二十六話
「うおおおおお! うおおおおおおおおお!!」
「あれがフィダル王国の最大都市【セガン】だ」
目の前に広がる景色を見て、いつになく大興奮する宗司。その隣では、ローゴが苦笑していた。
「すげえ! やっぱこういうのだよ、これがファンタジーってやつだよ!!」
「わかった、わかったから落ち着けって」
いつもとは逆に、ローゴに宗司が宥められている
とはいえ、彼の今までの生活を思えば興奮してしまうのも無理はないだろう。今まで見た景色といえば、森、屋敷、森、家、森。閉鎖空間ばかりで、異国情緒あふれる景色などない。そしてやってきたことといえば家事仕事。戦闘にはいい思い出もない。ファンタジー世界にいることは無論承知していたが、楽しみや
そんな宗司がようやく、転移魔法を体感して日本とは違うこの世界の町並みを目にしたのだ。
昂る高揚感を抑えきれず、宗司は眼下の町に向かって駆け出した。
「お・ち・つ・け!」
見かねたローゴが宗司の腕をつかみ、強引に引き留めた。
「目立ちたくないんだろ? 一旦落ち着け」
「すまん。つい興奮しちゃった」
ようやく頭が冷えたのか、宗司がいつもの調子に戻った。
もう大丈夫だろうと、ローゴは手を放し本題に入る。
「セガンは港町だけあってかなり開放的で余所者には慣れてる。つまり密入国者はすぐにばれるわけだ。極力勝手な行動はしないでくれ。後、衛兵や軍には絶対見つかるなよ」
「剣聖でもどうにかできないの?」
「……捕まった後なら強引に連れ出してやるが、それは避けたい」
「わかった。大人しくしてる」
もとより宗司からお願いしたことだ。迷惑をかけるようなことは避けたい。
話に対して真剣に応じる宗司を見て、ローゴはもう一つ忠告を告げる。
「それと、教会には近づかないほうがいい。あそこは取り締まりや見回りが多いからな」
「七聖地ってところだっけ? 昨日教えてもらったばかりだから大丈夫」
「……昨日知ったってのがもう不安なんだがな」
問題なしと言わんばかりに胸を張る宗司を、ローゴは呆れたように見つめる。
痛い視線を受けながら宗司の脳裏に昨日の会話がよぎった。
* * * *
「家が欲しいんだ」
宗司が頭を下げる。
至極残念そうにローゴが尋ねた。
「……出て行くのか」
家主とは思えない扱いこそ受けたが、嫌な日々だったわけではない。むしろ、そういう理不尽な関係を含めて楽しい生活だった。
寂しそうに眉尻を下げるローゴに対して、宗司が慌てて付け加える。
「そんなすぐには出て行かないけど……事情があってな。しっかりしたところで住みたいんだ」
「うちは割と安全だと思うぞ。少なくとも戦争に巻き込まれる心配はない。お前らなら魔獣も怖くないだろ」
「ええと……」
思っていたよりもローゴは寂しがりだった。予想外の反論を受け、宗司が言葉に詰まる。
言い訳を探していると、リリアから目配せがあった。
(こいつにならば打ち明けても良いぞ。お主に任せる)
(わかりました)
許可が降り、宗司はかいつまんでローゴに身の上を話した。
魔族に狙われていること。黒の森周辺は魔族でも活動できること。できれば紛れやすく助けも望める都市に住みたいことなどだ。
「なるほどな……」
「それにいつまでも世話になるわけにもいかないしな。だからしっかりした生活基盤が欲しいんだよ」
話を聞いてローゴは深く頷くと、快く宗司の頼みを承諾した。
「わかった。明日セガンに行こう」
「セガン?」
「セガンを知らないのか?」
「ソージは色々と知らんことが多くての。後で妾から説明しておく」
宗司の素性は本人でも理解しきれていないほど複雑である。あえてローゴには言わないでいたが、すぐに常識知らずが露呈してしまい怪しまれてしまう。咄嗟にリリアがフォローに回った。
少し訝しげに二人を見ていたローゴだったが、追及することはなかった。
食器を片付けて部屋へと引き上げていく。
食堂を出る直前に、
「七聖地は知らないじゃすまされないからな」
そう言い残していった。
「……腐っても剣聖。そこそこの切れ者じゃな」
「ちゃんと言ったほうが良かったですかね」
「理解できない者に長く説明されても聞く方が混乱するだけじゃ。奴の察しがいいのならば勝手にさせておくほうが賢明じゃ」
「そういうもんですか」
宗司は少し不義理だったかと思っていたが、リリアはそう思ってはいないらしい。
彼女がそういうのであれば、と宗司は話題をローゴから変えた。
「それで、セガンとか七聖地ってなんですか?」
「うむ。妾もいつかはその話をせねばと思っておった所じゃ。しばし待っておれ」
そう言うとリリアもまた食器を片付けて部屋へと戻っていった。何か取りに行ったのだろう。
ただ待つのも時間がもったいないので、宗司はリリアが戻ってくるまでの間食器洗いをすることにした。
救世の英雄は吸血姫に忠誠を誓う 丁太郎 @858007
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