「動くな! 武器を捨てろ!」


 若い警官が俺に銃口を向けて突っ立っている。呼吸にあまり乱れがないのは、おどろきだった。この若者、相当にきたえられているようだ。この俺を相手によくぞここまで頑張がんばったとめてやりたいところだ。


「もう一度だけ言う! 武器を――」

「いい景色だな、ボウズ」


 俺は遠くをながめて言う。四十七階建てのビルから見下ろす景色は新鮮味があった。退屈だと思っていた街がまた違った姿で見えた。この街とも三十年以上の付き合いになるのか。いま思えばそんなに悪い場所でもなかったな。


「ああ、いい景色だ」警官は俺から目をそらさずに答えた。「だがその武器を捨てないと、もう二度とこんな光景はおがめないぞ。だから武器を捨てるんだ」

「……それもそうだな。そうしよう」


 俺は足もとに拳銃を放り投げた。そいつを蹴飛けとばしてかれのほうに転がす。われながらアホだよな……。銃を持った警官の前で丸腰まるごしになるなんてのは……。これじゃあ犯罪者失格だぜ。

 だが俺には計画があった。シミュレーションはんでいる。俺は信心深い人間じゃないが、神に逆らう結末を望むなら個人的な決定じゃダメだと思った。ここはやはり審判しんぱんを受けるのがふさわしい。結局人間、最後は運否天賦うんぷてんぷが一番だからな。


「だってさ、いい街だと思うんだぜ。ここは」

「両手を上げて頭の後ろに組め」

「それなのに俺の個人的な願望で、他人の人生をどうこうしようってのはやりすぎだと思うんだよな」

「ゴチャゴチャ言ってないで早く両手を上げろ!」

「つまり、この老いぼれにも色々と思うところがあったんだ。でも俺だって夢はあきらめきれないからな。けっきょく決断できなかった。だから若いの。お前さんにすべてをたくすぜ」

「さっきからなにを言っている? おい、動くな!」


 俺はいきおいよくサッと手を動かした。上着の内ポケットに右手をつっこんだ。まるでそこから拳銃を取り出すみたいに、勢いよく右手を……。


 銃声が四発、鳴りひびいた――いい数字だ。

 身体から力が抜けていく。俺の身体から力が……。


「だから動くなと言ったのに!」


 警官が俺のもとにかけつけてくる。血まみれになってたおれた俺の右手には、しっかりと装置がにぎられていた。しかし腕に力が入らない。箱はどうなっている? 箱はいまどういう状態なんだ?


「これはなんだ? 銃じゃないのか?」


 警官が俺の手から装置をもぎ取る。


「これは……タイマーか?」


 そういってかれは俺の顔にそれを近づけた。装置は――無傷むきずだった。爆弾ばくだんは動きつづけている。もし銃弾でこわれでもしたら、そのときは運命と思って受け入れようと、そう思っていたが、これは……ハハハ……。


「なにがおかしい? あんた死にかけてるんだぞ?」

「いや……」と俺は笑いながら答えた。「運命の女神は……生きろと言ってる。俺に永遠に生きつづけろと……」


 俺たちの会話はそれ以上はつづかなかった。タイマーのカウントがゼロになったからだ。爆弾は爆発し、街は消し飛んだ。すべてが灰になった。

 だが、なにもかもがなくなったわけじゃない。俺の意識は無事に残った。ドクターの言うとおりだった。たしかに、これは時間を支配する装置だった。


 爆弾が爆発したいま、俺はドクターが言っていたことを完全に理解していた。あの爆弾は時間軸じかんじくを破壊し、バラバラになった時間を一ヶ所にとどめておく能力を俺に与えてくれたのだ。

 あのあと俺の身になにが起こったのか。それを言葉で説明するのは正直むずかしい。だが簡単にいえば、いま俺の周りには、あの街で体験したすべての時間が存在している。そして、俺はいつでも好きな時間にアクセスすることができた。

 たとえば、あの街で出会った美女たち過ごした夜のこと。危険な任務を命からがら達成した日のこと。ドクターと初めて出会ったその瞬間しゅんかん――こういった過去の出来事を好きなだけ体験することができた。

 しかも新鮮しんせんな気持ちで、そのとき味わったままの感情や感覚を何度も何度も、くり返し再体験できるのである。ドキドキしたり、ワクワクしたり、美味うまいもん食ってウマいと思ったりな。おまけに、これは飽きることがないからマジで最高だった。


 つまり、ドクターが与えてくれた永遠の命とは『過去の時間のなかに自分自身をめる』という性質のものだった。

 まあ、はっきりいって満足しているよ。やはりドクターについて来て正解だった。望んでいた永遠の命とは少し違う気もするが、これはこれで悪くない。

 ……といっても、それなりに充実した人生を、この街で歩んできた俺だからこそ、こういった感想をいだくのかもしれないがね。とにかくドクターには感謝の気持ちしかなかった。ありがとよ、ドクター。


 ところで、ひとつだけ気になることがあるんだが……。じつは何度も何度も、過去の時間を再生しているうちに、俺はある面白い事実に気がついた。

 俺が最後にやった仕事あるだろ?

 ほら、あのタイムズ・シークエンス・ビルの爆破ばくは事件。

 あの一連の出来事ってさ。



 ひょっとしたら「、ひとつのストーリーとして十分に成立するんじゃないのか?」って、そう思ったんだよね。



 さて、もうわかったかな?

 キミは絶対にだまされた。

 そうだろ?

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刻むは時を爆弾時限 弐刀堕楽 @twocamels

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