第2話

「じゃあ、二人一組作ってー」


 どうせ余る僕は、キョロキョロとどうせ余るだろう高崎武生を探していた。でも、おかしい。あんなに目立つ赤色が見つからない。


「あ、あの……先生。高崎くん、は」

「あー、あいつは保健室だそうだ。まぁ、サボりだろうけどな」

「えっ!」


 そんな。奴がいないと、先生と組むことになってしまうではないか。と、そこまで考えて、ハッとする。今まではそれが普通だったじゃないか。何で僕は、狼狽えているのだろう。


「先生ー、いつも組んでる奴が休みで組めないんですけど……」

「あぁ、ちょうどいい。こいつと組んでくれ」


 高崎武生と同じクラスの男子だ。そこそこ大人しそうな人で安心する。教師が僕の背中をトンと叩いて、その男子へと追いやった。


「あ、よろしくお願いしまーす」

「あ、あ、よろしく、お願いします……」


 尻すぼみになってしまった言葉が聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、その男子はさっさと柔軟体操を始めた。


「君さー、最近高崎武生と一緒にいる人だよね。怖くないの?」

「え」


 やっぱり目立っていたのか。まぁ無理もないと思うけど、この人、失礼じゃないか。こんなあけすけな質問。


「……怖い」

「あはは、だよねー。俺も怖かったもん、入学式の日」

「え」


 入学式の日。それは奴が暴力沙汰を起こした日だ。この人は、何か、知っている……? それとも、ただ野次馬をしていただけか? 


「……なにが、あったんですか? その日……」


 心臓がばくばく言っている。知りたい。でも、知っていいのか。奴のこと──僕は知ってどうするのか。


「……これ、俺がチクったとか言わないでよね? 高崎武生に。俺、今でもあいつのこと怖いんだからさ」


 その人は、眉をしかめながらも、その時のことを教えてくれた。



 * * *



 体育の終わりを告げるチャイムが鳴るとともに、僕は保健室に駆け出していた。教師が言っていたことが正しいなら、奴はここにいるはずだ。

 乱暴に保健室の扉を開けると、ベッドで横になっていた高崎武生が煩わしそうに起き上がった。


「んだよ、お前かよ……」


 チッと舌打ちをした彼に、僕はスタスタと近づいていく。


「……入学式の、日に」


 僕の言葉に、彼がピクリと反応したのがわかった。僕は言葉を続ける。


「君がしたことは、間違ってるけど……間違ってないと思う」


 そう、間違ってるけど、間違ってない。体育の彼の話が本当なら、やっぱり高崎武生と僕は、『同類』だ。


“入学式の時にさ、ちょっとだけ喋ったんだよ。高崎武生と。

 そしたら俺、その日の放課後に、怖い先輩達に捕まっちゃって。そしたら、高崎武生がやってきて、先輩達のことボコり始めたんだよ。

 なんで助けてくれたのかわかんなくて、ぼーっとしちゃったらさ、高崎武生が『お前はダチだから当たり前だ』って言うんだよ。

 でも、俺、怖くてさ。慌てて逃げ出して先生呼びに行ったんだけど、関わったと思われたくなくて、つい『暴行現場にたまたま通りかかった』って言い方をしちゃって。

 で、そのまま奴は停学でしょ。お礼も言えなかったんだよ。でもまぁ、俺はそもそも関わってないってことになってるし、お礼言うのも気まずくてさ。停学あけて目ェ合っても何も言わずそらしちゃったよ。

 でもさぁ、ちょーっと喋っただけで『ダチ』とか重くない? それで暴力沙汰起こされても困るよね──”


 高崎武生も、距離を測りあぐねていたんだ。そして、それが少しだけ、近すぎた。ただ、それだけだったんだ。


「君は、友達のために、動いたんだろう?」

「……あいつからしたら、俺はダチじゃなかったみたいだけどな」


 “重くない?”と言った彼の言葉が思い出されて、ぎゅっと拳を握った。重かろうが軽かろうが、それが高崎武生の精一杯だったのに。

 こいつのことは、まだ、怖い。でも、いつも一人でいる僕を見かけては、声をかけて。誰かのために動いて、一人でいることを悲しむ。そんな人間を、僕は『不良』と切り捨てるのか? 


