【書籍化】生贄の巫女【アンソロジー収録】

i-トーマ

生贄の巫女

「また今年も、この時期がきてしまったな」


 長老の口からセリフがこぼれ、集会所に静かに広がる。


「生贄の巫女を、選ばねばならぬ」


 それを聞いた島民は、お互いの顔を見合わせた。


「今年の巫女候補は三人」

「長老、四人では?」

「いや、三人じゃ」


 側近の意見を、強引にねじ伏せる。


「さて、誰か立候補はおらんか?」


 長老が集会所に集まった島民を見渡す。

 ここ、新屋にいや島に住む隷属階級のほとんど全てが集まっていた。

 瀬戸内海の孤島であるこの島には、隷属階級と所有階級の二つの階級のものが共に暮らしている。


「所有階級に気に入られねば、これから一年、我らの待遇は、それは酷いものとなるであろう」


 長老が、脅すように候補者に聞かせる。しかしそれは、真実でもあった。

 お世辞にも広いと言えないこの島では、所有階級の胸三寸によって、隷属階級の生活の全てが決まるといって過言ではない。隷属階級は敢行される全てを受け入れるしかないのだ。


「所有階級は外見にこだわる。今年は見目麗しいものがおるはずだが」


 長老が皆を見渡し、ある一点で視線を止める。

 そこには、確かに美しい女がいた。

 ただ、あまりに若い。幼いと言ってもよいだろう。

 隣の大人が、彼女を足の間に隠すように覆った。


「堪忍してください。ヤエは、うちのただ一人の娘です。どうかこの子だけは堪忍してください」

「別に二度と会えぬ訳ではない。一年、たった一年別れて暮らすだけのことではないか」


 長老の言葉に、まわりからのヤジがとぶ。


「でも、帰ってきた子は、まるで人が変わったようになるでねぇか」


 そうだそうだ、と辺りから声があがる。


「少しずつ少しずつ、何回も何回も魂を抜かれて、だんだん変わっていくって話だぞ」

「戻ってきた巫女のことは、あんたが一番よく知っているはずじゃないか」


 誰かが言うと、皆の視線が自然と長老の住んでいるところの方向を向く。

 誰もが、以前の生贄の巫女の、巫女になる前とは全く違う、変わり果てた今の姿を思い浮かべた。


 辺りがざわつく。


「それに」

 母親が声をあげる。


「最近ではあまり見た目にこだわらないと言うではないですか。ヤエではなくとも問題ないはずです」


 辺りがさらにざわついた。


「確かに、四年前の時は、どいつもぶさ……あまり美しくない奴ばっかりで、正直あきらめてたけど」

「どうせなら一番ぶさ……の奴にしたら、思いのほか受け入れられてたよな」


 それまで、美しいものしか受け入れなかった所有階級が、ある時期からそうでもないもの、むしろあきらかにぶさ……美しさの足りないものでも、むしろ喜ばれる風潮があった。

 皆の、そして長老の視線がひとりの女に集まる。


「セイコ」

「え? わたし?」


 突然名を呼ばれて戸惑う女。


「どうだ、みなを救うため、これからの生活のため、巫女にならんか?」


 長老の言葉には、拒否させないほどの圧力があった。


「わ、わたしには無理です」


 女は気丈に拒否した。


「ダメだ、どうしても巫女は必要じゃ」


 長老もあとには引かない。


「でも無理でしょう? だってわたしは美しいもの」

「そんなことは無い! 自信を持て!」

「ちょっと待てお前いまなんて言っ……」


「待ってください!」


 突然、男が割って入る。

「タクジ!」

「セイコ!」


 男は女に駆け寄ると、お互いの頬を寄せ合う。仲むつまじい様子で、二人寄り添う。


「ねえタクジ、わたしの美しさを長老に教えてあげて」

「彼女はぼくと将来を誓っています。彼女が巫女になるというのなら、ぼくは彼女と、この島を出ます」

「まて、それでは結局巫女がおらんではないか」


 セイコの願いは無視するかたちで、タクジと長老の会話は進む。


 長老は慌てて最後のひとりを探す。


「シズカよ、もうお前しかおらん。正直それほど見目麗しくも、逆にぶさ……醜いわけでもないが」

「言い方!」

