友達契約締結宣言

天乃 彗

第1話

 人との距離感を、測りあぐねるようになったのは、一体いつからだったか。中学いや、もっと前? 少なくとも、小さな頃にはもっとうまく「友達作り」が出来ていたはずだ。

 これから友人になるという契約を、あの言葉をもって。



 * * *



「じゃあ、二人一組を作ってー」


 これは、呪いの言葉である。この言葉を教師が唱えると、なぜか僕の周りにだけ人がいなくなっている。この言葉の魔力たるや計り知れない。

 入学して2週間が経つが、どうしてこうなのか。

 この場合、このままやり過ごせば教師が僕とペアになってくれる。いつもそうしているのだ、今日もそうするつもりで先生へと視線を向けた。のに、だ。


「センセェ。余った」


 後ろから、低く攻撃的な声がした。振り返って、泡を吹きそうになるのをなんとか堪える。嘘だろ。

 高崎武生。派手な赤髪にピアス(く、口にもある)、鋭い目つきは獰猛な獣のようで、細く薄い眉はなおさらそれを強調させている。彼は、入学早々暴力沙汰を起こしたらしく、2週間停学処分を食らっていた。違うクラスだから関わり合いになることはないと思っていたし、関わり合いにはなりたくないと思っていたが、迂闊だった。体育は合同だ。

 隣のクラスの奴らはすでに二人組を作り終えているらしく、綺麗に僕と高崎武生が残ってしまっている。ナンダコレ、なんだこの状況。先生へ助けを求める視線を送ると、苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、そこの二人で組んで」


 ガッテム。この世に神などいなかった。こんな取扱注意の危険生物と、こんなか弱い僕とを一緒の檻に入れるなんて、何を考えているんだ。

 渋々、高崎武生との距離を詰める。それにしても、こいつ「も」ぼっちなのか……。ちらりと奴を見上げる。


「あ?」

「ひぃ!」


 訂正。僕はぼっちだが、こいつは一人を選んでいるのだ。言わば一匹狼、僕とは違う。僕は相手を遠ざけているわけではない。本当は、近づきたいのだ。


「んな遠くて柔軟体操が出来っかよ。殺すぞ」

「ひ! すみませんすみません!」


 ……無論、このような相手は願い下げだが。殺害予告をするような相手には! 奴が僕をジロリと睨んできて、何も言えず口を噤んでしまった。

 こうして、地獄のような柔軟体操が始まったのだが、奴は意外にも大人しい──


「ってぇな、何すんだよ」

「す、すみません! すみません!」


わけがない。怖い、怖すぎる。ちょっと押しすぎただけでこの反応。

 割れ物を扱うように背中を押していると、高崎武生がはぁ、と溜息をついた。


「おめぇさっきから“ひぃ”とか“すみません”しか言ってねぇよ」

「す、みま」

「怒ってねぇから謝んな。余計にイラつくから」

「すみま……あ、えと」


 他の言葉を探してもごもごしていると、奴は僕のことを凝視した。その鋭い視線にびくりと肩を震わせる。


「……お前、ダチいねぇだろ」


──なっ……! 


 何を言うかと思えば、そんなこと。そんなこと、人に言われずとも、分かっている。僕は、僕は! 

 でも、それよりも、何よりも。自分だってあの言葉で取り残されておいて、その言い草はないだろう!? 


「あっ! あなたに、言われたくないっ! 僕だって、好きで一人でいるわけじゃ──!」


 カッとなって、思わず口に出たが、後の祭りだ。まずい、こんな奴に逆らったら、殺される。怖くて奴の顔が見れない。あぁ、父さん母さんごめんなさい。僕はここで死ぬみたいです。

 抵抗することなんてできないんだから、最初からしない。縮こまって、奴に手を出されるのを待っていると、やっぱり右手が降ってきた。歯をくいしばる。……ん? 柔らかい? 

 そぉっと目を開けると、確かに奴の右手は、僕の頭にある。なんだ? これ。頭をワシャワシャと、撫でられている? 


「言えんじゃん、思ったこと」


 予想外の事態に頭がついていかない。ようやく奴の顔を見ると、奴は無邪気な顔で笑って──笑っている!? 何故だ、何故そんなに嬉しそうに笑う!? 自分を貶されたんだぞ!? 

 奴は一通り僕の頭を撫で終わると、手を離して上を見上げた。


「そりゃ、言われたくねーわな。俺もダチなんか、いねーもんな」

「……ぇ」


 その目が。獰猛だったその目が、悲しげに細まった気がして。喉から空気が漏れたけど、それは言葉にはならなかった。

 選んで、一人でいるんじゃないのか。少なくとも、その口ぶりは、望んで一人でいる人の言葉じゃ──。


「はーい、じゃあ集合ー!」

「あ……」


 体育教師の声がすると、奴はスタスタと歩いて行ってしまった。あの言葉の意味を知ることはできず、僕は立ち尽くしてしまった。……奴でも、あんなふうに笑うのか。それを知ってるのは、果たしてこの学校に何人だろうか。きっとみんな知らない。

 みんなが知らないのは、彼が一人でいるからだ。そしてきっと、彼は望んで一人でいるわけではない──僕と、同じで。

 何故、彼は一人でいるのか。答えは簡単だろう、入学早々暴力沙汰を起こせば、誰だって近寄りたくはない。じゃあ、何で『友達を作りたい』と思っている人間が、人を遠ざけるような暴力沙汰を起こしたのか? 


──知りたい。

 だが、どうやって? 奴に聞く? そんな自殺行為、できるわけがない。なんだかモヤモヤしたものが僕の中に溢れて、止まらなかった。こんな時どうすればいいのか、僕は知らない。



 * * *



 それ以来、あの目立つ赤髪を校内で何度も見かけたが、やはり奴は一人でいた。むしろ、奴の周り半径3メートルには誰も近づきたがらない。だが。


「おい、ぼっち」


 奴はなぜか、僕のことを見かけると近づいてくるようになった。もちろんそのせいで、今まで以上に僕とクラスメートの距離が開く。


「また一人かよ、お前」

「……」


 抗議してもいいのだろうか。むしろお前もだろとノリよく突っ込めばいいのか(まぁ、そんな技量は持ち合わせてないので却下、である)。


「……なんで、僕に声をかけるんですか」

「あ?」


 すごまれて、びくりと体が震える。たった一文字でこの迫力。びくびくと答えを待っていると、奴は僕の顔をジロジロ見た後、ぽつりと呟いた。


「さぁな。同類臭がするからじゃね」

「ど、同類……!?」


 僕はぼっちだが無遅刻無欠席で、成績だって悪くはなくて、それなのに奴のような不良と『同類臭』がしていては困る。

でも──彼がそう言う意味で、僕らが『同類』だと思っているのではない、と僕は分かってしまった。だって、そんなの。このあいだの体育の時から、僕だってずっと感じている。

 奴はふいっと顔を背けて歩いて行ってしまった。いよいよ、奴が何でそんな事件を起こしたのか、気になってしまう。聞いてもいいのだろうか。聞いたら怒るだろうか。そんな距離も測りあぐねて、僕は同じところを行ったり来たりしている。



 * * *

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