第2話 全ては沈み、そして浮き上がる


「あー、昨日もミヤコ様からの返事が来なかったぁー」


リンが机に顔を埋めて私に愚痴る。


「そりゃあ仕方ないでしょ、あれだけ相談の山になっているのだから」


私はそんな相談の山を差し置いて先に返事を貰ってしまった事を押し黙りタマミに漏らす。


「だよねぇ、はぁ、早く返事来ないかなー」


ミヤコ様というのは夏休みの間にSNS上で爆発的に広まったカリスマ女子高生で、恋愛相談のエキスパートとして讃えられている存在だ。

ミヤコ様に恋愛相談をしたある子がサッカー部のイケメンエースと付き合うことになった事をその子がミヤコ様のおかげだ!!と発言して広がり、ミヤコ様に相談をしたい女の子が現れてはミヤコ様は答えた。

それを繰り返していくうちに1ヶ月と経たずにミヤコ様のフォロワーは莫大な人数になり、ミヤコ様は「女子高生のカリスマ」「恋愛相談のプロ」「実在の恋のキューピット」等と祭り上げられるようになったのだ。


「リンはミヤコ様からどんな返事が欲しいの?」


「えー、そりゃあ『告白してOK!絶対上手くいくはず!!』という返事でしょ」


リンの相談とは憧れの先輩に告白しても大丈夫かどうかというすごく曖昧な内容だ。

SNSで発言された事なんてみんなが見れるものなのだ。だから私はリンの相談を知っているし、全国の女子高生がフォロワーのようなミヤコ様に向けられた相談なんて学校中みんなが知っている内容になる。

だからきっとその先輩もリンから好意を寄せられている事を知っているはずなのだ。

もう半分告白しているようなものではないか。


――そんな指摘をするのも億劫な私は鞄を手に取り席を立った。


「帰るの?どこか寄っていかない?」

「今日は用事あるから」

「お、彼氏かぁ」


リンが冷やかすように言う。残念、フラれたばかりだよ。


学校を出て駅に行き、1時間に1本あるかないかの電車に乗り込む。

4両編成の短い電車の中で同じクラスのレイカが退屈そうにスマホを眺めている。


コムカイレイカ……背が高くて、恐らく学校一の美人。

校則違反にも関わらず、目から爪までそのくっきりした顔立ちをより際立たせるメイクを施している。

将来の夢はスタイリストになる事で、高校卒業後は東京の専門学校に行くというのを明言している。

それだけ美人だとさぞモテるだろうと思うのだが、田舎の高校にあるまじき完成度が高いその美貌に尻込みしてしまい、男子も女子も近づきがたい存在でもあるのだ。

そう言っている私もあまり会話をした事が無く、遠目から「いつ見ても美人だな」と思うしかない存在だ。


ミヤコ様が目の前にいたらあの子みたいな感じなんだろうな。

私は背が低く、夏の間に浴びた紫外線でメイクされた顔を少し恥ずかしく感じた。



  ◇    ◇



「こんにちは」


いつものように防波堤で竿を垂らしている彼に声をかける。


「おっ、今用意するからな」


そういって、彼は横に畳んであった私の竿を伸ばしリールから糸を通し、針に餌をつける。

いつ見ても見事な手際に思えた。


「本当はもう来ないと思っていた」


でも私の分の竿は用意していたんだ…と思ったが私は何も返事をしなかった。

彼に告白してフラれた事が頭をよぎり、ミヤコ様の言うとおり≪一人の女性として見てもらう≫にはどうすればいいかわからなかったけれど、それでも彼の隣にいたいと願ってしまった私は今はこうやって竿を握るしかできなかった。


