だが、俺は言うことを聞かなかった。わき目もふらずにかけ出した。


「あ、待て! やめろ!」


 制止をふり切ってビルから飛び降りる。一見、自殺行為にみえるが、きちんと考えたうえでの行動だ。都会ではすべての建物が密集みっしゅう状態にある。各建物の高低差を完璧かんぺきに記憶しておけばこの程度のことは造作ぞうさもない。

 まあ、ようするにだ――俺はとなりの建物の屋根に飛び移った。パルクール選手並に美しい着地で衝撃しょうげきを分散する。これで俺が一筋縄ひとすじなわではいかない人間だと思い知ったろう。相手のおどろく顔が目に浮かぶようだ。おっと、余裕ぶっこいてる場合じゃあなかったな。

 屋根のうえから目的の建物がチラリと確認できた。タイムズ・シークエンス・ビル――あそこだ。約束の時間がせまっている。早くここから移動しなければ。


 屋根のふちに立ち、そのまま雨樋あまどいをつたってスルスルと下に降りる。地面に足をつけると、水たまりがピシャンと音を立てた。そのまま道路沿どうろぞいに進んで、目的地を目指す。

 もうすぐだ。もう近くに見えてきている。あのビルにかけこめば、とりあえず一息つけるだろう。

 さきほどのアクションシーン、五十過ぎの身体には少々ハードワークすぎた。俺は年齢のわりに身体をきたえているほうだが、それでもやはり最近はおとろえを感じている。それも急激な衰えを……。

 まあ、誰だって年には勝てないということだろう。だからこそ俺の判断は間違っていなかったといえる。初めてドクターと出会ったときにピンと来たんだ。かれが俺の人生を変えてくれる運命のあるじであると、そう直感した。

 ああ、そうだとも。いままでドクターにつかえてきて本当によかった。今日という日を無事にむかえられて本当に……。


「いたぞ、こっちだ!」


 しまった!――気がつくと俺のすぐ後ろに敵がせまっていた。ちくしょう。物思いにふけっている場合じゃあなかったな。

 どうやらもう少しこのご老体にムチを打たなきゃならないらしい。俺は覚悟を決めるとふたたびかけ出した。

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