まんジゅう太郎

第1話


母は台所で夕飯の用意をしている。

僕は勉強中。小学校の宿題をやっている。

「ヒロトー、ご飯よー。」

今日は冷凍のチャーハン。香ばしいかおりと、じゅ~と炒めている音で分かる。母は仕事で忙しく、帰るのが遅いため、夕飯は冷凍食品などの簡単にすぐ作れるものが多い。

「あとちょっとで終わるから。待ってー。」

カタカタと食材の乗った皿が運ばれる。机の上には必要な食器のだいたいが揃った。

「チャーハンできたよ~。」

「はーい。」

「あれ?ヒロト用意してくれたの?」

「…うん。」

「えらいわねー!ありがとう!」


今、食器を用意したのは僕ではない。僕には二つの【手】が見えている。腕はなく二つの【手】が浮いており、手と腕の間の断面にはもやがありはっきりとは見えない。

昔、亡くなった父の手に似ているので、僕は父が【手】になって僕を守ってくれている、と思っている。

ちなみに母には見えていないらしい。




「起立。礼。」

「「さようなら。」」

【手】はいつもいるわけではない。

【手】は自分が現れたい時に現れ、現れたくない時には現れない。

僕が操ってるわけではないし、操れるわけでもない。

小学校にいる間は大抵、現れない。

ただ、僕が困っている時に現れることがある。

教室でプリント配布をする時、手伝ってくれることが多い。

「ヒロー!今日、楠木でドッチやろうぜ!」

楠木とは楠木公園の略で僕の家から10分程のとこにある公園。とても行きやすく、みんなの家から最も近い公園だ。ドッチとはドッチボールの略で小学校では大抵の人がドッチボールのことをドッチと呼んでいる。僕らはランドセルを背負って学校からそのまま、みんなで公園に遊びに行くことが多かった。

