二十五話
それから、ローゴは拠点が近くにあると二人を案内し、しばらく泊めてあげることにした。
そこまでは良かったのだ。
「散らかってるって言ったんだがな……」
掛け湯をすまし、湯船につかりながらローゴはため息をつく。
彼が案内した拠点はそれはもう酷い有様であった。
魔物やら獣やらの皮が散乱し、加工が不十分なものがひっそりと腐っており、血にまみれた道具が壁や床を汚し、部屋の隅では埃が固まっていた。
お世話になるのだから、いくら高飛車なリリアと言えど文句を直接口にするのはためらわれた。
だが、その隠しきれない不快気な表情に宗司が気づかないわけが無い。
「掃除する。ローゴさんも手伝って」
思えばそれがこの関係の始まりだった。
せっかく綺麗にしてくれるのだからと、ローゴは宗司のいうとおり従っていたのだが、なにぶん汚くした張本人である。掃除の手際が悪く、そのたびに宗司にはイラつかれどんどん扱いが雑になって行ったのだ。
最後には顎で使われるようになり、かろうじて残っていた敬語は拠点の汚れと共に綺麗に消えていた。
その関係が続き、今や家事をして
「はぁ…………」
家を乗っ取られた経緯を思い出し、長々とローゴはため息をつく。
もっとも、煩わしいだけで追い出す理由とはならないのが性質が悪い。
そこまで考えてから、ローゴは首を振って風呂から上がる。
既にいい匂いが廊下まで漂っていた。
「今日はずいぶんと長風呂だったな。そんなに疲れたか今日の仕事」
「いや、お前でも倒せると思う。ただ風呂でゆっくりしたかっただけだ」
軽く会話をしながらテーブルを見ると、既に牛鬼の肉が切り分けられて並んでいた。
炙ってあるのか、表面はこんがりと色づき、熱せられた脂の匂いが鼻腔をくすぐる。それだけで絶妙な火加減で炙ったのだとわかるほど、丁寧な仕事だった。
ローゴが二人を追い出さない理由の一つがこれだ。彼は宗司によって完璧に胃袋をつかまれていた。
そろりと手を伸ばすローゴを見もせずに、宗司が制止を掛ける。
「まだ食うなよ。リリアの分ができていないからな」
「わかったわかった」
大人しく食卓から離れて、防具の整備を始めるローゴ。
しばらくしてリリアがやってきた。
「ちょうど呼ぼうと思っていたとこです。すぐに出来上がりますから座っててください」
「うむ……わかった……」
少し眠そうな返事をしてリリアが席に着く。
その目の前に宗司がサンドイッチを置いた。質素ではあるが、起きたばかりのリリアに配慮してあるのがよくわかる。
好みとは違うが、あれはあれでうまそうだとローゴは焼き肉を頬張りながら思った。
宗司も遅れて食卓に着く。
そして、パンを手に取りながら思いもよらない事を口にした。
「剣聖ローゴ・パーコイダ様」
「ンぐっ」
ローゴが動揺を見せた瞬間、リリアから鋭い視線が飛ぶ。
(吹いたらコロス)
必死にローゴは詰まっていた物を嚥下した。
「マジか……」
リリアから聞いてはいたが、まさか本当に剣聖だとは思っていなかったのだろう。宗司は目を丸くしていた。
目の前の少女におびえている様子からは微塵も想像できないが、本当に剣聖であれば、この男こそが大陸最強の人類なのだ。その事実に関しては他ならぬリリアから聞いた物である。
ようやく息を整えたローゴが、食事を続けながら訊いてきた。
「……で、唐突に何だ?」
「そんなやばい人には見えなかったから、つい」
「そう呼ばれてるのは事実だが、負かされた相手の前で最強は名乗れねぇだろうよ」
「それもそうか……」
やはり本物の剣聖なのは間違いない。
降って湧いたような奇妙な縁に、ふと宗司は思い描いていた計画を実行することを決意した。
「頼みがあるんだけどさ……」
「なんだ?」
「家が欲しいんだ」
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