「お前も、迷惑なんだろ? 俺みたいなのに目ェつけられて災難だったな。もう声かけたりしねーよ」

「あ……」


 ゴロンと横になった高崎武生は、投げやりにそう言った。あぁ──こういう時、どう言うのが正解なんだろう。

 『同類』だからか。奴が本当はいい奴だからか。わからないけど、僕は確かに思ったのだ。こいつになら、ダチ呼ばわりされてもいい。いや、そんな上から目線じゃなくて。僕はこいつと──友達に、なりたい。

 でも、わからないんだ。友達を作るには、友達と呼ぶには、どうしたらいいんだ。昔はもっとうまくいってたはずなんだ。あの頃は、どうやって『友達』を作っていたんだっけ。


 そうだ、契約を結ぶのだ。あの言葉をもって、友達であることを証明するとともに。

 さぁ言うんだ。あの頃はスラスラと言えていたはずの、あの言葉を。


「たっ……高崎」

「あ?」

「い、いや! 高崎くん!」


 呼び捨てにしたら睨まれたくらいで動揺するな。さぁ。さぁ! 


「僕と──友達になろう!」


 交渉成立か、不成立か。心臓が握りつぶされてるみたいに痛くて、でも、それに負けずもがくように鼓動している。

 昔は、そうやって「友達作り」をしていたのだ。そうやって契約を結べば、晴れて『友達』になれるんだ。

 NoかYesが返ってくると思っていた。でも、僕に返ってきたのは、漏れた笑い声だった。やがてそれは大きくなり、保健室の中に響き渡る。


「……え?」

「だははははは! お、おまっ! この歳で……ふははははは!! この歳でそれはねーわ!」


 ……僕は、何か間違ったことをしたのだろうか。この笑いようは相当だ。

 だって、仕方がないじゃないか。友達の作り方なんて、授業では教えてくれないし。僕の「友達作り」の記憶は、そこで止まっているんだから! 

 相変わらず笑い転げている高崎武生は、とうとう笑いすぎて涙まで出たらしく、目尻を指で拭った。


「そ、そんなに笑うことか……!?」

「いや、だってお前……ふははははは!」


 だんだん、自分が笑われているという事実にいたたまれなくなってきた。返事はもらってないけど、こんなに笑うってことは、たぶん答えは──。


「もう、いいよ。僕、行くから……」

「あっ、ちょっと待て、ぼっ……いや、えと、ナカジマ!」


 何故名前を。そう思って思わず立ち止まって振り返ると、小さな声で「……って、言うんだな、お前」と奴が言った。目線は僕のジャージの胸元。これでか、と納得する。今まで、奴は僕のことを「ぼっち」と呼んでいた。……って、あれ? 何で名前を呼んだんだ? 


「いいよ、なってやろーじゃん、友達」

「へ……」


 予想外の答えに、間の抜けた声が出た。だって、あんなに笑っていたじゃないか。というか、今も笑いをこらえてるじゃないか。


「普通さ、ダチっていつの間にかなってるもんじゃねーの」

「え!? そ、そうなの……」

「まぁ、俺も知らねーけど」


 でも、と奴は言葉を付け足す。


「確かにいいな、このシステム。勘違いしなくて済むもんな」


 そう言って、高崎武生はまた思い出したように笑い始めた。なにがそんなに面白いのだ、と抗議をしたくなるほどだ。


「うし! お前は今日から俺のダチだ。よろしくな、ナカジマ!」


 ニカッと、気持ちがいいくらいの笑顔を浮かべられて、あぁ、こいつはやっぱり、根はいい奴なんだろう、と思った。そして、僕と『同類』。


「……高崎くん」

「呼び捨てでいいよ」

「た、高崎……」

「おう!」

「僕……ナカジマじゃなくて、ナカシマなんだけど……」

「……」


 紛らわしいんだよ、と理不尽に殴られた。でも、友達だからこそ手加減されたその拳は、くすぐったいくらいだった。



 * * *



 今日から、奴は、僕の友達。「友達になろう」っていう、簡単だけど難しいあの言葉をもって──僕らは友達になったのだ。






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友達契約締結宣言 天乃 彗 @sui_so_saku

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