鉄塊の扉
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鉄塊の扉
錆びたチェーン状の金属が、その鉄塊に大蛇のように絡まり締め上げていた。それは重厚で現実を超越するような禍々しい物体に見えた。
僕が教授に会ったのは偶然だった。道路沿いのバーガーショップでのことだ。
「チキンサンドが無い?ああ、じゃあビーフにケチャップのやつでいいや。ああ、今日はツイてないな。あー、マスタードとピクルス多めに頼むよ」
教授は品切れになったチキンサンドの代わりにビーフサンドを注文していたところだった。
「チキンサンドお待たせしました」
店員がそう言って横のカウンターに僕の注文した最後のチキンサンドを持ってきたのはその時だった。僕と教授の目があった。
僕は別にチキンサンドをどうしても食べたいと言う訳では無かった。単にフィーリングで頼んだだけだ。
そこで僕は教授にチキンサンドを譲り、代わりにビーフサンドを貰い、さらにコーラを奢って貰って、一緒に食事をすることになった。
「悪いね。ここのオーロラソースのチキンサンドが好きでね」
「いえ。コーラ奢って貰っちゃって」
「いいのいいの」
教授はチキンサンドにかぶりついて、ルートビア・ソーダをゴクゴク飲んでいる。
「あの、ここへはどんなご用件で?」
「ん、調査というか……これでも大学の教授でね」
「へぇ……」
「なんだよ、意外そうだな」
無理もなかった。長髪にアロハ、それに白い短パンにサンダルを履いてサングラスをかけている。ここは確かに暑く日差しの強い場所なので、理には叶っているが、らしいかと言われるとらしくない。
「どの分野ですか?」
「あー、考古学。詳しく言うと戦跡考古学ってやつなんだけど」
「聞いたことがないですね」
「古代の戦争とかね、そういうの調べんの」
「へえ。面白そうですね!」
「お、興味ある?珍しいね」
教授はしばらくその考古学の面白さを熱弁した。
「で、君は何してるの?学生?」
「ええ、ちょっと夏休みで旅に出ている途中で」
「へー。いいねぇ、旅。学生って言うと、大学生?何か専攻とかあんの?」
「あ、工学系ですね。機械とか」
「……おっ、メカ得意?」
「そうですね」
しばらく教授は何かを考えていた。
「あー、今、面白い遺跡の調査中なんだけどさ……えっ、何だい?」
話を止めたのは教授の脇に座っていたお供の人。赤茶のハーフローブを目深に被っている。そして何やら教授と小声で話している。聞いたことの無い言語だ。中国語でもない、スペイン語でもない、ラ行の発音が独特な言語だ。
フードを目深に被っていて顔は良くは分からないが、女性だと思う。動作に女の人のしなやかさがあるし、ローブから覗く足が女性っぽい。
「大丈夫だよ、この子、良い人そうだし」
そう言って肩をポンポン叩いている。
「で、しばらくこの辺にいるの?」
「ヒッチハイクしながら東へ向かっているので、特にいつまでここにいるとかは無いですけど」
「今日の宿は?」
「いえ、まだ決まっていないです」
そう言えばまだ名前を聞いていなかった。
「あの、僕、マイクです。マイケル・スミス」
「ああ。失礼。俺の名はハンス・ボガード。こっちの無口なのはリドリー。そう呼んでくれ」
リドリーさんは軽く会釈した。
「リドリーさんは助手さんですか?」
「んー、まー助手というか手伝いと言うか。案内人でもあるし、ボディガードでもあるね」
「ボディガード。へぇ……」
「俺、華奢だからさ。ははは!」
リドリーさんが教授に肘打ちをを軽く入れた。教授はむせた。
「ははは……あの、時間あるなら、ちょっとバイトしない?ちょっとヘルプが必要でさ……んー、秘密にしてくれたらだけど。口固い方?」
教授はソーダの泡を口一杯につけながら僕の方を見、そう僕に聞いてきた。
別に犯罪とかではないだろう。教授は適当なところがあるが、そう言う人には見えない。
