しさが先立ち、私から、積極的に交流を持ち掛けた。とは言っても、美術室から外に出られない私なので、会話しか、彼とコミュニケーションが取れないけれど。

 生前は、社交性なんて欠片もなかったと自覚している。それでも、彼に、少しでも長く、私の部屋でまったりしてほしかった。


 第一回、自己反省会を開会したのも、この頃だった。ぎこちなく話せているか。彼が不快になるようなことを言っていないか。彼にとって私が、迷惑と思われていないか。私がこんな身体じゃないとしたら、彼はもっと私に好意的なのか。

 そんな、不慣れなことに思考を巡らせていたからか、出会ってからの時間は、あっという間に過ぎていった。



 彼の卒業を機に、私たちは全く会わなくなってしまった。でも、それはそれで、彼がまともな人間関係を持ったのだ、と信じることで、以前と変わらない、静かな生活に戻る。はずだった。

 それから二年が過ぎた頃だろうか。深夜、急に除霊師がやってきた。私は必死に部屋を逃げ回り、なんとか助かった。

 除霊師は1人だが、その周囲に数人。その中に、神川の父親らしき人がいた。目と口が一致した。

 ……もしかして、私のこと、嫌ってるのかな?という考えがふと浮かんだ。

 そんな、悪い考えのせいで、弟君のことも嫌ってた。それについては後日謝る。


 神川にとって私は、一体なんだろう。




「久しぶり、藤原」私の旧姓だ。いや、幽霊姓のほうが正しいのかな?

「どうしたの、神川」

「……驚かないの?」

「投げられたときにわかった。幽霊の私に触れられるのって君しかいないじゃん」

「まあ、そうだけど」

「それで?なんで投げ飛ばしたの」

「それは、その……」

「久しぶりに会える、そう思ったらひどく緊張しちゃった、とか?」

「……なんでわかった」

「大体そうでしょ。数十年も幽霊やってたらわかるよ」

「俺としか交流してなかったのに?」

「観察はしてた」

「あっそ」

「拗ねてる」

「……」

「かわいい」

「恥ずかしいだろ、そんなこと」

「いいでしょ」

「だめだ」

「なんで」

「……恥ずかしい、から」

「それしか理由ないなら、否定しないってことでいいね?」

「……もういいよ。好きにして」

「それと一つ、確認させて」

「いいけど」

「なんで私の存在を消そうとしたの?」

「それは……その」

「やっぱり迷惑だと思ったの?」

「それはない!」

「……じゃあ?」

「俺の親父は幽霊が嫌いなんだ」

「それは本当だよ」神川の弟から、返事。

「それで、俺から『幽霊のにおいがする』って言ってきて。そうした」

「本当?」

「もちろん」




 これは後日談だが、アニキは『幽霊高城』に告白し、失敗したらしい。それでも、二人の仲は良くなったようで、しょっちゅう深夜に家を抜け出している。

 また、彼女が地縛霊になった原因は、建設中の小学校で木材が頭に当たったから。で、即死だったらしい。

 幸運なことに人らしき体で動けるようになった(その訳は高城もわからないとか)。とはいえ、学校を離れれば離れるほど古傷が痛むらしく、家に高城が来たことは今でもない。ついでに言うと、アニキが高城と再会した日が、彼女の百歳の誕生日だった。

 そして今、オレは中三になり、隣の席で、水口、久代、高城の三人が楽しく会話している。なお、小学校から中学校まで、数十メートルしか離れていないので、頭痛はあまり激しくないのだそうだ。

 ん?オレ?オレは相変わらずだ。が、ただ一つ、恋に対してはひどいアレルギーがあるらしい。証拠として、いわゆる「恋愛シミュレーション番組」に関しては全く話が合わない、寂しい人間になってしまった。

 友人との仲は相変わらずだが、アイツらとは二、三歩幼稚になってしまった。


 中学生にとって、彼女はステータスだ。当然だがオレだって欲しい。でも、女子が友達のその先に行きたい、なんて詰め寄ってくると、必死で避けてしまう。やっぱりアレルギーだ。

 そんなオレにアニキは『学歴は大事だぞ。かなり就職が有利になる』と教えてくれた。

 なので、今オレは勉学に励んでいる。のろけ話を聞いて自分に嫌気がささないように。

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七不思議に恋して 深谷田 壮 @NOT_FUKAYADA

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