組織の男に案内されて行き着いた先は、高級ホテルの一室だった。

 ドアを開けると、うす暗い部屋の中央に見慣みなれたシルエットがぼんやりと浮かんでいた。

 車椅子くるまいすに乗った白髪の老人――間違いない。あれはドクターだ。

 視界が部屋の暗さに順応じゅうのうするにつれて、老人の顔の部分にいつもどおりの笑顔が浮かび上がる。……いや、いつもどおりじゃないな。今日のドクターはいつにもまして上機嫌だった。


「元気そうだな、ドクター」

「遅かったじゃないか。ずいぶんと苦労したみたいだが大丈夫かね?」

「いや、たいしたことはないさ。それよりいちばん大変なパートはここからだぜ」

「それもそうだな」


 そう言ってドクターはカラカラと笑った。その動きに合わせて、かれのひざのうえに乗った四角い箱がカタカタとれる。もしかするとアレがそうだろうか? あの箱がドクターの言っていた例の……。

 俺の視線に気がついたのか、ドクターは得意げな顔つきで箱をつまみ上げた。小さな黒い箱だった。大きさはトランプの箱と同じくらい。箱の表面にはいくつかのボタンと液晶パネルが付いていた。


「それが例の?」

「そうだ」


 ドクターがうなずく。震える手で箱を受け取ると、大きさのわりにズッシリとした重みが伝わってきた。俺は感極かんきわまって声も出せなかった。この日が来るのをどれほど待っていたことか。


「なあドクター」やっとのことで声をしぼり出す。「本当にこんな小さな装置で夢がかなうのか?」

「そうだとも。夢は実現する」ドクターの声は確信に満ちていた。「われわれの夢は現実のものとなる。この装置でわれわれは、永遠の命を得るのだ」


 永遠の命――甘美かんびひびきだった。

 ドクターと出会って三十年、これを手に入れるために頑張ってきた。プロの運び屋として、そしてドクターの右腕として、そこらじゅうをかけずり回ってきた。その苦労の結晶がこの小さな箱に収まっている――そう思うとなかなか感慨かんがい深いものがあった。


「感動しているところ悪いが、まだ仕事は終わってないぞ。いちばん大変なパートはここからだ」

「ああ、そうだったな。それで、こいつはどう使うんだ?」


 ドクターに箱を返す。かれは目を細めて箱のボタンを押した。パネルが緑色に光ってドクターの顔を照らす。

 ボタン操作を何度かくり返したあとで、ドクターはふたたび俺に箱を手渡した。箱の液晶パネルには、緑色の文字で大きく『04:00』の数字が点滅てんめつしていた。


「タイマーを四時間後にセットした」

「タイマー?」

「そうだ。じつを言うとな、それは爆弾ばくだんなのだ」

「な、なんだって!?」


 なにかの冗談だろうか?――しかしドクターはこんな無粋ぶすいなジョークをかます人間ではないはずだ。

 するとこの爆弾は本物か……この装置によって、永遠の命を得るという話もうそではないのだろう……いやしかし……このふたつの関連性がまるでわからない……。


「ククク、混乱しとるな。爆弾と永遠の命――この両者に、いったいどういう関係があるのか理解できんといった顔だ」

「そのとおりだ、ドクター。頼むから凡人ぼんじんにも理解できるように説明してくれ」

「いいだろう。さて、きみは永遠の命と聞いてなにを思い浮かべるかね」

「なにって、そりゃあ……これから先ずっと生きつづけるとか、そういったことだろうな」

「普通はそう考えるだろう。わたしも最初はそうだった。人間の肉体を若返らせる。それがダメなら若いころの状態を維持しつづける。それが永遠の命というものの答えなのだと、そう思って研究を続けていた。

 しかし壁にぶち当たった。長年の研究でわたしは思い知った。小手先こてさきで身体をどうこうしてもどうにもならない。人間の肉体にはいずれ限界が来る。命ある生き物にとって、死はぜったいにけることのできない運命なのだ、と――わたしは当たり前の真実に気がつき、そして絶望した」


 しばしの沈黙。

 ドクターは話をつづけた。


「なかば研究をあきらめかけていた、そのとき――天啓てんけいがあった。ひらめいたのだ。永遠の命を得る方法を……つまり命を支配できないのなら、時間を支配してしまえばいい、とこう考えたのだ」

「時間?」

「そうだ、時間だ。時間を支配すれば、われわれは永遠に存在しつづけることができる。きみが考えている永遠の命とは、少し違った形の結末になってしまうが、しかしきっと満足してもらえるはずだよ」

「時間ねえ……あまりピンとこないな……。なあ、ドクター。結局この爆弾は何なんだ?」

「話を聞いていたのにまだわからないのか? それは時間を支配するための爆弾だ。これ以上の説明は言葉ではちとむずかしい。だが爆発させたときにすべてがわかる。きっときみにも理解できる。そしてきみだけでなく、われわれの組織のメンバー全員が理解するだろう」


 ドクターの話はイマイチよくわからなかった。まあ、とにかく爆弾を爆発させればいいらしい。しかし本当にこんなことで永遠の命が手に入るのだろうか?

 困惑こんわくする俺を尻目しりめに、ドクターは窓のほうを向いて外を指さした。かれのしめす先には、都会に群生ぐんせいする摩天楼まてんろうのなかでも、ひときわ目立つ一棟いっとうのビルがたたずんでいた。


「あの建物が見えるか? あそこに向かえ。あれはこの街でもっとも高い建造物けんぞうぶつだ。あの高さならこの街のすべてを吹き飛ばすことができるだろう」

「おいおい、正気か? 街をまるごと吹き飛ばすのかよ」

「そうだ。そうしなければ時間は支配できんぞ。なんだ、いまになって怖気おじけづいたのかね? きみは永遠の命が欲しくないのか?」

「いやそういうわけじゃないが……」

「なら早く行け。カウントダウンは始まっているぞ。それから周りにはよく注意しろよ。その爆弾を作るために方方ほうぼうから素材をかき集めたからな。わたしのやろうとしていることに気づいて、妨害ぼうがいしようとする連中が出てくるかもしれん。きみが途中で殺されでもしたら、すべてが水の泡になる」

「大丈夫。俺はプロの運び屋だ。まかせとけって」


 そういって上着の内ポケットに爆弾をしまうと、俺はホテルをあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る