「大丈夫ですよ。学術的に秘密ってことですよね?」
「お、話分かるじゃん」
リドリーさんは教授を突っついた。
「……ちょっとごめん、リドリーとまたお話」
「はい」
また謎の言語で二人で話し出した。
僕は二人が話す間、レストランの窓からの風景を眺めていた。
乾燥した大地。遙か彼方に青く霞む低い山々。所々に生えているサボテン。青い空。うん、昨日も見た。代わり映えのしない風景。ここに来てからずっとこんな感じだ。
「さて」
話は終わったらしい。
教授の話では、遺跡で分からないことがあって行き詰まっているらしい。どうも機械に関することのようだ。手伝ってくれるなら多少のお金を払うと言う。
僕は旅の資金が増えるならとOKした。
「車が外に止めてあるんだ。食べ終わったら行くよ?」
「はい!」
車はオープンのジープだった。サンドイエローの。新しくはなく、古い型のようで、あちこちに擦り傷や汚れが目立っていた。どうやら道具として使う主義らしい。
「まあ、乗って」
僕は教授に言われるがまま、後部座席に乗り込んだ。エンジンがかかり、車は道路を南へ走り始めた。
車を走らせて二時間程。道路脇100m程先にサボテンに囲まれた赤い岩が見えてきた。
「俺はあれをレッドロックと言って目印にしている。まずはあそこへ向かう」
教授はそう言うと車を道から逸らせた。車は土煙を巻き上げて荒野を走り出す。荒れた薄赤いの大地に所々岩が転がって、薄緑色の低いサボテンが所々生えている。教授は力任せにハンドルを回しながら障害物を避けていく。
結構揺れるので僕は帽子を上から押さえた。
「どうだい?道路の上より荒野の方が楽しいだろう?ははは!」
教授はハンドルを振り回しながら楽しそうに言った。タイヤが激しく上下に振動しながら荒野を駆け抜けていく。
数キロほど走った後だろうか、前方に十メーターぐらいの大きさの岩が見えてきた。近づくと岩に白いペンキで×印が書いてあった。分かりやすい。
「よーし、到着」
教授がそう言うと、車は岩の前に音を立てて止まった。風が止まり、地面から熱気が立ち上り、地平線が揺らいだ。僕らは車を降りて赤茶色の大地に降り立った。
「岩以外何もないようですが……?」
「こっちこっち」
教授に連れられて岩の側面へ回ると、岩に割れ目があった。幅1m、高さ2mぐらいだろうか。割れ目は通路となって奥へと続いている。
教授はランタンに火を灯した。
「ここ、狭いから気を付けて」
狭い通路を気を付けながら下へ降りていく。地面に砂が溜まっていて滑り易い。しばらく進むと通路は広くなった。そして先にぼんやりと光る空間が見え、岩の大広間が出現した。
広間には、どういう原理か知らないが、光る石があちらこちらにあって、その光があたりを照らし出していた。
中央にチェーン状の金属が絡まった大きな金属の塊があった。奇妙な物体だ。何か封印でもしているような。
さらに周りにはさらによく分からない形の三角や棒状のものが乱雑に転がっていた。
「これが遺跡ですか?」
「ああ、僕はゼドゥナ文明と呼んでいる。最近見つかった謎の文明だよ」
「この場所はいったい?儀式場とか……?」
「その可能性もあるが、周りに散らばるこの金属、俺には武器にみえるんだよね」
「武器?」
教授は地面に落ちている金属の棒を一つ拾い上げた。長さ2m程。片側に飾りがついていて、もう片方には三角の金属板がついている。
「三角の金属板は刃だろう。もう鈍らだがね。ハルバードのようなものか。そしてこっちは……」
もう一つ手に取ったのは1m程の角張った物体。一部細くなっていて手に持てるようになっている。刃は付いていない。付くようにも見えない。
「これは……なんだろね?剣?分からない」
確かにそう言われてみると、どれも武器のように見える。
「これらの武器はサイズから言って使ったのは人間だと思う。どれも向きは真ん中の鉄塊に向いて散らばっている……つまりここが戦場だったとしたら、この真ん中の金属の塊。これと戦ったように見える」
