七話
バタフライはキャラベルまでの軌道に乗り、ほとんど自動操縦に任せている。そのコックピットで俺は出逢ってしまった紗里奈の事を考えていた。
あんな事を言ってよかったのか。
いつまでも、いつまでも、待ち続けるのではないか。
「希望が無いよりはましだ」そう呟いて納得させる。
「キューブサットが通信途絶した、原因は不明」
突然、シャリーが知らせてきた。
「そうか……取得できた写真はあるか?」
「二十三枚ある」
「出してくれ」
一斉ディスプレイに表示される。後半には円錐状にリングをつけたような宇宙船が惑星上空に写っていた。いわば、キャラベルを小型化したような宇宙船だ。
「なんだこの宇宙船は?」
「個人の資源採取船だと思われる。類似のものがアーカイブにあった」
「……ほう」
「過去にエクストという高齢の宇宙飛行士とともに行方不明になっている。ムーンシップの事故の際に巻き込まれたのではないかという説もある」
シャリーが丁寧にその画像を出してくる。確かに似ていたが、過去の画像には巨大なリングがついていない。
いったい何がどうなっているのか分からない。紗理奈が言っていた「おじいさん」の宇宙船がこの可能性もある。
浮世話みたいな事ばかりが起きている。どこからか夢を見ているのかもしれない。
「『胡蝶の夢』という言葉を知っているか?」
「今検索した。意味を読み上げるか?」
「いや、いい」
「了解」
「キャラベルまではあと何時間ぐらいかかる?」
「十七時間だ」
「ありがとう、一眠りさせてくれ」
「おやすみ」
「おやすみ」
時計は深夜二時を指している。突然、すっきりと目が覚めた。いい夢を気持ちよく終われたような、そんな感じである。
惑星探査から戻ってきて二年が過ぎていた。紗理奈への救助には開発が終わった直後の新型ワープ航法艇「スタージェッター」の初任務として私と入れ違いに飛び立ったらしい。おそらくそろそろ着いている頃だろう。
どこまでが。
どこからが。
現実で。
夢だったのか。
行くべきか。
夏なのに、どこか肌寒さを感じる中、身支度をさっとすませてパンを片手に車に乗り込んだ。
まだ車の少ないハイウェイを駆け抜ける。
薄手のジャケットを一枚持ってきた方が良かったかもしれない。
夜がほんのりと明るみを帯びてきた頃、霊園の駐車場に着いた。
何かが空へ昇って行くのが見えた。多分オートジャイロだ。このあたりに発着場はないから、無許可飛行のやつだろう。
端末から音が鳴る。歩きながら電話に出た。
「城戸です」
「蓮池さんが戻ってきた」
「もうスタージェッターが戻ってきたんですか」
「違う。別の宇宙船で戻ってきた。どうやら君の行った惑星にもうひとり漂流者がいたらしい。その人が持っていた宇宙船で戻ってきたらしい」
「エクスト氏か?」
「なんだ、知っているのか」
「いや、会ったことはないが、そういう推察を過去にしたことがある」
「ただ──」
「ちょっとすまない、電話を切る」
「おい」
「後で話す」
見慣れたお墓の前で見覚えのある後ろ姿が見えた。
「紗理奈!」叫んで名前を呼ぶ。
彼女ははっと振り返ってこちらを見た。その時、手に持っていた何かを落とし、割ってしまった音がした。
「なんでここが?」
「そんな気がしたから」
「じゃあ、ここはどこ……?」
「地球だ」
「何があったの? エクストさんは見なかった?」
「見てない」
「さっき、そっちへと歩いて行ったんだけど……」そう言って彼女は指差す。「……やっぱり、天国ってないのかな?」
その方角はさっき、ジャイロが飛んでいった方向だ。
色々と理解できない所はあるが、状況は見えてきた。
「無いだろうな。で、何が起きたんだ?」
「さあ? あたしもよく分からない」
ため息をひとつ。何を聞いても答えは同じだろう。
紗理奈の方に近づく。さっき落としたのは骨壷だったらしい。
「もしかして、ここが天国かな」
「違うな」
「そっか。やっぱり理仁君だ」
苦笑いを浮かべるしか出来なかった。
色んな言葉が浮かんで脳裏にフェードアウトしていく。結局、喉を通し、出てきた言葉は。
「おかえり」
「ただいま」
どこからが夢 - Dream of the BUTTERFLY 雪夜彗星 @sncomet
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます