言うまでもないが、強い違和感を感じていた。いままで以上に強い違和感を。

 はっきりいって追跡が早すぎるし、多すぎる。まるで事前に情報がもれていたみたいに、敵がそこらじゅうからわいて出てくるのだ。ドクターには注意するように言われていたが、この逃走劇とうそうげきは予想外だったろうな。

 誰がどんな目的でけしかけてくるのか?――俺の所属する組織には敵が多すぎて、犯人をはっきりと見定みさだめることはできない。

 しかし、これだけは言える。今回の事態は異常だった。異常にもほどがある。考えられる可能性はひとつだ――俺の組織に裏切り者がいる。

 まあ犯人が誰であれ、もうほとんど関係ないんだけどな。ドクターの研究は完成した。あとは俺がそれを引きつぐだけだ。


「見つけた、あそこだ!」


 おっと、また見つかってしまった。道の向こうから銃を持った男が三人、ひょっこりと現れやがった。こっちに向かって走ってくる。しつこい連中だな、まったく……。ふり切ってもふり切っても、これじゃあキリがない。

 ふと横を見ると、古びた雑居ざっきょビルが目についた。飲み屋、占い、金券ショップ――オーソドックスな組み合わせだ。気に入った。

 よし、そうだな。ここいらでまたアレをやるか? あまり身体に無理をさせたくないのだが、闇雲やみくもに走りまわるよりかは有効かもしれない。

 ビルの階段をかけあがる。細長い建物のせまい階段だった。屋上の扉は閉まっている可能性が高い。先を読んで拳銃を取り出す。大丈夫、毎度のことだ。いままでだって何十回、何百回とくり返しやってきたじゃないか。


 ところが次の瞬間――

 「……あっ!」俺は思わず息をのんだ。


 なんてことだ。屋上への扉が封鎖ふうさされていた。

 扉の前にはがっちりとした鉄柵てっさくもうけられており、複数の錠前じょうまえがその口を固く閉ざしていた。なんなんだよ、これは。ご丁寧にくさりまでくくってあるじゃねえか。さては近所のガキどもがイタズラでもして、ビルの所有者を怒らせたな。

 残念ながらこれをこじ開けている時間はなかった。階下に敵がせまっている。だがあわてることはない。俺はプロフェッショナルな男だ。つねに時代の先を読んで二手三手、余分な計画を立てている。

 このビルを登っているときだってそうだ。俺の目ン玉はきちんと建物の内部構造をとらえていた。ビルの内廊下うちろうかの突き当たりには必ず窓があった。ちょうど入り口とは反対の方角に面していたな。すべての階に設置されていた。日当たりを考えたのか、あるいは解放感を持たせるためなのか。

 まあ理由なんてこの際どうでもいいか。そこにあるという事実が大事だ。こいつは使える。少々通り抜けるのはキツそうだが問題はないだろう。


 俺はひとつ下の階まで戻ると、廊下の奥の窓ガラスに向けて銃弾じゅうだんを撃ち込んだ。サイレンサー付きの拳銃けんじゅうだ。銃声はひびかない。窓ガラスがくだけ散って、大人の身体半分よりもやや小さい程度ていどの穴が空いた。

 だがこれが限界だった。窓枠まどわくがそのサイズだからな。窓枠以上に穴は大きくならないのだ。このせまい穴を通る以外に逃げ道はなかった。

 階段の下から足音が聞こえてきた。俺は覚悟を決めて廊下を走り出す。大丈夫だ。ようするに走り幅跳びの要領ようりょうでやればいい。あれより小さく身体を丸めて、いきおいよくジャンプして、窓枠を通り抜けりゃいいって話だ。俺ならできるさ。


「おい、待て」


 そのとき背後でドアの開く音と、ついでに声がした。ピタリと足を止めて後ろをふり返る。この階のテナントはすべて空き家だと思っていたが、そうではなかったらしい。なかに誰かかくれていたようだ。

 ドアのすき間から男が顔を出して、俺に手まねきしている。部屋に入れ、ということだろうか?


「誰だ?」と、俺はそいつに銃を向けた。

「待て、撃つな。ドクターの使いだ」


 なにかのわなだろうか?――いぶかる俺に向けて男はバッジをかかげて見せた。そこには、俺の所属する秘密組織のマークがかれていた。確かに本物のように見えるが……こいつ本当に仲間なのか?


「ドクターの使いだと?」

「そうだ」

「用件はなんだ?」

「計画に変更があった。目的地が変わったんだ」


 正直いって信用できなかった。いままでドクターは、こんな方法で俺に情報を伝達してきたことはなかったからだ。しかし時間がない。敵の足音がどんどん大きくなっていく。早いとこ決断しなければ……。

 男の顔にあせりの色が浮かぶ。かれは急かすように言った。


くわしいことはドクターに聞いてくれ。かれの元まで案内する。頼むからさっさと中に入ってくれ。早く隠れないとマズいって」

「よし、わかった」

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