嘘つき〜message〜

深谷田 壮

第1話

 今日は、毎年五月に行われる「高校生の主張全国大会」の開催日だ。

 全国各地の予選を突破した高校生が、それぞれが持つ、伝えたいことを述べるこの大会。その審査員長を私が務める。ハキハキとした若者が思いを伝えることは傑作で、彼らの主張を聴くたび心が躍る。なので、この時期が毎年楽しみだ。


「さて、これで最後の主張となります」司会者は高らかに言った。

「最後の主張者は、明応女子高校二年、越谷千夏です」

 壇上に越谷が上がった。拍手が鳴り止むのを待って、彼女は話し出した。


 皆さん、こんにちは。明応女子高二年、越谷千夏です。

 突然ですが、『嘘つきは泥棒の始まり』ということわざを知っていますか?念のために意味を説明すると、『嘘を平気でつくような人は盗みを何事も無いように行ってしまう』という感じです。

 私はこのことわざに『嘘をついていれば、誰でも悪い人間になるのか』という疑問を持ちました。全ての嘘が悪い嘘、人を傷つける嘘ではないと。良い嘘、人を救ってくれる嘘もあるはずだと思います。

 前者は例えば、A君はB子のこと大嫌いだ、そうB子に言ったC子。実は、それは嘘でA君はB子に恋をしている。そうやってB子に彼を諦めさせ、C子は晴れてA君と付き合う。そんな感じです。

 逆に後者は例えば、本当に例えばですが、先程の事例でB君が猟奇殺人犯だったら、A子が持つC子の印象は変わると思います。

 ここまで散々『嘘』について話してきましたが、この辺りで本題に入ります。

 私がこの主張で皆さんに伝えたいことは、『固定概念に捉われることはいけない』ということです。もちろん、『嘘はいけないこと』もそうです。

 では何故このことについて主張するかというと、この時代を生き抜く為に、そのことが必要だと思ったからです。

 IoTやAIなど、従来とは比べ物にならない速さで技術は変化し、進歩しています。今後は今までにないスピードで世の中は変わっていくでしょう。そして、これまでの常識は全く通じない、そんな世界になると私は思っています。

 私たちは常に固定概念の中で生活しています。ボタンを押せば服が洗える、かき氷のメロン味を食べてメロンを感じる、引き金を引くと銃口から球が出る、明日も家族と会えるなど、例を挙げた他にも沢山の固定概念が街中に潜んでいます。

 そんな世の中にある概念はかなり低い確率ですが、崩れることがあります。その確率が、時代が進むにつれ、大きくなると思います。なので、皆さんも変わりゆく常識に柔軟に対応できる人になって、これからの世界を生き抜いてください。

 ですが、急に柔軟な対応と言われても、どんな物か分かりづらいと思います。このことはかなり抽象的なので、一つ実験をしてみましょう。

 まずは皆さんのスマホを取り出してください。電源を切っている人は付けてください。

 次は電話をかける準備をしてください。この時点で手の辺りから光が漏れている人は、私が言うのもなんですが、良い対応力があると思います。

 それでは、次のステップです。一一〇番に電話してください。良いですか、一一〇番です。そして、こう言ってください、『テレビで報道されてた猟奇殺人犯の根岸を殺した人は、越谷千夏です。そいつはKホールで主張中です』と。

『何言ってんだこいつ』と思う人もいるでしょう。状況が掴めず、困惑している方も多いと思います。では、そんな皆さんに、私から、真実を語りましょう。

 私の高校でほんの少しだけ教鞭をとった咲崎さかざきという人がいました。彼は二十代後半、顔立ちもよく、学校中の女子、つまり、大半の生徒の恋心を自然と掴みました。

 もちろん、校内は混乱します。彼が歩くと黄色い声が自然と出て、失神する生徒も少なくなかったです。教壇に立つだけで歓声が上がるので、当然のように授業は進みません。なので、私の中学の親友である井川が通う杉並高校に五月なのに赴任しました。

 その後、咲崎は十二月に行方不明になり、三月にそのまま山中で遺体として発見されました。

 最終的には自殺と判断されたのですが、当初は杉並高校の講師による犯行とみなされていました。その講師が、殺人を隠蔽した、という悪い嘘をついた。そう信じる同級生はやはり存在し、今でも藁人形による呪いを実行しているクラスメートがいます。

