神川③

 あれは、忘れもしない、小学校二年生のときだ。小学校の創立八十五周年記念で、祭りが開かれていた。オレは、高学年の人がクラス単位で行う出し物に参加したり、クラブごとの企画で遊んでいた。

 オレはそのとき、友達数人と一緒に、美術クラブで粘土体験をしていた。何を作ったかは覚えてないけど、そこにいた人、いや物を見つけてしまったことははっきりと記憶している。

 それは、モナリザの隣に座っていた。いや、いた。そして、オレたちの作品を、移動せずに観察していた。

 作品どころじゃないオレは、しばらく幽霊を見ていたが、友達も、先輩、先生までも気づかなかった。

 この事件を理解してくれたのは、アニキだけだった。

 アニキが教えてくれたのは、オレが、幽霊を見ることができる家系に生まれたこと。少なくとも、曽祖父の代から見えるらしいこと。それぐらいだ。

「実は俺も、その幽霊見たことあるぞ」アニキもオレと同じ小学校に通っており、やはり見たらしい。

「で、美術室にいただろ?その幽霊」

「そうだけど」

「……やっぱりか」それだけ言って、黙ってしまった。



 どうやら、幽霊が見えるのは、オレの家族だけだった。クラスメートに、あそこに幽霊見えるか?としょっちゅう聞いていたが、誰に聞いても『見えない』の一点張りだった。


 流石にキモがられるので、あの幽霊のことは、小学校三年生の頃に人へ話すのをやめた。アニキを除いて。

 アニキもその幽霊に会ったことがあるそうで、色々なアドバイスをもらっている。その幽霊はおそらく地縛霊で、美術室にしか居られないこと。人と仲良くはしそうにないこと。美術準備室には移動できること。基本的にはそこにいること。

 また、オレ自身も観察、研究した。壁はすり抜けられること。性別はおそらく女性であること。授業中は不定期だが、掃除のときには必ず、美術室に居座っていること。大人のイケメンが好きなこと(大学から来た実習生には首ったけだった。まあ、男のオレでも惚れたほどだし、それは仕方がないし、)。


 見るだけならタダだが、その先の、会話はまだ成立していない。というか、無視され続けている。

 卒業するまでには、知り合い程度の仲になりたいな。なんて、頭の片隅で考えていた小学五年生のとき、美術室から幽霊の姿が消えた。

 除霊でもしたのだろうか。あるいは、無念が無くなったのか。もちろん、考えても答えは出ないことは分かっていた。それよりも、目先のことばかりが気になっていた。

 幽霊が見えるオレにも、恋はできるから。




 狂戦士と化したオレは、「そ、そこのお前、ただでしゅみゅ……やべ、噛んじまった。ええい!ただで済むと思うにゃ!あぁ!また噛んじゃった……」前言撤回しよう。狂戦士になりかけたオレだ。正直、ビビっていた。それに、彼女のあぐらで、男子たる者、見ちゃいけないものが見えていたからだ。オレにも、紳士っぽいところはある。

 すると、彼女が投げ飛ばされた。投げ飛ばしたのは、オレの兄だった。




「え、アニキ、」

「やっぱりいたか。可愛い弟よ」

「アニキって、幽霊触れんのかよ?」

「肌の出てるところならな」

「じゃ、じゃあ、なんでここに来た?それに、美術室の幽霊、投げる必要、ないだろ?なんで?」

「……どっちの質問も答えよう。まず、流石に気づいていると思うが、あの幽霊は美術室のそれだ」

「それは分かってる」

「アイツと俺、話したことあるんだぜ」

「えぇぇ⁉︎」

「どうやったかは教えないぞ。それで、彼女が俺の初恋の相手だ。もちろん俺も只の男だ。愛しい弟の目の前でする愛の告白は恥ずかしいだろ?だから投げた」

「……なんだ、そんなことか」

「ちょっと待て。もう一つ、お前に伝えたいことがある」

「それは?」

「お前は高城って女子に告白する予定だったんだよな?」

「そうだけど」

「その子が幽霊な。美術室の」

「……」

「運動会のときにその転校生を見て、一目で分かったよ。苗字は何故か変わっていたけどな。そして、俺がここに来た理由は、お前に彼女を取られたくなかったから。ついでに言うと、彼女、俺の初恋相手だ。因みに、小二のときだ」



 やっぱり、高城は、高嶺の花だった。そして、しばらくの間は、アニキに追いつけない。そう悟った。

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