鉛色の海にもう一度愛の言葉を

峰岸ペン

第1話『ハシ』から『ナカ』へ

 拝啓、ミヤコ様


 初めまして、ユウミといいます。

 ミヤコ様が普段メールでの相談を受付していないのは重々承知の上ですが、

 誰もが見れるSNS上で相談するのがどうしても恥ずかしくてメールで相談させて頂くことをお許しください。


 私はミヤコ様と同じ高校2年生ですが、ミヤコ様が住んでいる東京が日本の中心とするなら私は日本の端にある海辺の町に住んでいます。

 海辺の町と書くと響きは良さそうに思えますが、それはまあ海水浴場とかある青い海と青い空に包まれているなら少しは素敵な場所であるのでしょうが、残念ながら私の町は漁村で砂浜は無きに等しく、海はどんよりとした鉛色で、夏は暑く冬は雪に覆われ、何よりも常に生臭い臭いに包まれています。

 そんな町なのでお洒落なお店は当然、娯楽施設など全く無く(唯一の娯楽施設だったのであろうパチンコ屋は先月潰れていました)働く場所も漁師になるか運搬をするか加工工場で働くくらいしかないような場所です。少しはどんな場所か想像がついたでしょうか?


 少し、自分の町に対して愚痴が過ぎましたが、これからの相談に関係している事でもあるのでお許しください。


 端的に申しますと私は昨日、失恋をしました。

 相手は私より10歳くらい上の男の人です。きっと私にとって初恋でした。



 彼との出会いの経緯からお話します。

 8月の下旬、短い夏休みが終わり、また通学の為に強い日差しの中1時間近く自転車を漕いで最寄の駅まで行く毎日が始まった頃の帰り道なのですが、海沿いの道を進んでいる時に突如自転車のチェーンが切れて、盛大に転んでしまいました。

 アスファルトに身体を打ちつけ、両膝からは血を流して痛みとショックで思わず泣き出してしまいました。


 その時、すぐそこの防波堤で釣りをしていた彼が私のところまで駆けつけてくれて声をかけてくれました。

 彼は家の目の前で釣りをしていたらしく、私を家まで連れて行くと水道で傷口を洗い、消毒液と包帯で軽い応急処置をしてくれました。


 見知らぬ男性の家に行くことに何の警戒心も抱かなかったのは田舎者特有の緩さと痛みでそれどころでは無かったのがあるのかもしれません。

 包帯を巻かれた頃に自分の無用心に気がついたのですが、彼の母親が「どうしたんだい?」とやってきたことでこの家にいるのが彼一人では無い事実に安心を抱きました。

 彼の母親は顔だけなら歳は60かそこらに見えるのですが、腰が曲がっておりその姿はより歳をとっているように見えました。


 彼の母親が私にお茶を出している間に彼は自分の釣り道具を片付け、軽トラに私の自転車を乗せて、その後私を自転車修理屋と私の自宅まで送ってくれました。

(病院にも行くか聞かれましたが大丈夫そうだったので断りました)

 その間私は彼に「はい」「いいえ」「ありがとうございます」とかしか言えなかった事に今では少し後悔しています。


 翌日、私は母親に言われた事もあり、学校の帰りに菓子折りと立て替えてもらった自転車の修理代を持ち、彼の家に行きました。

 彼の母親に菓子折りとお金の入った封筒を渡すと目の前の防波堤で釣りをしている彼の元に直接お礼を言いに行きました。


 昨日のお礼を言うと彼は「どうということは」「怪我は大丈夫か」とか釣糸を海に垂らしながら短い言葉で話しかけてきました。

 私はそんな彼を見ました。短く揃えた髪にもGパンと黒いTシャツから洒落っ気とかそういったものから程遠く、普段すれ違ったとしても町の若者Aとしか認識できないような人です。