 なぜかセイコが叫ぶ。

 せっかくのオブラートは溶けてなくなったらしい。


「もう他におらん。誰かが犠牲にならねばならんのだ。あきらめてくれい」

「嫌、そんな、嫌です!」


 シズカと呼ばれた女は、あきらかに怯えた様子であとずさる。


「ダメだ、もう拒否は認められん。お前は幼くもなく、将来を誓った相手もおらん。唯一の危惧すべき点は、特徴が無くて普通過ぎることだけじゃ」


 長老が目配せをすると、回りのものがシズカを囲む。


「他に候補がおらん以上、もうお前で決めてしまうしかない」

「嫌、助けて、誰か!」


 必死に叫ぶが、回りのものは止まらない。助けも来ない。徐々に包囲がせばまり、行き先を失うシズカ。


「あきらめなされ、皆もわかっているのだ。あのカリカリした日々にはもう戻りとうないのだ」


 長老はかげりのある表情をみせ、思い出の昔を見るよう、遠くへ目をやった。


「イヤーーー!」


 ついに追い詰められ、逃げ場のなくなったシズカが叫んだそのとき。


「私が行きます!」


 声をあげて颯爽と登場したものがいた。

 見目麗しく、堂々としていて、まさに所有階級の好みのストライクゾーンど真ん中だ。


「おお、アキよ」


 長老が驚きに目を見開き、女に向き直る。


「ならん、お前だけはならん」

「どうしてですか、私も候補者にあてはまるはずです、お婆さま」


 確かに長老の面影がある女だった。


「そんなに嫌がるものを無理に仕立てなくとも、私が行けば解決することでしょう」


 精悍なその立ち姿に、誰もが納得する。

 美しい外見に合わせ、怯えたそぶりもない。なにより本人が立候補しているのだ。問題のありようもない。


「ならん、ならんならん」


 しかし、長老はそれを認めようとしない。


「お婆さま!」

「我が娘、お前の母親が生贄の巫女として役目を果たしたのだ。お前が行く必要はない」

「そんな決まりはありません。今までも、血縁で巫女をやったものもいるではないですか」


 長老はそれでも反論する。


「娘に続いてお前まで、お前まで行ってしまっては……」

「では、これから一年、みすぼらしい日々を送るのですか」

「うう……」


 長老は、言い返せない。


「今年の収穫量は私が一番だったのです。だったら、私こそが生贄になるべきではありませんか」


 長老を説得する姿を、ヤエやセイコ、そしてシズカが、回りの皆が見つめる。


「お婆さま、そして皆さん、今までありがとうございました。私はもう行きます」


 アキが駆け出す。それを止めるものは誰もいない。


「アキよ……」


 長老もかける声を奪われ、気を落とした様子だ。


 が、


「まあ、こうなってしまってはしょうがないか」


 今までの重い空気はどこへやら、長老は気が晴れたようなスッキリした表情だ。


「結局誰かは選ばんとならんのだし、カリカリの日々は耐えられんしな」


 元来、のん気な性分の彼らは、おのおの観光客やお気に入りの所有階級のもとへと散っていった。


 女性レポーターの声が聞こえる。

〝ついに出てきました。本命の美人三毛猫にゃんこです! 今年の姫猫が決まったようです!

 これから一年、このにゃんこ島こと新屋孤島の観光大使として、島の内外で活躍することでしょう。

 あ、去年の先輩姫猫が戻っていきます。新しい姫猫と挨拶をするように一声大きく鳴くと、すれ違っていきました。

 これから新しい姫猫は特別に用意された住処に連れて行かれ……〟

 レポーターの話は続く。


 戻ってきた元生贄の巫女は、一年ぶりの仲間や、回りの観光客に声をかける。


「待ちくたびれてお腹が空いちゃったわ。何か食べるものはないの? お魚? そんな生臭いもの食べられないわよ。カリカリはもっとイヤ。缶詰めがいいわ。え? 無いの?」


 元生贄の巫女は、観光を敢行されながら猫なで声で言った。


「しょうがないわね。ちゅーるで我慢してあげる」

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