「それで、進路はどうするつもりなんだ?」


珍しく彼のほうから喋る。


「まだ、考えていないのです。高校いる間に思いつくかなって思っていたけれど、将来何になりたいのかとか全く浮かばなくて」

「家は大学とか行かすのは反対なのか?」

「そんなことは無いと思います」

「じゃあ大学行って、そこでもう4年間考えたらええ」


高校でさえ通うのに1時間以上かかるこの町から通える距離に大学は無い。それは彼もわかっているはずだ。それを考えると少し悲しくなった。


鉛色の海が防波堤にぶつかり水しぶきをあげる。

その様を眺めてただ押し黙ったまま時間だけが過ぎ、日が沈もうとしていた。

以前より日が昇っている時間が短くなっていく。それだけ彼と一緒にいられる時間が短くなっていく。それがたまらなく苦しい。


「さて、そろそろ帰ろうか。気をつけて帰ろよ」


彼は竿を仕舞い始まる。今日の彼との時間も終わりを告げた。


「あの、ウミノさん。少し耳を貸してくれませんか?」


私は自分の耳に指をあてる仕草をする。彼はナイショ話がある事を察して屈んで顔を横に向けた。

彼の耳に私の口を近づける。それだけで私の鼓動が激しくなる。


「私はウミノさんの事が好きです。ウミノさんは私の事が嫌いでしょうか?」


顔を離すと彼は驚いたような顔を浮かべて手を顔の前で振る。


「そんなことないって!!嫌いなんかじゃないよ!!」


一生懸命否定する彼の姿を見て悲しく苦しく沈んだ心が浮きあがり、満足した。


「ありがとうございます。また明日も釣りに付き合わせて下さい」


私は満面の笑みを彼に向けた。


拝啓、ミヤコ様 今日のノルマは達成できたようです。



  ◇    ◇


拝啓 ユウミ様


昨日は上手くいったようで何よりです。

この調子で何回かスキンシップを重ねてあなたを意識させましょう。

繰り返す事が大事ですが、やりすぎは逆に引かれるか効果が無くなってしまうのでよくありません。


相手に意識させて、相手の心を力をいれないように掴み、離さないのが大事なことです。


後は自分の身だしなみには気をつけましょう。

ボサボサの髪では相手には何とも思われないですし、『これが私が好きな人に会っている時の姿なのだ』って自分でも意識するのは大事です。


ユウミさんが次も上手くいくことを願います。



ミヤコ



  ◇    ◇



ミヤコ様のアドバイスに従い、少し自分の格好を見直す事にした。

まず髪はなるべく丁寧に扱い、学校ではポニーテールにまとめて、放課後は下ろすことにする。(ポニーのままだとザ・女子高生Aって感じがしてしまうのだ)