 ただ、Tシャツから覗かせている逞しい腕を見て、昨日はその腕を借りて家まで歩いたんだなと思うと少し心がざわめきました。


「ここで何か釣れるんですか?」

 何か話そうと思い、空っぽのクーラーボックスを見て浮かんだ精一杯の社交辞令的会話でしたが、魚が釣れるより先に彼が私の言葉に釣られて「お、やってみるか?」と笑顔で返してきました。

 本当は釣りなんてした事も無いのですが、昨日の恩もあるのに断るわけにもいかなさそうだったので「うん」と返したのですが、彼は意気揚々と自宅の倉庫から私用の竿を持ってきました。


 釣り餌の虫に触れない私に彼は笑いながら餌をつけてくれました。

 彼は釣り針の投げ方を教えてくれました。私は上手く出来ず何度も失敗をして恥ずかしかったです。


 上手く海に糸を垂らせたら今度はただただ待ちます。

 昨日出会った人と一緒に肩を並べて座っていると「私は何をやっているのだろう」と思えてきました。

 だからといって「やめます」と言い出すことも出来なかった時、釣竿から始めて何かに引っ張られる感覚が訪れました。

 私が叫ぶと彼は自分の竿を下ろすと私の後ろから腕を回し、片手で竿を握り、片手をリールを持っている私の手の上に乗せてリールを回しだしました。


 すると途中から竿を引く力はなくなってしまい、彼は「逃げられたな」と残念そうにしているのを見て魚が連れなかった事を理解しました。

 日が沈みかけているのを見て、彼は「今日はもうここまでにするか」と言い、片付けを始めました。


「ところでここで魚釣れるんですか?」私はそもそも疑問に思っていたことを口にすると「いいや、滅多に釣れない。だからさっきは本当に惜しかったんだよなぁ」と口惜しそうにしているのを見て(じゃあ何でここで釣っているんだよ)と思いましたがその時は口にしませんでした。


 帰り道、自転車を漕いで家まで帰る時にふと竿が引いたときの驚きと興奮、そして後ろから密着した彼の身体と握られた右手の感覚が甦り、私の心は再びざわつきました。


 翌日の学校の帰り道、再び彼のところによって「今日も一緒にやっていいですか?」と声をかけました。



 釣られていたのは魚でも彼でもなく、私だったのです――――



 釣り糸を垂らして二人肩を並べている間、釣りの事以外には口数の少ない彼に代わって、私は私のつまらない学校の話をして、同じだけ彼の事を聞きました。

 彼――ウミノさんは朝から夜にかけては軽トラに乗ってこの町と近隣の町を回りながら自動販売機の中のジュースを補充する仕事をしており、夕方くらいに仕事が終わると日没までここで釣りをしているそうです。


 ウミノさんの父親は漁師でしたが、ウミノさんが小さい頃に船の事故で亡くなり、母親はその後子供を育てるために無理をし続けた事もあり、今では腰を悪くして歩くのもつらいそうです。

 だから彼はデイケアセンターに母親を預けている昼間働いて、夕方からは家から遠く離れる事ができないので、彼の釣場は家の前のこの場所しか無かったのです。


 そんな彼との釣りはたまに引っかかったかと思ったら逃げられたりゴミだったり、さほど面白いものでもありませんでしたが、彼の横でこうやって話をしている時間は好きでした。

 次第に自分で釣り餌の虫にも触れるようになりましたし、上手く釣り針を投げられるようになりました。


 ウミノさんの少ない言葉を欲して、釣れない魚を釣り続ける私はどうしてほぼ毎日あの場所に行っているのでしょうか?そう考えたときこれが恋なんだって気がつきました。

 今まで学校の男の子にも一度もトキメキとかそういうものを感じたことの無かった私はそれに気がつくのに少し時間がかかりましたが、それが恋というものなのだと自分で認識した途端、とても重いものに変わりました。


