二十四話
いきなり切りかかってきた男に、リリアは静かに殺気を向ける。
「……おい、覚悟はできているじゃろな」
対象が自分ではないと分かっていても、宗司は体の震えが抑えられないでいた。それほど、総毛立つような冷たさがあった。
だが男は剣をひときわ強く握ると、リリアではなく宗司へと声を掛けた。
「俺が足止めする! 早く逃げろ!」
「は?」
思わず間抜けた声を上げてしまう。
てっきり魔族が襲ってきたと思ったが、どうやら違うようだ。見たところ人間だろう。切りかかってきた理由は不明だが、何か勘違いをしていることは間違いない。
薄々察してきた宗司がリリアに視線を向ける。その視線に気づいて、リリアはわずかに首を傾げた。
未だ怒気を放っているものの、殺気は大分和らいでいる。恐らく彼女もこの男が勘違いしていることを察しているのだろう。
(よかった。わかってた)
あとはこの男の誤解を解けばことをが収まる。宗司は胸を撫で下ろしたが、そうは問屋が卸さなかった。
宗司の視線の先でリリアがニヤリと口角を上げる。
間違いない。この状況を楽しむつもりだ。
「ちょ、」
「うおおおおおおお!!!!」
宗司が制止するより早く、男がリリアへと切りかかる。
現れた時のように一瞬で距離を詰め、リリアの懐へと潜り込んだ。
(ほう、思ったよりやるではないか)
まさに神速の一撃。リリアは冷静にその腕に感心していた。
今、彼女の体には宗司の血による魔力が巡っている。邪魔されはしたが、力の回復には支障はない。それなのに、この男は早さだけでリリアの間合いの内側へと侵入したのだ。人とは思えない身体能力である。
とはいっても、彼女を上回るほどではない。リリアは男の横薙ぎを半歩引いて躱した。
「ッ!」
渾身の一撃を見事に避けられ、男は驚愕して目を見開いた。
先手を打った。自身の最速の攻撃を、最適なタイミングで放った。空いては完全に出遅れていた。
それなのに躱されたのだ。
後手に回っていたにもかかわらず躱して見せたのだ。それはつまり、相手は男よりも圧倒的に速いことの証左に他ならない。
「ちっ」
男は返す手を止め飛び退いた。
(ふむ……。動揺はしても冷静じゃな。観察力もある)
先ほどの一閃といい、男が相当な手練れであることは間違いない。今も男は油断なくリリアの挙動を窺っている。
久々に出会った遊びがいのある相手。それに加え、リリアの調子は最高潮。もう少し遊んでいく、と宗司に視線を送ると、既にわかっていると言わんばかりに観戦体制を整えていた。
それを確認し槍を構え直す。
そして、もう一つセレイネヴェロスを召喚すると、全速力で突撃した。
* * * *
「……マジかよ」
今まで宗司はリリアがまともに戦っているのを見ていない。実力が出せずに苦戦しているところと、圧勝しているところだけだ。どちらも極端な決着故に、実際にどう戦うのかはわからなかった。
だが、まさか二槍流だとは。
つまり、魔族と戦った時は彼女は本気どころか本来の戦い方すら出さずに圧倒していたということだ。
驚きのあまり開いた口が塞がらないでいた。
(しかも二槍流って……いや、似合ってるけども)
二槍流。言葉こそ存在するものの、武術としては使い物にならないとまで言われている戦い方だ。
まず片手で長物を扱う時点で必要とする筋力が高すぎる。それに防御の薄さ、さほど増えない手数に軽くなる一撃、間合い内に入られたときの弱さ。
総合して実用性皆無の戦い方だ。それぐらいは宗司とて知っている。というか、
ともあれ、その二槍流がリリアの真骨頂。
淀みなく繰り出す攻撃の数々に男は防戦一方だ。
(よく耐えられるよ、あの人も)
先ほどリリアに血を吸われたことにより、宗司もまた眷属としての力が活性化されている。肉体は強化され、五感も鋭くなっている。それでも、今のリリアの攻撃は目で追うだけで精一杯だ。仮にあの攻撃が宗司に向けられれば、何一つ対処できずに貫かれるだろう。
その攻撃を、男は初動を見切ることで防ぎ続けている。
宗司からみれば、どっちも化け物じみた強さだ。
リリアが更に早さを上げたことに気づき、宗司は荷物を整理し始める。
それでもしばらく男は耐えていたが、ついにリリアがその喉元に槍を突きつけた。
「く……」
「ふふふ、素晴らしい腕じゃが妾には届かなかったの」
「情けのつもりか」
「何を言う。殺すつもりならば手を止めるわけが無かろう」
「御託はよせ。とっとと殺せよ、魔女」
男の台詞を聞いた途端、宗司は一目散に駆け出す。
リリアはわなわなと体を震わせ、怒鳴りつけた。
「誰が魔女かっ!」
「魔女呼びしてんじゃねぇ!!」
思い切り跳躍してからの、見事なドロップキックが男の脇腹に決まった。
そして、すぐにリリアを宥める。
「怒る気持ちは分かりますが、殺すのはやめましょう」
「殺すも何も……たった今お主が蹴り飛ばしたではないか」
リリアが指した方では、男が樹の傍によこたわっていた。どうやら強く打ちつけられて、気を失ったらしい。
「ついカっとなりました。それでは話を付けてきます」
そんなことは気にもせず強引に話を決めて、宗司は男の元へと向かう。
息をしていることを確認して、水をかけた。
「ぶはっ」
すぐに男は目を覚ました。素早く立ち上がって臨戦態勢をとる。
そして傍にいた宗司に気づき怒鳴りつけた。
「なんでまだここにいるんだ!! 逃げろよ!」
「話聞けって。そもそも襲われてないんですよ、俺」
「何?」
未だ状況を理解していない男に、宗司は事情を告げる。
リリアと自分が主従関係であること。先ほど噛まれていたのは同意の上だということ。ヴァンパイアがどう認識されているかは不明なため、そこは伏せて説明した。
男は自分の早合点だと知り、素直に非を認めた。
「そうか……。俺の勘違いで余計なことをしてしまってすまなかった」
「わかればいいんですよ」
「だが、そのリリアという少女は何者だ? 恐ろしく強かったが」
「あー……」
ヴァンパイアということを伏せれば、こう聞かれるだろうと予想は付いていた。だからといって適切な答えを用意しているかは別問題である。
宗司は返答に詰まり、頭をかく。
いつのまにか、近くに来ていたリリアが高らかに告げた。
「妾はヴァンパイアじゃ」
「は!?」
「いや、気持ちは分かりますよ……。ていうか、リリアもすぐに暴露しないで貰えますか?」
「無論、妾も弁えておる。此奴は敵ではない」
「そうですか」
そこでようやく状況をすべて理解した男が、リリアに向かって勢いよく頭を下げた。
「先ほどは本当に失礼なことをした。誠に申し訳ない。切りかかっただけではなく、【夜の貴族】に向かって魔女などと……。本当に申し訳ない事をした」
「うむ。貴様の謝罪受け入れてやろう。それより、貴様の名前は?」
「ローゴ・パーコイダ。傭兵や魔物狩りをしている者だ」
これが、名だたる英雄と吸血姫一行の出会いだった。
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