『雪女』真面目に書いてみた
名▓し
『吹雪の社』
さむい。寒い寒い寒い寒いっ。
女はひどく
心のそこに寒さが
女は寒さを
女はこの寒さが
けれどその寒さから逃れることはできない。
身震いの余地すら与えぬ
空はいつまでも
いつからだろう。こんな
遠い彼方に忘れた
女は
だが
けれども触れること叶わず、その前に溶けた
ぬくもりを求めた。
けれども人は
吐息の少しで
女が持ちうるのは、ただ
なぜだ? なぜ自分はこうなった。なぜ自分でなければならなかった? なぜなぜなぜ——
疑問に答えるものはおらず、答えのでない後悔は女を
いつしか寒さは女の
しんしんと降り積もる
ならば死ね。皆凍え
どうせ逃れられないのなら、すべて雪に
そうして女は山も川も
けれども怒りはどこにも行き着くことはない。
各地の野山を凍てつけても、いっそう怒りが
どこまでもどこまでも続く
◇ ◇ ◇
ある雪のひどい日だった。朝も昼もない女はやはり吹雪を連れて歩いていた。
絶え間なく続く
だがその目に奇妙なものを
真っ白い、
雪に
その
だが妙なことに建物はそれ
両の手を合わせたような屋根に厚く
古い
戸を細く
雪を
思ったより
囲炉裏の火がばちばちと
階段の反対、
風に
少年の面影を
灰が混じった黒髪は雑草が踏みつけられたようにやはで、
読書に
なんて
「あれ、お客様ですか」
もうしばらくその横顔を眺めていたかったが、その前に男がこちらに気づいてしまった。
「……
そう
「そうですね。雪もひどいですし……。わかりました。狭い家ですがどうぞ」
不本意だった。が、男の見せた微笑があまりにも印象的だったので、女は
ちょうど
「お前、ひとりか?」
火を
「ええ、ここにはオレひとりしかいません」
寂しげな声は遠く涙の気配がある。薄いそれはなぜだか噛み締めるように聞こえた。
黒い瞳のなかで生き物ように
懐かしむように口の端が上がった。
「親はいません。幼い頃
ヘラが鍋底を擦る音がいやにゆっくりと聞こえた。碗に並々と
「熱いですので、気をつけて」
受け取るのを刹那
けれども男の厚意を無下にするわけにもいかず、おそるおそる
不思議なことに煮汁は冷めなかった。碗越しに伝わる
「熱っ」
「大丈夫ですか」
なにが面白いのか、けたけたとから笑う男にむっとした表情で応える。
「……温かいものは苦手だ」
「すみません、お嫌いでしたか?」
「そういうわけではない。だが、やはり苦手だ」
「猫舌なんですね」
笑いながら男は
箸先を舐めて綺麗に平らげると、男が一向に手をつけないのを不審に思った。
「お前は食べないのか」
「いえ、実はオレはもう食ってしまったので」
男は心底嬉しそうに笑った。
しんっと胸のあたりに形容のない感覚がはしった。男の目はこちらに向いたままだ。
「なんだ……?」
「いえ、その」
「なんだ?」
男がじっとこちらを見つめてくるものだから、つい睨めつけてしまった。男はきょとんとした顔で首を
「いえ、その……あまりにもあなたが綺麗だったからその……、つい見惚れてしまって——」
言葉の意味をわかりかねた。しんっと胸のあたりに再びあの感覚が
急速に熱が冷めていく———。
「わたしは雪女だからな」
ごうっと強い馬なり風が壁を
気づけば、女は男を押し倒していた。家の奥はしんっと
体温が
「わたしは雪女だ。————だからお前を殺す」
「……
だが男から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「なに———?」
じっとこちらを
暗く白い
「オレは———生贄なんです。あなたを
ここ数年、各地の集落を原因不明の吹雪が襲った。
その度に村は壊滅し、その原因は雪女の怒りによるものだと噂立った。
噂は広まり、山麓にあった男の村にまでも届き、怒りを鎮めるためここに鳥居を立て、贄を用意したのだという。
「皆んな、捧げ物をすれば、安心して冬を越せると言ってました。幸い、オレはもうすぐ
聞けば、男は
生贄——この男はつまり、自分に殺されるためにわざわざこんなところで待っていたのか。
「なぜ逃げなかった? なぜただ素直に待っていた?」
「そうですね……逃げることもできたかもしれません」
対して男は自嘲する。だが、伏せた眉毛の下で
「——でも、もう。なんだか疲れてしまって……」
「妹が死にました。親と同じ病です。たったひとりの家族でした」
女はそのとき初めて、男の表情を見た気がした。悲しみとも愛しさとも怒りとも取れる複雑な顔。
「もうオレには何もない。あるのは消えかけのこの命。それももう終わり、最後にあなたのような美しいひとがもらってくれるのなら、いっそ心嬉しい」
喉が灼けるのも構わず、男は笑った。霜を被った睫毛が
腹立たしい。
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
人の気も知らないで勝手なことを
ひととは、なんと
だがそれよりもなお、かつて感じたことのない種の怒りがこの男に対して
なぜ、そんな顔をする。なぜそんなに笑える。
なぜお前はそんなにも、自分の生を軽んじることができるっ!!
「——れ、が。誰が、貰ってやるものか」
「?」
「誰が
これまで何人もの男を
命は
だがこの男は違う。自分の生に執着を持たない。いや、生を諦めた軟弱ものだ。
「私はお前など殺さない。お前を死なせない。お前も死ねると思うなよ。お前をどこにもいかせない」
心からの怒りだった。今ままで抱えたことのない種の激情。
腹立たしい。腹立たしい腹立たしい腹立たしいっっっ!!!!
殺してやる。いや殺しなどで済ませるものか。その薄っぺらい顔に消せぬほどの
「代わりにお前には永劫の
男が声を出す間もなかった。
雲隠れした月が再びみえる頃には、男の眼球は止まっていた。北風が背を
「———」
吹雪を呼ぶ吐息が口から直に男の
網膜さえも凍った視界にけれども、依然
女のしたり顔が暗いながらも明瞭に見て取れた。
「フフ、死ねると思うなよ」
初めてみる女の無邪気な表情に面喰らった。
それは凍死などという生半可なものではない。死という概念すらも凍らせる氷の
消えた
外の空気は嫌に増してひどい。連綿とした
「お前は私と未来永劫この
男はパチクりと目を瞬かせた。尚もしばらく呆然と黙っていたが、やがてくすっと笑うと女の頬に手を
「優しいですね」
永い疲れから解放されたような、
「——バカだな、お前は」
皮膚が凍る感覚も嫌いじゃない。そう思えば、胸の凍えも少しマシになる気がした。
一年中、雪がひどく誰も近づけない場所がある。
なにぶん嵐のように強い風と視界の悪さで、立ち入るものは愚か住う人などおらぬ。だがある場所を境にその吹雪もぴたりと止む。
その吹雪のなか、目を凝らしてみると、わずかに明かりが
噂には、雪女とそれを愛した男がいまでも時を
真偽は定かではないが、そう思わせるほどに
『雪女』真面目に書いてみた 名▓し @nezumico
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