教授は片手を腰に当てながら、その混乱した地面の様を見渡した。
「そして、問題のコイツだが。どうやら機械らしいと言う事は俺でも分かった」
教授は、その中央に聳える金属の塊を見上げた。
僕はそれをつぶさに観察した。高さは3m程度。それは枠と中央の板に分かれていて、それを繋ぐ機構があった。確かに機械的なものだ。僕にはそれは構造的に扉のように見えた。重厚さから言って何か重大なものを納めるような。
「これは僕には扉のように見えます」
僕は教授にそう言った。
「そうなのか?扉とは思わなかった」
「ええ、ほらここ、よく見るとドアらしき機構が見えます。開くように出来ているように見えます」
「これ、開くことは出来ると思うかい?……その、開いても何かがあるとは思わないのだけれど……もしかしてってのがあるからね」
「そうですね、ちょっと興味ありますね。見てみましょう」
僕はドアの機構部分をさらに丹念に調べた。隙間からギアらしきものが見えた。これを回せばいいのかもしれない。回すとしたらてこの原理でこう……角度はこうか……。
「……多分ここにレバーが嵌まると思うんですけど、周りに落ちてませんか?」
「レバー?棒状の物かい?」
「ええ」
僕らは辺りを見回した。土に埋もれた武器の破片が乱雑に散らばって重なり合っている。
「ドアと同じ素材のやつだと思うんですが」
「となると、黒っぽいもの……」
僕らはそれらしきものを探し続けた。
「これは?」
教授が見つけた30センチ程の長い物体。端の形を見て僕はピンと来た。
「それかも!」
填めてみるとぴったりと合った。そして押してみた。しかし重い……。よく見ると端が折れていた。つまり本来はもっと長いのだ。
「開かないのか?」
「ちょっと力が足りなくて……」
「手伝うよ?」
「それに、折れて長さが足りなくなっているようです」
教授は周りを見渡してパイプ状の金属棒を見つけて持ってきた。
「これを使おう」
そう言うとパイプをレバーの端に差し込んで押し始めた。ミシミシと音がするがまだ開かない。
「リドリー、手伝ってくれ」
そう言うとリドリーさんがパイプの端を掴んだ。
「いくぞー!押せー!」
教授のかけ声と共に全員でレバーを押した。今までの重さがウソのようにレバーはすっと下に落ちた。
すると、機構部から火花が散り、レバーが独りでにグルグルと回り始めた。それはどんどん速くなり……。
「まずいぞ、離れろ!」
教授に引っ張られてドアから飛び退いた。そして伏せる。
高速でレバーが回転すると共にドアが開いてゆく。そしてついにドアが開いたその時、レバーがドアにぶつかって弾け飛んだ。弾けたレバーはそこかしこにぶつかって跳ね回り、最後に地面に突き刺さって止まった。
ドアが開いた。中を覗き込むと、この広間の空間とは違う岩で出来た通路が奥へと見えた。
扉の左右に回り込んで見たが、どこにもそんなものは無かった。つまりこのドアの中にだけ別な空間が存在している。
「これは……もしかしたらってやつだな」
「ですね……」
「原理はさっぱりだが、他の時空間へと繋がっている……」
「それっぽいですね……」
「ここはもちろん……入ってみるよね?」
「当然ですね」
僕らは恐る恐るその扉の中へと入ることにした。入っていくときにまるで水面に入るような感触があった。
◇
中へ入ると、岩の回廊が続いていた。しばらく歩くと空間が大きく開け、石組みの橋が架かっていた。橋の入り口に像が立っている。嘴があり耳の尖った何かの獣の像。
「石組み……これは完全に人工物ですね」
「ああ……」
教授は橋に書かれた文字を調べている。何やら楔型文字のようだが、もちろん僕には分からない。
「ゼドゥナ文明の物に似ているが……」
「教授が追っていた遺跡の文明ですか?」
「ああ……しかし、少し違うようだ。もっと複雑な……時代が違うのか?」