リップクリームを少し厚めに塗って少し唇が目立つようにする。

本当は日焼けした顔もどうにかしたいけれど、どうしようもない。

そして、少し…ほんの少しスカートを短く履く。

2センチ脚を露出しただけなのにどうしようもなく恥ずかしい。

何か自分の制服ではないものに包まれた感じがしてどうも居心地が悪く感じられる。


学校では何故かそういうのに目ざとい男子にからかわれる――残念ながら君に見せているわけではないのだ。というか君、いつも私の脚を見ていたのか。


帰りの電車でまた、レイカと同じ車両になる。

並んで立つ姿が窓ガラスに映りこむと、同じ制服を着ているはずなのにまるで違う世界の生き物のように見えてしまう。

身長は頭半分以上の差があり、胸も制服の上からでもはっきりと形がわかる。

髪も顔も爪も整えられて完璧な素材を完璧に見せる術というのを彼女は知っているかのような佇まいだ。

リンは私のことを「小さくて小動物みたいで可愛い」と言っていたが今の私に必要なのはそういう事では無いのだ。


私は並んで立っていると比較になってしまうのが恥ずかしくて少し距離を開けて立った。



  ◇    ◇



駅の前にはバスとタクシーの為のロータリーがあり、道路を挟んで反対側には小さな食堂と居酒屋だけがある。

本当は駅の横にコンビニもあったのだが、私が高校に入ると同時に潰れてしまった。

そのコンビニ跡地の横の駐輪場から自転車を引っこ抜き、ペダルを回す。

シャッター、文房具屋、シャッター、シャッター、小さな電気屋、シャッター、100円ショップ、シャッター、シャッター……寂れた駅前の商店街をひた走る。


ウミノさんは私がこの町から出る事を望んでいる。

私だって出来る事ならもう少しいい場所に住んでみたい、そんな事はわかっているのだ。


自転車は海沿いの道に入る。磯の香りが鼻につき、髪と服にまとわりつく。

今日はウミノさんに何を話そうか、そして今日のノルマは何にしようか……朝から考えていたわりにまとまらない思考を整理しながらペダルを漕ぎ続けた。


しかし、今日はウミノさんはいつもの防波堤の上にいなかった。

私は彼の姿を探すが、道具も何もそこには無く、昨日少しやりすぎたのではないかと不安に駆られる。

彼の家のほうを見るとそこにはいつも止まっている軽トラは無く、代わりに玄関前に知っている顔の女性が腰を下ろしていた。

ウミノさんのお母さんであった。


「こんにちは」


私は彼女に声をかけた。目があってしまった以上声もかけずに帰るのは流石に失礼極まりない。


「こんにちは、この前のお菓子は美味しかったよ」


そうか、菓子折りを持っていった時以来になるのか。


「あの、ウミノさんは……」

「ヒトシなら仕事で欠員が出たとかでかわりに働いているよ」


ヒトシ……あ、ウミノさんの名前ってヒトシって言うんだ……未だに下の名前すら知らない男性に恋をしていた自分に驚きではあるが、今日きっと彼に会えないんだなと思うと残念な気持ちになった。


「そうでしたか……お母様はここで何をしていらっしゃるのですか?」


「どうせあの子の帰りも遅いのだし、ちょっと日光浴さ。たまにここでこうやってあの子が釣りをしているのを見るのも好きでね」


もしかして、私と彼の姿も見ていたのだろうか?


「ヒトシと仲良くしてくれてありがとうね」


ウミノさんのお母さんは脇に置いた杖の眺めて私に呟く。


「あの子は私が腰を悪くしてから、仕事を辞めて戻ってきてね。ずっとあの場所で釣りをしている姿を見ていると、私があの子をここに閉じ込めてしまったんじゃないかって悲しくなってくるんだよ」


「きっとそんな事はないですよ」


……私は嘘をつく。彼は口に出さないだけでこの町に居続けたいわけではないのだ。


「お嬢ちゃんがあの子のお嫁に来てくれたら助かるのだけれどね」


嫁……いきなり飛躍した発言に私は戸惑う。


「いえ、お嫁とかそういうのは……あの、その、嫌とかそういうわけじゃないのですけれど……」

「冗談だよ、でもこれからもあの子と仲良くやってくれると嬉しいね」


そう笑うと杖をつき、窮屈そうに立ち上がる。


「そろそろ晩御飯の支度をしないとね、そうだ、お嬢ちゃんも食べていくかい?」

「いえ、うちに用意されているので……でも、今度お願いしてもいいでしょうか?」

「ああ、大歓迎だよ。あの子も喜ぶ」


ウミノさんのお母さんは口元に笑みを浮かべて玄関の中に消えていった。




  ◇    ◇




拝啓 ユウミ様


昨日は彼に会えなかったのは残念でしたね。

質問されていた「どうやったらもう少し大人っぽく見えるのか?」ですが、

やはり化粧というものに挑戦してみるのは如何でしょうか?


女性において大人と子供を隔てるものの中に、化粧が出来て自分の顔を作り出せるというのはそれなりに大きな位置づけであると思っています。

先生とか大人は自分の顔の悪い所を誤魔化す事を悪いことのようにいう人もいますが、自分のコンプレックスを隠して、理想の形に近づく行為を悪いことだと言うのならこの世はもっと味気ないものになるでしょう。