 そんな女生徒の中でも恨みが強く、恨みの力で新宿駅でさえ消滅させられるかもしれないような人もいました。

 仮にその女子高生をAと呼びましょう。Aは報復をしようとしました。詳しく言うとつまり、Aはその講師を殺そうとしました。そこで、裏社会の人間に大量の福沢諭吉を貢いで、講師を暗殺しようと試みました。

 Aはその講師と関わりの深い人も一緒に殺そうとしたのでしょうか、咲崎を絶命させたあと、人目につかない山小屋で私と遊んでいた井川を手にかけようとしました。そして私は、報道のせいで有名人になった、そのアサシンを返り討ちにしてしまいました。

 あ、一応補足しておきますと、井川は咲崎が顧問を務める部活に所属していて、しょっちゅう2人は相談をしていたんです。だからAに『関わりが深い』と思われたんでしょうが。

 途方にくれた私は一旦外に出ました。そこで見つけたAが、「私があいつを仕向けた、井川を殺そうとした、あいつが失敗したなら、私の手で息の根を止めてやる」うろ覚えなので、これで正しいかはわかりませんが、こんなことを言ってから、血まみれになって冷たくなっているAを見つけるまでの記憶がありません。昨日のことです。これが、真実です。

 おっと、警察が来たようですね。誰かが私の指示にちゃんと従ったのでしょうか、私はこれで、警察のお世話になります。これで、私の主張を終わります。



「…それでは、大会委員長より、講評をお願いします」

 先ほどの事件–事故のほうが適切だろうか–があったせいか、拍手は前回に比べてまばらだ。

 …本当に腹立たしい。私は今年でこの「主張大会」の委員長、という肩書に「元」の字がつく。

 そんな記念大会に泥を塗る存在が現れやがった。来賓席についていた時は一応、この状況をポジティブに捉えようとしたが、ついに堪忍袋の尾が切れた。

 本当ならこのまま警察署まで行って、彼女の首をもぎたいが、それこそ自分で自分の顔を汚すようなものだ。

 私は諦めてひな壇に立った。

「えー皆さん。まずは、冷静になって。

 そして、今日の君たちの頑張りに、皆さん自身で拍手を送りましょう」

 また、まばらだ。

「それと、先ほど、諸事情があり、この場に留まれない人が1人います」

 そんなこと言う必要あるか?

「彼女の発表は確かに素晴らしいものです」

 犯罪者を褒め称えるなんて、馬鹿らしくないか?

「当然ながら彼女はいけないことをしてしまいました」

 関東予選の人、なんであんなガキを全国に持ってきたんだ?お陰で私はとんだ赤っ恥。シャレにもならない。

「しかし、主張とは本来、嘘偽りなくあるべきもの」

 もう一年、もう一年だ。それだけでいい。私に委員長をさせろ。

「大勢の人がいる中での発言は勇気がいるもの」

 その程度の公開処刑?国民全体の前でやっても罰は足りないだろ。

「ぜひ、彼女にも拍手を送ってください」

 先ほどよりも弱々しい拍手。そうだ、それでいいんだ。犯罪者にはブーイングのほうが似合ってる。



 その後、越谷千夏は逮捕された。彼女は事情聴取に積極的で、刑事から質問されたことに正直に応えた。だが、その山小屋の場所については無言を貫き通した。

 約一日の捜索で、山小屋は発見された。近くの崖には、Aこと伏見亜希子が遺体で発見された。

 越谷の言っていた山小屋は、洞穴に玄関があるようなものだった。そこの中には、滅多刺しになっていた有名なアサシンこと根岸が見つかった。その横に越谷の親友の井川がうずくまっていた。返り血が拭ききれていない状況で。

 捜査員によると、彼はかなり青ざめた顔で、必死に捜査員を追い払おうとしたらしい。しかし、素手で、力もなくなっていたので、その場にすぐ倒れ込んだと聞いた。

 井川の栄養状況は悪かったが、入院し、一命はとりとめたようだ。

 二人の遺体は死後二日が経っていた。

 越谷は井川の無罪を一貫して主張したが、根岸の死因となった刃物に越谷の指紋が残っていなかったことや、井川の自供から、越谷の無実は証明された。その代わり、退院を待って、井川遥人はるとが逮捕される予定だ。

 何故越谷が囮になったのかは不明だが、きっと、良い嘘をついたのだと思う。

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