その時、咆哮と共に像が生き物に変化し、教授に襲いかかった。それに瞬時に対応する影。
次の瞬間、金属が何か堅いものに衝突する音が空間に木霊した。
赤いローブか宙に翻った。動いたのはリドリーさんだった。リドリーさんは短剣を持っていて、敵に素早く対応している。剣から火花が散る。
敵は黒い人型の生物に見えた。しかしその咆哮は人とは思えぬ獣のそれで、角と尻尾が生えていた。僕の知識で例えるならそれは悪魔のようだった。
敵は武器こそ持っていないが、鋭い爪で襲いかかる。リドリーさんは巧みに体をしならせて寸前で避けている。
そして、大振りして来たところを低く交わして後ろに回り込んで体当たりし、橋から外へ押し出した。敵は真っ暗な奈落へと落ちて行った。
「今のはガーゴイルってやつかな?初めて見たよ。リドリー、大丈夫か?」
リドリーさんの方を見ると、激しい戦闘でフードが外れていた。やはりリドリーは女性だった。ショートヘアに細面の美しい顔。そして気付いた。なんとリドリーさんにも角がある。
「ああ、ばれちまったか。うん、まあ、人じゃ無いんだ。かなり前の遺跡発掘で出会ってね。これも秘密にしといてくれ」
僕は無言で頷いた。
「碑文の特徴から見るに、やはりここはゼドゥナ文明の遺跡……もしかしたらまだ使用中なのかも知れないが、そうらしい」
「使用中と言うのはどういう事です?」
「遺跡と言うには古く無いってことだよ。そうだな、もしかしたら我々が過去に来ている可能性すらある。あのドアだからな。あってもおかしくない」
「なるほど」
なかなかハードなバイトだなと内心思った。しかし面白い。こんな体験はなかなか無い。
「あれ?この文字、見た事があるぞ。ムグゥト?そうだ、この文明の神の名だ。……その神殿?この先が?」
教授は橋の先をじっと見つめた。
「ここから先、行ってもいいかな?学術的には是非見てみたいんだが」
「危険があるのでは?さっきのみたいに」
「危なくなったら逃げる、隠れる」
「上手く行くといいですけれど」
「丸腰だとさすがに心もとないか……リドリー、武器あるか?」
教授がリドリーさんにそう言うと、リドリーさんはローブの内側から小銃を取り出し、黙って僕に手渡した。とても立ち回れるとは思わないけれど、無いよりはマシか?
「教授は武器いらないのですか?」
「ああ、一応あるんだ」
そう言って腰のバッグの中身をこちらに見せた。小銃があった。用意周到だった。
「そうだ、これを教えよう」
教授はそう言って音を立てない歩き方を教えてくれた。
何でも、忍者の歩き方らしい。忍足と言うのだとか。本人曰く、忍術は一通り本で読んだので使えると言う。何者なのだこの人は。
「じゃ、一行さん、隠密行動で参りますよ」
教授はそう言って足を前へ進んだ。僕らも後へ続いた。
しばらく進むと左右に別れる道があった。教授のカンで左へ行ったら、大きな階段と、さっきのガーゴイル像がしこたま並んでいるのが遠くからでも分かったので、すぐさま引き返した。
「右だ。右へ行こう」
当然のように教授はそう言った。
右へ進むと、通路は段々狭くなり、汚れも目立つようになってきた。どうやらこちらは裏道らしい。
左側に小窓が開いていたので、そっと覗き込んだら、祭壇が見えた。
さっきのガーゴイル像の列と階段はこの祭壇に通じる通路だったのだろう。
祭壇には中央に主神の像。両脇にも小さな像がある。像の前で祈りを捧げる神官。犬のような仮面を被って杖を振っている。
「あー、やっぱりさっきのが当たりだったのか……」
「あんなガーゴイルが沢山いるところ無理ですよ。それに人も居ますよ」
リドリーさんも頷いている。
「あそこ、お宝がありそうなのに……」
教授は悔しそうだ。
「何か文献の切れ端が見つかるだけでも大発見になるじゃないですか?」
「……そうだけどさ、面白みってものが……こう、もっと派手なのが。ね?」
なんとなく教授の性格が分かった気がした。
さらに先へ進むと行き止まりになっていた。
