一宿の恩義

 適当に三十分、時間を潰して、サヘラとアガデはログハウスに戻る事になった。


「長かったでしょうか」


 サヘラがアガデに話しかけると、アガデは少しすっきりした様子の笑顔で答える。


「さあ……判りません」

「そうですか」

「ええ」


 あまり実のない会話をしていると、ログハウスが見えてきた。


「リムシュさんに謝らないと──」

「止まって!」


 突然サヘラがそう言うと、アガデを抱くようにして太い木の影に隠れた。そのままアガデごとしゃがんみ、深呼吸して戦闘モードに移行した。


「え──」

「静かに。敵がいました」

「え?」


 不思議そうな表情をするアガデに、サヘラは寸前までの記録映像を送信した。


「見えた数は五。武装を考慮するなら、昨日私にちょっかいをかけようとして逃げた連中でしょう。室内に三体入って、二体は外に。外の二体の内一体は屋上にいますね」


 サヘラが淡々と解説するのを聞きながらも、アガデは困惑していた。


「そんな、どうして──」

「おそらく私が原因ですね。原因の内容は不明瞭ですが。リムシュさんが避難する事が可能なスペースはありますか?」

「地下室がありますけど、隠れられたかどうかが……」

「では、隠れられなかった前提で考えましょう。早急に全員を機能停止させる必要があります。なので、」


 サヘラはそう言いながら『QOCOCTクォコクト』を起動右手にバイポッドあり、スコープなしのボルトアクション式のライフルを召喚し──


「これをあなたに貸しますね」


 アガデの右手に持たせた。


「え、でも、私戦闘用じゃ──」

「ええ、聞きました。ですが、あなたの協力が必要と判断しました」

「…………」


 アガデは五秒間ライフルを見つめ、それから機械的な動作でサヘラを見た。


「何をすれば、良いのですか?」

「通信で合図を送りますので、それに合わせて屋根に向けて撃ってください。陽動になれば良いので、敵や屋根等、〝どこか〟に当てようとしなくて結構です。とにかく一瞬だけ敵の気を逸らしてください」


 サヘラは言いながら、自分の周波数を書いた紙をアガデに握らせた。


「……はい」


 サヘラは、アガデが頷いたのを見て続ける。


「一発撃ったら木々の影に隠れながらここから離れてください。奇襲に失敗したら狙撃手の捜索が始まるでしょうから」

「もし、他にも仲間がいたら……?」


 質問を受けて、サヘラは左手で地面に触れ、地形センサーを使用した。


「……半径三キロメートル圏内にはいないですね」

「でも、圏外にいるかもしれないですよ?」

「ええ。ですので、早く始末しましょう。合図は、『今』、です。お願いしますね」


 サヘラはそう言い残し、移動を始めようとして、


「……アガデさん、あなたの周波数は?」

「あ、この番号です」


 アガデは地面に自分の周波数を書いて見せた。


「ありがとうございます。では」


 サヘラは礼を言い、今度こそ移動を始めた。


 一人残されたアガデは、紙に書かれた周波数を自分に入力して、


「……撃てるかなあ」


 ぽつりと呟いた。銃器は少しだけ触る事があったが、本格的に撃った事はないからだ。


「撃てるかとか、聞かなくていいのかなあ……」


 アガデはぼやきながら、マガジンを外して残弾を確認し、ボルトを操作。弾薬は出なかったのでそのままマガジンを着け直し、ボルトを操作して一発目を装填した。


「……こういうやり方で合ってるのかなあ」


 アガデはバイポッドを開き、ライフルを地面に置いた。服が汚れる事も構わず

地面に伏せ、ログハウスの屋根の方を見て準備を終えた。


「……こんな時、人間達あのひとたちは何を考えたんだろう」


 任務で出会った様々な人間──概ね敵だったのだが──の事を考えようとした瞬間、


『こちらサヘラ。聞こえますか?』


 サヘラから通信が入った。


「ふぇっ…」


 アガデは周波数を合わせ、ライフルを構え直しながら応答する。


『聞こえてます。──撃てます。たぶん』

『了解。こちらも準備を終えました。では──』


 三秒、間が空いて、


『今』


 合図と同時に、アガデはトリガーを引いた。


 雷鳴のような轟音が響き渡った。


「うお!?」「何だ!?」


 真っ先に驚いたのは、入り口の前と屋上にいた二体だった。特に屋上にいた方は、機体自分の横を何かが物凄い勢いで通り過ぎていったのを確認していた。


 誰にも気付かれる事なく屋根に登っていたサヘラはロボットAの背後に回り、サバイバルナイフを首の付け根に突き立て、半円を描くように切り欠いた。続けて左手を脇腹に突き刺し、バッテリーを強引に引きちぎった。