「いいよ!」

【手】は遊びの最中にも手伝ったり、助けてくれる。

「あっ!」

ドッチボールで当たりそうになったボールを【手】が弾いてくれた。

「あれ?ヒロト今ボール当たったよな?」

「…当たってないよ!」

こんな事はよくある。

そのたび、みんなは不思議がった。



小学校、中学校を卒業した。

そして高校に入学し、僕は隣のクラスの片岡美希さんに恋をした。

片岡さんが部活が終わり、一人になるのを待った。

正門の真反対にある駐輪場にいる片岡さんに声をかけた。


そして、告白をしようとした。

「…あの、片岡さん。」

「あ、ヒロト君。」

「あの…………、!ヒュッ……。」

「…え?」

首がまるで絞め付けられるように苦しくなった。

息が全く、出来なくなった。状況を読み込めず、走り出し、片岡さんが見えなくなる位置に来ると、不思議と首の絞め付けは治まった。

その日はそのまま、家に帰った。


帰った後、自分のあまりのカッコ悪さで泣き続けた。


次の日、学校に片岡さんの姿は無かった。

机の上には数輪の花が入った細い花瓶が置かれていた。

「よお。」

鈴木だ。いつも周りに笑顔を振りまいている鈴木だが、今日は違った。

見るからに元気がなく、目は虚ろで半開き。様子がおかしかった。

「…どうしたお前?」

「…え?知らないの?2組の片岡さん亡くなったらしいぜ。昨日。自転車で歩道を走ってたら後ろからトラックが突っ込んできて亡くなったらしいぜ…。」

「………。」

言葉を失った。

そういえばそうだ。2組の周りには2、3人でかたまりになって顔を俯けて泣いてる人が何組もいた。中には男子も。

鈴木が暗いのも合点が行く。鈴木は前から片岡さんのことが好きだったのは他の人から噂には聞いていた。


僕は家で、悲しむよりも先にあることについて考えた。

昨日、僕が片岡さんに告白した日に僕は首を絞め付けられるような苦しみにあった。それで告白はおじゃんになった。

もし、僕の首を絞め付けたのが【手】だった場合。

【手】の目的は僕の片岡さんに対する告白を止めさせることになる。

希望的観測だが、もし、その告白の答えが「OK」だった場合、僕は片岡さんと一緒に帰っていただろう。

その場合、僕は片岡さんと共に交通事故に遭っていたかもしれない。

そう考えると、【手】の力が恐ろしくなった。

ただ、僕の命を助けてくれたことに関しては、【手】に対して感謝の念も抱いていた。ただ、やはり片岡さんの死は悲しかった。


片岡さんの葬式は後日に行われた。

片岡さんの家は金持ちなのか大々的で、有名人の葬式かと勘違いするほどの人の量だった。

通夜にでた食べ物も一際、豪華だった。


片岡さんの葬式、通夜の山沿いの帰り道に【手】が突然、目の前に現れた。

しかも、いつも【手】は向こうを向いているが今日はこちらを向いていた。

危険を感じ、後退した。

しばらくして【手】は勢いよく僕の首を絞め付けてきた。

やはり、あの時と同じような感覚だ。息ができず苦しくなる。

必死に【手】を解こうとするが、思った以上に力が強い。

意識が少しずつ遠のく。


薄れゆく意識の中で、あることに気が付いた。

僕の首を絞めているのは【手】ではなかった。

ひとの形をしていた。

その後、気を失った。




目が覚めた。時計を見た。PM7:07

葬式、通夜は六時半に終わったはず。

式場から15分程あるいて【手】に襲われた。

20分程、眠っていたらしい。

手が濡れている。水だ。

木と湿っぽい臭いがする。

僕は5メートル四方の古い小さな小屋に横たわっていた。

嫌な予感がした。

早くここから出なければ。

扉を開けて外に出た。

くしゃ、という音がした。枯れ葉だ。どうやら、ここは森の中のようだ。

ここも湿った嫌な臭いがする。

暗くて、うっすらとしか周りが見えない。

ケータイのライトをつけた。一部分ではあるが無いよりマシだ。


もとより暗いところは苦手だ。こう言うところでは僕の想像力が水を得た魚のように活性化される。

木陰から誰かが見ている。後ろから僕を追ってくる。誰かが耳元で囁く。


ガサッ


枯れた落ち葉を踏む音がした。幻聴ではない。はっきりと聞こえた。


ガサッ、ガサッ


音は次第に大きくなる。

何かが近づいてくる。

その方向をケータイのライトで照らした。

浮かび上がったのは気味の悪いものだった。


極端に大きい目。団子のような鼻。唇が分厚く、所々の歯が抜けている。腕は普通の長さの倍ある。腹は中年男性のように、大きく膨れ上がっている。足はかなり短く、長い腕を引きずりながら、こちらに向かって走ってくる。

ひとの形をしている。

おそらく僕を襲ったのはあいつだ。

そして、あいつが【手】の正体だ。

【手】の正体は父ではなかった。

僕が小さい頃から亡くなった父の手として見ていた【手】は父ではなく、訳の分からない気味の悪いやつの手、だった。

僕を襲うなら、もっと前に襲えたはず。何故、今…。


…今はとにかく、逃げなくては。

と、走りだそうとした時、後ろから、もがき苦しむような声がした。

「グァッ…ゴッ…キックュッ…!」

と、あいつは泡を吹いて、苦しそうにしている。

あいつの首には二つの手があった。

この手が首を絞めているようだ。


ペキッ


乾いた音がした。

あいつは倒れ、そのまま起き上がらなかった。あいつは死んだようだ。




次の日から【手】は現れなくなった。また、あの森に行ってみたが、あいつはどこにもいなかった。

今までを共にしていた【手】が誰の手かは未だに分からない。ただ、最後に助けてくれた【手】はきっと父の手だろう。心の中で礼を言った。


ペキッ


乾いた音が近くで鳴った。


じわじわと首が熱くなった。

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まんジゅう太郎 @manzyutaro

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