#6 波乱と絢爛の第3章の振り返りと、多重トライアングルの弁明

 本編がようやく高校編のラストに差し掛かった頃ですが、今回はエピソードの振り返りの続きです。前回からは半年も経っていましたね……ターニングポイントでもある第3章「Stormy Glory」。一番すんなり決まったタイトルでもあります、波乱と栄光。韻も踏めましたし。

 合唱部としては、陽向ひなたを始めとする43期が加入し、ラストステージとなる41期を中心とした強力な面子が揃って文化祭&コンクールに挑戦。そしてここまで溜めておいたキャラ同士の関係性の激変が一気に来ます。


 ①詩葉うたはトライアングルの本格始動

 ②代を越えて共に掴む、チーム雪坂ゆきさかの栄光

 ③41期による少年漫画的バイブス

 ④カップル成立と失恋ドミノ


 分類するとこんな感じ。ひとつバチスタっぽいのは偶然ということで(海堂さんだとジェネラル・ルージュが好きです)


 ①詩葉トライアングルの本格始動

 GLと銘打っておきながら(Prelude以外は)男子視点ばかりだった本作ですが、ついにヒーロー役の陽向が本格参戦。「一目惚れした先輩を落としに行く」百合が始まります。

 陽向視点だと、好きな人へのスキンシップを存分に描けるのが楽しかったですね。いきなり手をつなぐ(1話)、みんなの前で距離を詰める(4話)、密室でおでこをくっつける(僕がやたら書く構図)(5話)、などなど。元から女子間でのスキンシップが多かったという空気にカモフラージュして、着実に「可愛い後輩」の座を手に入れていく。このカモフラージュ感、周囲の認識とのギャップも百合の面白さの一つだと思います。

 ちなみに4章でも触れられますが、やたらめったらくっついている訳ではなく、詩葉のリアクションを読んで「うん、喜んでる」と察知しながらなんですよね。加えて周囲の女子との間合いを読んで、「やっぱりビアンだな」という確信を高めていく。この辺はもう直感としか言いようがないんですが、陽向→詩葉に関してはリアリティラインのぶれ、いわゆる主人公補正が効いているという認識なので。


 同時に、これまで積み重ねてきた希和まれかず→詩葉感情が脅かされていきます。詩葉と陽向が仲良くなるという間接的な脅威だけでなく、陽向自身からもネガティブに思われています。

 そもそも希和、陽向の実力主義なスタンスとは相性が悪いんですよね。そうでなくても、詩葉を好いているという男子というだけで警戒対象ですし。この警戒感の深掘りはライブ編にまで延びちゃったんですけど、

(以下引用)

 嫌いだった、邪魔だった。陽向がどれだけ頑張っても、詩葉に向ける恋慕という軸においては、常識も世間も希和の味方なのだ。そんな要因で陽向が拒まれるのも、詩葉が傷つくのも、まっぴらだった。同性に競り負けるなら納得がいった、けど「それが普通だから」で男が優先されるのが何より怖かった。

(以上)

 ということです。いくら詩葉と自分の相性が良くても、「男子と付き合うものだから」でひっくり返されるリスクがあった。だから、必要以上に棘のある意識になってます。同じ時期に詩葉→結樹ゆきの恋慕も察しているんですけど、結樹が詩葉を恋人として扱う可能性はないと踏んでいるので、こちらは「私に振り向かせればいいや」で解決。


 一方の希和というと、危機感はバッチリ覚えつつも、それが行動に結びついたりはしません。そもそも詩葉の恋愛対象としての理想がよく分かっていないので、「よりよい仲間=合唱部員になろう」に行きがち……というより、部活で頑張ることが多すぎて、詩葉のことばっかり考えている余裕がないんですよね。それこそ、詩葉が女子を選ぶなら仕方ないか、くらいに考えています。

 もし別の男子が詩葉にアプローチしているということだったら、全く別の話どころか、僕にとって苦手な作劇になるんですよね……ライバルより先に努力で振り向かせる、という。その方が王道かもしれないんですが、今の僕には書きにくい。後はシンプルに、好きだった女の子が他の男に取られるという構図は苦手です。それはそうと、愛着が強まってきた希和の気持ちが後輩の女の子に脅かされていくのを書くのは楽しかったですね