最近は100円ショップでもそれなりにいいものが一通り揃うはずなのでそれほどお金をかけずに済む筈です。

それではユウミさん、御武運を。




  ◇    ◇




日曜日、私はミヤコ様の指示に従い化粧をしてみようと駅前の100円ショップまで自転車を走らせた。

何往復もしたくはないので必要になるだろうものをネットで調べてメモしたものを手に100円ショップの化粧品コーナーを見る。

ああ、確かに一通りある。

細かい色の違いはよくわからないので、それっぽいものを次々と籠に入れ、メイク用の筆も忘れずに会計を済ませる。


その帰り道、彼の家の前を通ると軽トラは無かった。休みは不定期だと言っていたのできっと今は仕事中なのだろう。

化粧をして、美人になった私を見た彼はどんな反応をするのだろうか。

照れて目をそらして私を「綺麗だよ」って言ってくれるのだろうか。

その光景を頭に思い浮かべたら、自然と口元が緩んだ。



家に帰り、自分の部屋の机の前で鏡を立てて、化粧をしてみる。

まず、自分の顔のどこが悪いのかを考えよう。


日に焼けた肌、すっきりしていない目元、厚みの無い口、小さくて丸い鼻……大体全部じゃないか。

自分の顔に対する怒りを感じながら、次々と化粧品を開ける。


まずは白の化粧下地を塗る、理想の白にはならないがこの上にファンデーションも塗るからまだ問題無いだろう。

次にファンデーション、薄い肌色のファンデーションを理想の美白で彼に会いたい一念で濃く塗る。

うん、理想の美白になった気がする。


次に目元。「大は小を兼ねる」の理屈で大きめの筆を買ってしまったことを少し後悔しつつも、アイシャドウを入れる。

なんとなく目が大きく見えるはず。

つけ睫毛を入れれば完璧だ。目もばっちり大きく見えるはず。


眉毛をビューラーで揃えて、アイブロウペンシルでなぞる。意外とうまくいかない。


鼻にノーズシャドウを縦に塗り鼻立ちをくっきりと。

唇に赤の口紅を厚く塗ってぷるんとしてつい触りたくなるような唇を作る。



……うん、完璧だ。私は納得した。

時計は4時半、今から彼のところに向かえば丁度釣り糸を垂らしている頃だ。


私は自分が一番可愛いと思っているワンピースを着て部屋を出た。


「ユウミ、どこ行くの?」


玄関に向かうと母が顔を覗かせる。


「ちょっとお出かけ。晩御飯までには帰るから」

「ならついでにお風呂の洗剤買ってきて……って、ふふふ。何その顔」

「いいでしょ別に」


母が私が化粧をして、色気ついている事を笑っているのだろうと思った。


「そんな顔で外でられないわよ、ちょっと洗面台行って鏡みてみなさい」


何処か崩れている場所があるのか?私はそう思い、洗面台の鏡を見る。

真っ白に塗られた顔にくっきり過ぎるくらいに目も口も鼻も黒や赤に染まったその姿は美しくなるための化粧というより、お笑い芸人とかピエロがやるメイクに見えてきた。


「ね、何かオカマみたいでしょ。お父さん見てよ、ユウミの初めてのお化粧」


母が笑いながら父を呼ぼうとする。何故呼ぶ!!

私は今の顔がどうしようもなく恥ずかしいものだと気がつき、自分の部屋に駆け出した。


「ユウミ、出かけるんじゃないの?クレンジング貸してあげるから」


「五月蝿い!!」


私は部屋の外の母の声を怒鳴り返して、ベッドの中で丸くなって泣き出した。


恥ずかしい、どうしようもなく恥ずかしい。

何故こんなんでいいと思えたのだろうか。

顔をうずめた枕には厚く塗りすぎた化粧がくっきりとついているのを見て私はスマホを握る。



『拝啓 ミヤコさm』…ここまで入力して「何がミヤコ様だ…違うでしょ」と呟く。


そして私は私の全てを恥じて文章を打ち直す



  ◇    ◇



相談をしてくださる皆様へ


ミヤコです。

私はある相談に対して、本当は自分では出来ないことをさも自分は出来るように語ってしまい、結果その人を傷つけることになってしまいました。


思い返せば、これまでも私は自分が出来る女であるかのように振る舞い、自分の人生に関わるような相談をしてくれた皆さんに対してそれっぽい回答ではぐらかし続けたかのように思えます。


告白しようか迷っている皆様、私に相談をした勇気をもうちょっと出してその気持ちを相手に伝えましょう。

上手くいくかはわかりませんが、そのままだと上手くいくことは無いはずです。


それ以外の質問をしてくださる皆様、きっとあなたの周りには答えを持っている人がいるはずです。

私ではなくその人を頼ってみては如何でしょうか。

もし、そんな人がいないのであれば私でよければ本当に微力ですが力になります。



皆様の世界が少しでも明るくなりますように。



ミヤコ



  ◇    ◇



私はその文章を入力して、SNSに送信する。

そうだ、ミヤコ様とは私の事なのだ。

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