「ほらー、ハズレだよ。トホホ」
教授が落胆したその瞬間、足元がパカリと開いた。
「……!」
声にならない声を上げながら僕らは落ちた。
◇
落ちた先は下水道のような場所だった。幸い水面があったのと、リドリーさんが二人を手やら足やらで引っ掴んで途中の何かに捕まってくれたので怪我は無かった。だが臭い。異臭が立ち込めている。
教授がランタンを出す。ぼんやりと辺りが見えた。石組みの水道だった。水面は濁っていて、色々なものが流れて行く。
高さは2mぐらい。幅も同じ。そんな通路が幾重にも分岐して流れていた。
どうなっているのか見当もつかないので、教授に行き先は任せた。
しばらく歩くと上へ登る階段があった。
「よし、ここを登ろう。ここは匂いがたまらん。早く出たい」
登った先には石の蓋がしてあった。
「急に開けると、どこに出るか分かりませんよ?」
「ああ、そうだな。ゆっくり静かに開けよう」
石の蓋をゆっくり開ける。外からの光が漏れてくる。眩しい。
目が慣れて、そーっと辺りを見回すと、例の神官が横を向いて杖を振っているのが見えた。出たのは祭壇の横だった。これはまたいろんな意味でマズい場所に出たもんだ。
横を見るとキラキラした目で辺りを見る教授がいた。
「何かめぼしいものはあります?」
「どれも価値があるが、とても持ち帰れるサイズじゃ無いな」
「そうですか」
「……あの神官、何をしている?ちょっと様子を見よう」
神官は像に向かって叫んでいた。杖を振りながら舞を踊り、空中に光の文様を描き、床に杖をに突き立てた。
稲妻が落ちた。
落ちた場所から紫色の煙が立ち登り、どんどんと実体化していく。そして異様な生物が目の前に現れた。
高さは5mはあるだろうか?全体的に黒っぽく、頭には角が生えていて、尻尾の先に毛が生い茂っている。全体的にそれは雄牛のようで、僕の知っている知識ではミノタウロスが一番近かった。
もしや遺跡のドアはこいつと神殿を封印していたのでは……。
「ああ、あれは最高神ムグゥト!」
「何です?」
「ゼドゥナ文明の最高神だよ。絵では見た事があったが、ありゃ実物だ!」
「神様?何かマズくないですか?」
「神様って言っても、邪神だよ」
「もっとマズいじゃ無いですか!」
「そうだ、写真、写真!邪神の写真!写真撮らないと!」
教授は鞄を探っている。駄洒落は聞かなかった事にする。
「か、カメラ!あ、無い。持ってきて無い!……なんてこった……千載一遇のチャンスなのに」
「スマホとか持って無いんですか?」
「……無いな。車の中か?忘れて来た?」
「僕の貸しましょうか?」
「それだ!」
僕は自分のスマホを教授に渡した。
「使い方分かります?」
「ああ、なんとなくは……」
「カメラ起動して、ボリュームの下ボタン押してください。それで撮れますから」
「分かった」
「しかし、今外へ出たら完全に見つかりますよ?」
「そうだな、じゃあ忍術でも使うか?」
「忍術?」
「金遁の術改」
「?」
教授は手近にあった物を高く遠くへ投げた。カランと言う音が鳴り響き、その場にいた全員がそちらに注目した。なるほどこれが忍術か。
そして、教授は素早く下水口から上半身を乗り出してスマホのシャッターボタンを押した。
カシャ。
シャッター音があたりに木霊した。ついでに言うとフラッシュも焚かれた。一瞬、雰囲気的にVサインしてフレームに入り込もうかと思ったくらいだ。
振り返る神官。振り向く邪神ムグゥト。動き出すガーゴイル。あたふたする教授。
「逃げますよ!」
「お、おう」
教授の手を引っ張って下水口に引きずり込む。とりあえずここが安全に思えた。
急いで下水まで階段を降りた。
入り口は狭いので入ってこれないだろう。特に邪神は巨大なので無理だ。神官も衛生観念的に入ってこないと思う。となると問題はガーゴイル。
「どっち逃げます?」
「適当!走れ!」