 サヘラは動かなくなったロボットAをナイフごと投げ捨てると、屋根の縁まで駆け、下にいたロボットB目掛けて落下した。

 サヘラはロボットBの背中をクッションにして着地すると、その頭を左の掌底で叩き潰し、右手で胴体を貫いて無力化した。


「次」


 サヘラは呟きながら中腰で移動し、入り口の隣でしゃがみ、アーマーベストから右手で拳銃を抜き。左手に持ち替えた。


「…………」


 銃口が見えた瞬間、サヘラはそれを掴み、全力で引き寄せた。ロボットCが引きずり出された。

 サヘラはロボットCに拳銃を突きつけ、頭部から胸部にかけて銃弾を叩き込んだ。


 ロボットCが倒れるのを横目に、サヘラはフラッシュグレネードを取り出し、ピンを歯で抜いてアンダースローで室内に放った。弾倉を交換し、爆音と閃光に紛れて突入した。


 入り口で左を確認し、右を向いて、


 拳銃を構え、そのトリガーを引き始めたロボットDと眼(カメラ)が合った。


 サヘラは左腕を銃口に重ねるようにして飛んできた銃弾を防ぎ、お返しに銃弾を撃ち込んだ。頭部に一発、胴体の同じ箇所に二発。


「危ない……」


 サヘラは左腕を検めて損傷がない事を確認すると、周囲を確認した。敵影なし。

次にサヘラは、他の部屋に繋がる通路に向かった。曲がり角の手前で張り付き、姿勢を低くして顔を半分だけ出そうとして、


「っ!」


 銃弾が飛んできて中止した。


「……残りはあなた一体です! 仲間の残骸と一緒に帰ってくれませんか!」

「ざけんな!」


 即答と共に銃弾が飛び、壁に幾つも穴が開いた。


「散弾……」


 サヘラは呟き、拳銃からマガジンを抜き、スライドを引いて弾薬を取り出した。取り出した弾薬をポケットに突っ込み、行動を開始した。


 サヘラは、曲がり角の向こうにいるであろうロボットEに、マガジンをアンダースローで投げた。

 即座に聞こえた発砲音に紛れ、飛び出した。宙に浮かぶひしゃげたマガジンの向こうに、ロボットEがいた。その顔面目掛けて、拳銃をオーバースローで投げつける。


 拳銃はサヘラの狙いと寸分違わぬ場所──ロボットEの顔面に命中した。


 サヘラは一瞬でロボットEの懐に潜り込むと、ショットガンを奪い取って胴体を蹴り飛ばした。同時にハンドグリップを前後させ、


「う──」


起き上がる寸前のロボットEに突き付けた。


「質問が、いくつかあります」

「何だよ?」

「他に、仲間は?」

「いねえよ……」

「証拠は?」

「この家にもう一人、女のガキが住んでるだろ? 仲間がいたら今頃ソイツをここに連れて来てるだろうよ」

「そうですね。次です。あなた達の目的は?」

「明日も動いていられるように、だ」

「…………。明日も動いていたい理由があるのですか?」

「ハン、そんなモンねえよ」

「……理由がないのに、人を襲ってまで稼働していたいのですか?」

「ああそうだよ。でもここまでだ。さあ、一思いに、やれよ」

「…………。では、さようなら」


 銃声が二回響いた。



§


「……静かになった」


 逃げてきた方角を見ながら、アガデが呟いた。


「二人共、大丈夫かな……」

『大丈夫ですよ』

「ひゃあっ!?」


 突然サヘラの声が聞こえ、アガデが飛び上がった。


「え!? あ、通信繋がったままでしたか!?」

『いいえ。繋げると同時に、二人共大丈夫かな、と聞こえたので、つい』

「そ、そうでしたか」

『はい。本題ですが、戦闘を終了しました。リムシュさんは無事です』

「! ほ、本当ですか!?」

『ええ。切り傷一つありません』

「良かった……本当に、良かった……」

『襲撃者の仲間は他にいないようです。一先ず戻ってきてください』

「はい!」


 アガデは力強く返事をすると、来た道を正確に辿り、ログハウスに向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

404ナンバーズの解凍 秋空 脱兎 @ameh

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