 ②代を越えて共に掴む、チーム雪坂の栄光

 これから3年目を描く前に言うのもなんですが、合唱部の戦力が一番充実していたのはこの頃でした。まずは人数が多くてパートバランスが良い。

 歌い手としてのポテンシャルに一番恵まれているのが41期。経験者が多く、入部時点でのレベルが高めだった43期。初心者の多かった42期も、1年経ってだいぶ成長。そして前年にゴスペルを経験して、振れ幅も大きくなり。

 後、音大出身の松垣まつがき先生が顧問になったのも大きいですね。海野うんの先生(社会科)も合唱指導の経験は長いのですが、本格的に声楽を学んでいた人は違うでしょうし。この辺の感覚は、僕の高校時代の経験(途中から顧問が音大出身の先生に代わった)からの反映が入っています。


 まずは6話の文化祭。1章で描いた「ドレミの歌」発声練習が気に入っていたので、そこに飛び道具を加えることにしました。音程を軸にした歌ということで楽器を導入。歌詞から発想しての振り付け。さらに、英語の音名を軸にラップを入れてみました。

 僕の持論なんですけど、字書きのセンスが最も効果的に発揮される音楽表現ってラップ、というよりライミングだと思うんです。好きなアーティストのラップを聴きこんでいた希和もそう思うはずで、ここからちょくちょくラップは出てきます。今回はそこに、希和との相性が一番悪かった藤風ふじかぜを噛ませてもいたり。

 今回のドレミ、アレンジは入り組んでいるしソロパートは多いしで、難度も高めで。それに合わせて、各人の成長も顕著になっていると思います。詩葉のお姉さん感だったり、希和のリズム感だったり。


 そして、9~10話でのコンクール。

 初舞台の希和、ラストになる中村なかむら、卒業生の倉名くらなという男子3名で描いています。これまでは歌詞と動きを細かく描写するのが多かったのですが、今回は心理重視にしています。希和にとっては、賞よりも(卒業生を含めた)自分たち合唱部の美しさを伝えたいという感覚が中心で。

 倉名も仲間想い……というより、自分の一番深い望み、弦賀つるがへの恋が叶わなかったので、仲間に及ぼした影響にこそ救いを求めがちな節があって。彼は自分が去った後のステージを見る度に救われていきます。

 中村も合唱部への愛着は同じですが、金賞を目指すという意思は強めです。自由曲での、バスからソプラノまで順に部員にフォーカスしていくカメラワークは我ながら気に入っています。

 ちなみに倉名→和可奈わかなは「君が掴んだ、君へのご褒美だ」で、中村→陽子ようこは「お前が掴んだ、俺たちが掴んだ、輝きだ」になるというコントラストもあったり。後は課題曲、自由曲それぞれで、印象的な歌詞が心情のキーワードになっているのもこだわり。

 表彰後に和可奈が言及したりもしていますが、卒業生も含めてみんなで金を取りに行ったコンクールだと思っています。



 ③41期による少年漫画的バイブス

 どの学年も色んな子がいるんですけど、各学年には明確なカラーの違いがあります。40期(和可奈&倉名)は友情というより敬意と信頼。42期は結樹を軸にまとまるけど、それぞれの好みはバラバラ気味。43期は……まだちょっと固め切れていないんですが、香永&沙由以外はそんなに近い間合いではないような。

 そして41期はというと、個性が突出しているのは同じながらも「いつでも一緒」の傾向、家族っぽいノリが非常に強いです。そして勝利への姿勢にも体育会っぽさがあって。書きながらこのムードの源を探していたんですけど、一番近いのは「少年漫画」でした。希和は間違っても少年漫画ではないのですが、彼ら視点だったらそんな空気だと思います。


 全員で家に集まったりとか、卒業後もずっと同期が人間関係のコアになっているのは、この代だけだと思っています。そもそも大体が部内カップルですし、由那ゆなに恋人ができたとしてもこの輪からは離れないでしょうし。

 そして距離が近いからこそのライバル意識、コンプレックスも強いです。片や才能に対して、片や平穏な人生に対して。それらをエンジンに栄光を掴みにいく、熱量高めのコンクール。「ハイキュー!!」のストーリーや主題歌(BURNOUT SYNDROMESというバンドが大好き)をイメージしたりもしていました。

 

 希和たちとは違う空気なんですけど、だからこそここで書いておきたかったです。それを受けた後輩たちも変わるでしょうし。

 そういえば、最近「響け! ユーフォニアム」シリーズ猛烈にハマってまして。京アニさんのTV版に感動しすぎて、その勢いで読んだ原作小説も素晴らしくて。音楽描写や人間関係の機微に刺激を受けたのは勿論、描かれる「勝利への渇望」が非常に印象的で。そこに触れることで、それぞれのコンクールへの意識の違いがより明確になりました。5章から登場する子たちは勝利志向が強いので、彼らの描写にはユーフォが効いてきそうです。



 ④カップル成立と失恋ドミノ

 3章の目玉はこれでした、いや~楽しかった(失恋組に睨まれながら)

 

【陽子&中村の場合】

 まずはくっついた方。序盤からテンポのいい夫婦漫才を披露していた彼らですが、「けど付き合ってない」状態が長かったんですよね。求めていたのは友情であって恋愛ではない……という可能性をお互いに少しだけ感じていた、いわば両片想い。ただ、お互いに周囲に相談したりもしていたので、大体バレていたんだと思います。

 そんなカップル成立確実の状況でも「早く付き合っちゃえ」とはならなかったのは、付き合ってから険悪になるリスクを重くみていたからでもありました。やっぱり恋人付き合いは無理だった、その余波が部活にも来たというパターン……結果として交際開始後も仲は良いままですが。めでたし。

 思い出深いのは11話の告白シーンでした。普段のヤンキー的な喋りと、丁寧な言葉遣いとのミックス。そして告白が受け容れられたときの、特別なスキンシップを初めて体験したときの全能感。こうしたやり取りが初めての、いわばDT感の裏返しでもあります。男子視点の場合、キスがときめきの最上位にあるくらいの時期が一番キュンとくると思うのです。進んだ肉体関係の描写が女子視点になりがちなのはその所為。

 成立の陰で誰も振られていないこともあり、ストレートな糖度の高さならシリーズ最高点の一つだと思います。「今、俺さ。世界で一番、幸せだと思う」「オレの方が幸せだっての、ばか」の可愛さは我ながら至高。


 ……そして同じ時期に起こっていた失恋ドミノです。イメージにあったのはアニメ「あの夏で待ってる」の終盤。


【結樹→真田さなだの場合】

 まず、詩葉がレズビアンであること=結樹に恋していることの自覚を、この辺でしてもらおうと考えていて。そのトリガーとして、結樹から真田への気持ちの決着(を詩葉が知ること)があって、という流れですね。


 このときの結樹の憧れ、好きになる男性の方向は「強さと美しさ」です。もっと言うと、自分が目指したいと思える美点を持っていること。その意味で、同じ部活のエースである真田はど真ん中でした、シンプルに顔が好みだった説もありますが。

 同じ理由で、「似ていないから相性がいい」相棒である希和のことは恋愛対象としては見ていないです。シンプルに外見が好みでなかった説もあるのですが、結樹は見た目で弾くという発想は嫌いそうですし。


 真田に恋しているのと同時に、紅葉もみじにも憧れている……というより、このカップルに惚れている節も大きくて。だから、彼女になりたいという願望ではなく、「あなたのおかげで強くなれました」を伝えるためだけの告白……だと、本人も思っていたはずなのですが。

 やはり、拒まれると分かっている気持ちを伝えるのは苦しかった。結樹にとって、高校生活の中で最も強く気持ちがふれた瞬間だと思います。

 加えて、ここでの真田と紅葉の選択をフォローするためにも、8話では真田視点が入ったりしています。合唱部男子の中で最も僕から遠いキャラだったので、だいぶ新鮮な書き心地でした。



【希和→詩葉→結樹の場合】


 結樹の心情に気を遣ったのは、その気持ちを詩葉に打ち明けたことへのフォローの意味もありました。結樹だって、打ち明けられた詩葉が傷つくことは想定していたはずなのです。ただその理由を、「辛い友達に感情移入して一緒に悲しんでくれる」としか解釈できていないだけで。「結樹が自分以外に恋していた」ことで悲しむとは、まさか考えていない。一緒に傷つきながらも励ましてくれる友達に甘えたい、という動機でした。


 そして、その告白によって結樹への恋を自覚した詩葉は、それを希和と共有します。

 ここで希和を……特に陽向ではなく希和を選んだ理由ですが。女性への性愛を女性に打ち明けることで、相手からの意識が変わってしまうことを危惧していた、というのが一つ。

 加えてこの時点で、希和からの(恋慕に基づく)アプローチを断っておきたかった、という意識もあったでしょう。交際の誘いを拒んで関係が悪くなるのが怖くて、応じられないことを先に伝えておく。言い換えると、「彼女になれなくても、希和なら受け容れてくれる」という信頼の表われでもあります。希和の寛容さ、受動的な優しさに甘えた形ですね……尤も、この辺の事情を明確に意識していた訳ではなくて、整理はつかない頭で必死に考えた結果が希和だった、ということでした。


 詩葉のこの選択は、希和にも陽向にも予想外でした。陽向からしたら、「レズビアンの相談を男にするはずなくない?」という前提がありましたし。希和だって同性の方が話しやすいと思ったでしょう。

 それでもターンが回ってきた希和は、絶望を覚えつつも詩葉に言葉をかけようとして――突入してきた陽向に引き継がれることになるのですが。

 仮に陽向が来なかった場合、希和は告白に近いことをしたんだと思います。付き合えないことを前提とした上で、「こんなに好きでいる君のことを、自分で信じてあげてほしい」と励ます。ただそれは、味方であることの保証にはなっても、根本の解決にはなりにくいんですよね。詩葉が求めていたのもそういう方針なので、正解といえば正解なのですが……


 ここでの詩葉の悩みは、自分の本心が女性に受け容れられるかということなので。レズビアンでも受け容れてくれる女性、あるいは同じ立場の女性の存在が必要だった、つまり陽向がベストアンサーだった(けど詩葉は、陽向がそうだとは考えていなかった)

 そもそも、同性愛者が周囲にいるという認識もなかったんですよね。2020年ならともかく、作中(2013年)の段階で、保守的な両親に育てられていたなら無理もないと思います。むしろ前向きに考えられている陽向の方が珍しいような。だから陽向の存在は、詩葉にとって理想的ながらも非現実的な解決策でした。

 

 ちなみに。泣いている詩葉を抱きしめる、という選択肢も希和にはありました。一般的なラブストーリーならそれが正解な気もしますし、そうするのを期待していた読者さんも多いと思います。ただ彼らの場合、それはバッドルートで。詩葉は希和とのスキンシップは求めていない……むしろ、性的なニュアンスの入る接触は忌避しているんですね。加えて、希和が解決策としてスキンシップを選択した場合、それに応えないといけない=男女間の身体接触を歓迎しないといけない、みたいな意味合いにもなってしまうので。

 だからこそ、あくまで言葉で励ますことを選んだ希和は正解でした。ただ、陽向が現われた段階でそれすら放棄してしまったのは……結果としては適材適所だったのですが、(詩葉との関係を深めた上で支えるという)責任から逃れたという、臆病さや卑怯さの表われでもあります。

 詩葉と希和、付き合いが長い割に身体接触って少ないんですよ。バイオレンスなコントやってる陽子&中村とは対照的。それだけ「触れない」間合いを続けてきたことを意識してもらうと、4章以降のちょっとしたアクションがよりグッとくると思います。



 ……かなり長くなりましたが。

 このトライアングル、それぞれにしか分からないような心理に基づくロジックで動いていますし、本編の展開も万人受けするとは言いがたいでしょうし。それぞれの行動をフォローしようとすると、どうしても長くなりがちでした。


 とはいえ、このシリーズで何より描きたかったのはこのトライアングル……陽向が出てこなかった頃の希和の感覚まで含めたトライアングルなので。ここから本番、という気合いが乗った章でもありました。

 ひとりひとりの恋の形と、酸いも甘いも含めたそれらの重なり、味わってくださったなら幸いです。

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Notes of Rainbow Noise -予習復習・裏話集- 市亀 @ichikame

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