それはそうか。入ってきた落とし穴は戻る事が出来ないし。そうなると適当にどこか出口を探すしかない。これはあれだ。運を天に任すってやつだな。僕らは下水道を闇雲に走った。
追っ手はすぐにやって来た。ガーゴイル二匹。とりあえずリドリーさんに貰った銃をぶっ放す。人生初射撃。当然のように外れた。ああ、僕は戦力外。
教授も鞄から小銃を取り出して撃つ。一匹に当たり、後ろにすっ飛んで行った。
リドリーさんも銃を取り出し撃つ。パパンと言う音が炸裂しガーゴイルが砕け散った。特殊な銃なのか、撃ち方の問題なのか、威力が凄まじい。
しばらく走ると先に階段が見えてきた。そして後ろからまたガーゴイルが数匹。
「ここに階段が!」
「昇れ!」
外に出てみると、そこは橋の袂だった。
全員が出たところで下水に蓋をし、近くにあった像やら装飾品やらを上に置いて封印した。とりあえずこれで奴らは出て来れないだろう。一安心。
と、思ったのも束の間。地響きが起こった。そしてそれは徐々に近づいてくる。そして姿を現したのは邪神ムグゥト。
「やあ、こんにちは」
手を振る教授。しかし手を振りながらも足は走り出す。
僕らは橋を走った。あ、洒落ではなく。入ってきたドアめがけて。あそこから出れば流石に大丈夫な……はずだ。
「走れー!」
叫ぶ教授。もちろん走っている。走りながらリドリーさんが銃を撃つ。しかし、目の前を飛ぶハエをうるさがって払うような動作をするだけだ。効いていない。ここは走るしか無い。僕らは走った。
ドアが近づいて来る。僕らはその中に飛び込んだ。
◇
ドアから飛び出した僕らは勢いで転がった。
「あいてて……」
痛がっている教授。
「やった!逃げ切りましたよ教授!」
「……ああ、そうだな。やっと安心か」
しかし、ドアの中からヌッと現れたのは一本の指。思わず後ずさった。
「邪神の指?」
「ああ、そうだな。あいつも通れるようだな、このドア。サイズ的に合ってないようだが」
「どうします?邪神は通れはしないでしょうけれど、ガーゴイルとか来ちゃいますよ?」
「閉めればいいんじゃないか?」
「どうやって?」
そう言っている間にも扉の中から出てくる指が増えた。
「もしかして、入り口を無理やり押し広げようとしているのでは?」
「そうかもしれないな」
そして衝撃音が続いた。どうやら向こう側の扉に体当たりしているようだ。
「まずいな……体当たりしてる……こりゃ壊れるぞ」
教授の予測は当たっていた。やがて扉は火花を散らし、スパークしだした。電撃が扉からあちこちに飛び散る。そして電撃は広間の壁を直撃する。壁が崩れ始めた。
「逃げよう!」
教授は僕の手を引いて通路を出口へ走った。走る後ろで岩が崩れる音がする。
そして岩の割れ目から出た瞬間、割れ目の中で大爆発が起こった。
「伏せろ!」
教授がそう言うと同時に衝撃で岩が爆発し崩れ落ちた。飛び散る破片。巻き上がる砂埃。
僕らは伏せていたおかげで何とか助かった。
「あー壊しちゃったかー。もうあそこへは行けないな」
教授は腰に手を当てて残念そうに瓦礫を眺めていた。
「でも、奴らも出てこれませんね」
「そうだな」
「さて。発掘現場は埋もれてしまったが、写真は撮ったぞ!」
「ああ、そう言えば……」
教授は僕のスマホを開こうとしている。
「あ、ロックかかってるんで、ちょっと下さい」
ロックを外してアルバムを立ち上げる。ついにお宝が?
しかし、そこに写っていたのはブレブレの黒い何かと、教授の靴先だけだった。
「……あー……」
「ははは、教授、写真下手ですね!」
「ああ……全てパーに」
「なかなか面白いバイトでしたよ」
「ああ、そうか、バイト代もあったか……」
ますます肩を落とした。
「じゃ、次行くか」
「次?」
「まだあるんだよ。第2発掘現場。北に20キロぐらい先かな?」
僕の予定外の旅はまだ続くらしい。
鉄塊の扉 kumapom @kumapom
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