 彼を見ると胸が窮屈になり、私の言葉は少なくなり、二人で黙っている時間が増えました。

 学校の帰り道に彼の姿を見て、声をかけるのがどうしようもなく恥ずかしくなってしまい、そのまま家に帰ることも増えました。


 そして昨日の事でした、彼は「今度休みの日にでも、違う場所に釣りに行くか?」と声をかけてきました。

 どうやらいつまでたっても魚が釣れないので私がつまらなくて最近来なくなったり、黙ったりしていると思われていたらしいです。


 捉え様によってはデートのお誘いなのですが、私はそれ以上に本当は彼ともっと一緒にいたいのにその機会を自分から手放し、彼の声を聞きたいのに黙ってしまっている自分の余りの不甲斐なさを実感してしまいその場で泣き出してしまいました。


 私がどうして泣き出したのか全くわからないウミノさんは困惑して「ごめん、ユウミちゃん一度も魚釣れた事ないからなんか申し訳なくて」と言い出してしまい、私はその食い違いがより感情を弾けさせてしまいつい「本当は釣りなんてどうでもいいんです、ウミノさんの事が好きなんです」と言葉にしてしまいました。


 ウミノさんはとても困った顔をしていたのが涙に濡れた世界でもわかっていました。

 そして彼は私の顔を見てゆっくりと喋りました。


「ユウミちゃんは高校を出たらどうするつもりだい?ここから大学に行くのも大変だし、そもそもこの町には魚をとる以外は何にも無いんだ。だから、俺はユウミちゃんには高校を出たらこの町を出て、もっと広い世界を見てきてほしいんだ。

 でも俺は母さんがいるこの町から離れる事は出来ない。だから、付き合ったりとかは出来ないんだ」


 彼の言っていた言葉は理解できてもその時は意味は理解できず、フラれたという事実だけが私に圧し掛かり、更に大きな声を上げて泣き出してしまいました。

 まるで子供みたいです。我ながら情けない。




 ―――長くなりましたがそれが昨日の出来事になります。

 一日経ってこの文章を書いているうちに私の心も少しずつ整理がついてきました。


 整理整頓が苦手な私なりに考えた結果の上で、都会暮らしで恋愛上手でみんなの相談にものってくれるミヤコ様に質問があります。



 1.私みたいに一回り上の男性を好きになることはおかしなことでしょうか?


 2.私はまだ自分の初恋を諦めたくありません。しかし、ここで彼の言うとおり引くべきでしょうか?その通りであるのなら次の質問は回答しなくていいです。


 3.私は諦めたくない、彼は一緒になるべきではないと一度フっている。そんな状況で私が戦うにはどうしたらいいでしょうか?アドバイスを下さい。



 メールでの相談は受け付けない上にこのような長文、本当に本当に申し訳ないのですがこれが今の私にとっての精一杯で、みんなに公開する事もできない相談なのです。


 どうか、私を助けてください。



  ◇    ◇



 拝啓 ユウミ様


 初めまして、ミヤコです。

 返事が遅くなってごめんなさい。

 回答を考えるのに1日かかってしまいました。


 質問の回答ですが端的にさせていただきます。

 もし、見当違いでしたらごめんなさい。


 まずは10歳くらい年上と付き合うことは何もおかしなことでもありません。私だって16歳の頃に28歳のデザイナーと付き合っていた事もあります。

 人の愛や恋に年齢なんてあんまり関係ない事です。

 もっと自分の恋に自信を持ってください。


 そして、まだあなたが失恋にめげずに諦めたくないと思っているならば少し戦ってみるべきだと思っています。

 戦い方ですが、きっと彼はユウミさんの事を一人の女性と見ていないのではないかと感じます。

 まだ高校生ですからね、それは仕方の無い事ではないでしょうか。


 彼にユウミさんを一人の女性として見てもらい、彼から一緒にいて欲しいと思われる存在になる。

 それがあなたの取るべき道ではないかと私は思っています。



 本当はメールでの相談は全てお断りしているのですが、あなたの熱意に負けて相談に乗ることにします。

 ただ、私からメールで相談を受けたと言うことは誰にも話さないで下さい。それだけはお願いします。


 今後もアドバイスなどが欲しければ返事を下さい。

 出来る限り回答します。



 ユウミさんの恋が実を結びますように。



 ミヤコ



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