第8話 無題
俺とヤマト、カズマとリナ。
俺たちは今度は串カツ店に訪れた。
再集結するのに実に一年近くが経過していた。
仕事が落ち着いてきたのを知っていたかのようなタイミングでヤマトの連絡が来た。前回とのギャップが激しく、本当にヤマトなのか一瞬疑ってしまった。
絶品と言われた串カツの匂い。前回の焼肉は食べた記憶があるのに、味は全く思い出せない。今回はきちんと味わえるだろうか。
サクッ。
初めて食べる串カツは、想像以上の特別な味がした。
隣にヤマトが座って向かいにカズマとリナが座っている。俺の役割は主に二度漬けを試みるヤマトの手を抑えることだった。彼も俺と同じように前回早々に酔い潰れたことで焼肉を食べられなかった人間だった。
俺が串カツをソースにつけるのと、リナがつけるタイミングが合わさって、即座に俺は譲る。あの気まずさはもう無い。
串カツを持ったそんなリナの左手の薬指には、綺麗な結婚指輪が嵌められている。
カズマとリナの結婚式は非常に上手くいった。俺が作ったのは映画というより二人の時系列を追った再現VTRだったが、上手く結婚式の雰囲気にハマって好評だった。当然、全て撮影に協力してくれた二人とその他協力してくださった全員のおかげである。その時は無感情に自分のビデオを見ていたが、これを今度は次に活かしていかなければならない。
なんと今度はカズマが結婚するのだ。しかも相手は二次会に居たカズマの取り巻きだと思っていた女性の一人だった。あの後、こっそり話しかけられて付き合うことになったらしい。
おかげでお互いにサプライズを掛け合うというカオスな事態が発生したのは言うまでもない。
俺はもうその時に向けてのビデオを作っている。今度はカズマよりふざけても良さそうなので腕によりをかけて作っていくつもりだ。カズマとリナとも協力して、ビデオがあること自体をドッキリにしてもいいかもしれない。想像すると構想をずっと構想を練り続けてしまう。本当にビデオ制作を楽しんで作っている。
俺がしたい映画作りとはこれだったのかもしれない。
俺の「恋、」という映画のヒットの理由は未だに分からない。けど一つ分かったことがある。俺があの映画に対して強い嫌悪感を持っていたのは、あんな世界が良いなと思ったのを実現不可能と知っていながら、あたかも現実で存在するかのように描いた自分に対しての腹立たしさだったのだろう。だからあの映画を見て、それを現実のものだと誤解した人がいたら心の底から謝りたいと思う。
あの映画は経験から反作用的に生まれた、俺の醜い願望だった。
自分の全てを理解したその瞬間、記憶の中のリナが姿を消した。あまりにも長い間存在し続けた記憶の中のリナは、俺の潜在意識下によっていつのまにか実際のリナとは全く別の物に組み替えられていた。
あの時のリナは戻ってこない。
今のリナだってあの時のことをなんとも受け止めてないだろう。全ては俺の妄想だったのだ。
結局、一番この縁を断ち切ろうとしなかったのは俺だ。
「お前は相変わらず良い相手いないのかよ」
ヤマトが話題を俺に振った。
「うん……、まあ」
「その気があるならいつでも紹介してやるからな! いつでも言えよ」
肩パンされた。普通に痛い。
「ヤマト、女友達紹介できるほど友達いないでしょ」
「おいカズマ、いくらお前でもそれは聞き捨てならない」
ヤマトがいくら対抗してもカズマの壁がデカすぎて突破できそうにない。こんなに壁が大きいのはカズマぐらいだが、それに挑むのはヤマトぐらいだ。
俺はもう一つ断ち切ると決めたことがある。
それは映画制作だった。今まであった制作依頼も、今後あるであろう制作依頼も全部蹴って伸び伸びしながら生きることにする。
決して楽ではないことは知っている。今までだってそうだったから。
けど面白い映画作るより、平等に広がっている空気に混ざっているような『普通』に憧れてしまった。
このことを知っている人間は俺以外にいない。
────今日までは。
「俺、実はもう映画──」
その物語の題名は「恋。」。
それは過去を断ち切った男の物語。
「恋、」 熊男 @zundamochi_clown
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