第3話 HELLO WORLD
話は夏休みに遡る。
何も無い田舎に退屈を纏いながら、無作為な時間の浪費をするしか無かった私は東京での生活はどういうものなのかを考えた。
お洒落な洋服、美味しいカフェのパフェ……そんな情報をネットで見ながら羨み、東京に住んでいる自分を想像しながら一つのアカウントを作った。
名前は東京だから『ミヤコ』……うん、安直だ。
そのアカウントで私は想像の生き物として振舞った。
お洒落なお店を調べては行った事にして、おススメの化粧品だと言われた物を自分のおススメとして、男の人からもモテモテで、背が高くて美人で……
レイカが東京に行ったらこんな感じなんだろうなって思ってしまい、私は彼女の事を羨ましく見ていたのだろうと感じた。
1週間もそんな呟きを続けたうちに自分と余りにもかけ離れた存在を作り続けることに虚しさを抱いてきた。
そんな矢先、「恋愛のプロフェッショナルです」という発言に釣られてある女子高生が相談を持ちかけてきた。
最初は困惑したが、彼女の意図に沿う様に丁寧である事を心がけて相談に答えた結果、彼女は愛を結んだ。
その事は次第に広まり、いつの間にかミヤコ様は恋愛相談のプロとして全国に知れ渡ってしまう。
私は私が必要とされているかのように感じたが、必要とされているのは私が演じているミヤコ様であると感じ恋愛経験ゼロの田舎娘に用は無いのだと気がつく。
そして、実際は何も出来ない私は失恋した。
傷ついた私は何処かに答えを求めて、恋愛相談のプロであるミヤコ様から分析してもらいながら彼に近づく道を探ったが、それでも私は馬鹿で無力な私でしかなかったのだ。
◇ ◇
放課後の教室、私とレイカは二人っきりで向かい合っていた。
レイカの手にしているパフが私の顔を撫でる。
「それにしても驚いたよ、急にメイクを頼みたいなんて言い出すなんてさ」
「コムカイさん、いつもメイクばっちり決まっているし、スタイリスト目指しているって言っていたでしょ。やっぱり上手なのかなって」
「まあ自分のは慣れているけれど人にはあんまりやったこと無くて…失敗したらごめんね」
彼女が手にしたブラシが私の目元を撫でる。
「そうそう、ミヤコ様がSNS辞めちゃったでしょ。私追っていたからショックでさぁ」
「私の友達のリン、ミヤコ様の最後の言葉に後押しされて先輩に告白して付き合う事になったんだって」
「マジで?スゲー!羨ましい」
普段何か冷めているようにいるレイカが語彙力ゼロのような返しをするのが微笑ましい。
こうして、私の化粧は終わりに向かう。
「ほら、どう?」
手渡された手鏡を覗き込む。ああ、私であるが、私じゃない感じがする。
「いい、でももうちょっと日焼けどうにかしたいな」
「それ以上やると不自然になっちゃうよ。これから日焼け止め塗って防いでいけばいいんだからさ。美人は一日にしてならずってね」
そうだ、何も学んでいない私がいきなり何かをやろうとしても上手くいくはずなんてないんだ。
「うん、ありがと。そういえばお礼は……」
「そうだなー、ハンバーガー奢ってくれてこの後のデートの話を聞かせてくれたらそれでいいや」
「デートじゃないよ、これから玉砕覚悟で告白するの」
「ほう、玉砕したならお姉さんの胸の中でお泣きなさい」
「そうする。ありがとう、コムカイさん」
「レイカでいいよ、ユウミ」
私は高嶺の花の力を借りた。高嶺の花は私の友達になってくれた。
◇ ◇
私は今の私の全ての想いを彼に伝える事にした。
また駄目かもしれない、でも今度は全て伝えよう。そのために私はメイクを施し、持てる全てを彼にぶつける気持ちで防波堤に向かった。
メイクに時間がかかったこともあり日が沈みそうな時間、彼はいつもの防波堤で釣り糸を垂らしてただ海と夕日を眺めていた。
「ウミノさん。こんにちは」
「おぉ、ユウミちゃん。そろそろ帰ろうかと思っていた頃だよ」
「今日はウミノさんに伝えたい事があります。隣に座っていいでしょうか?」
たったこの一言を言うだけなのに、緊張が全身を包む。
「ああ、いいよ。竿は仕舞ったほうがいいよな」
私は軽い片付けをしている彼の横に座り、ただ夕日を眺める。
「それで話ってなんだい?進路の事?」
「いいえ、私はまだ何になりたいとかそういうのはまだ決めていないのです。
確かに都会に憧れる気持ちが無いと言うと嘘になりますけれど、
ただ私はそう、ふんわりとした何でもなければ何かになりたいとかそういう想いを持てないでいる無力な女の子なのだと思います」
私は一生懸命整理した気持ちを言葉にして、一語一語口にして彼の顔を見つめる。
彼も私の顔を見つめ返してくれている。
心臓が張り裂けそうなほど鼓動を繰り返す。
「この町が何にも無いことなんて生まれ育っている私は十分にわかっています。
ここから出て行ったほうがきっと豊かな暮らしになるのだろうって事もわかります。
だからウミノさんの仰っている意味はわかるのです」
この先の言葉を紡ぐのが怖くて、瞳が潤み、彼の顔が滲む。
「でも私はウミノさんの事が好きです。大好きです。
例えここにずっといたとしてもウミノさんの傍にいたいのです。
ウミノさんがお母様の事でこの場所にしかいられないのもわかっています。
それだけが私の唯一はっきりしたなりたい自分の姿なのです。
だから、私はその想いだけは裏切りたくないです」
私は耐え切れなくなり、彼の胸に顔を埋める――。
「お願いです。私と一緒にいてください――」
彼の返事が怖くて顔を上げれない。
目から止め処なく涙が溢れ、彼のTシャツを掴む手は振るえが止まらない。
胸の鼓動は壊れて、もう身体全部が引き裂かれそうだ――
「わかったよ、一緒にいよう」
彼はそんな私の頭を撫でてそう答えた。
私は顔を上げて涙に濡れた顔で彼の顔を見る。
優しく微笑んでくれていた彼の顔を見て嬉しくて、もう一度彼の胸に顔を埋めて私は泣き出した。
彼はそんな私が泣き止むまで、ただ頭を撫で続けた。
その手の温もりが、胸の温もりが、ただ心地よかった。
「見てごらん、夕日が沈むよ」
彼の言葉で私は首を回し海を見る。
夕日が海と交わると鉛色だった海が赤みを帯びて色づき、綺麗なものへと姿を変えた――。
拝啓 ミヤコ様
今、私は私がなりたい私に少し…ほんの少しでも近づけているのでしょうか?
鉛色の海にもう一度愛の言葉を 峰岸ペン @negi_pen
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