それでもいい
夜になって、食事が出る事になった。
サヘラには食事をする機能が搭載されていないので、丁重に断ったのだが、アガデは当たり前のように食事を摂った。
それは二十年ほど前に開発された食物からエネルギーを取り出す技術で、稀にロボットやアンドロイドにも搭載されたものだった。
サヘラは、特にそれには言及しなかった。する必要がないと結論付けたからだった。
そして真夜中、日を跨いだ頃。
サヘラはノックの音でスリープモードを解除すると、充電を中断し、ドアを開けた。
入り口にいたのは、リムシュだった。
「今、大丈夫か?」
リムシュは小声で言いながら、親指でリビングの方を指した。
「はい、大丈夫です」
サヘラはリムシュの声量と同じ大きさの声で答えた。
「そうか。じゃあ、来てくれ」
「はい。義手を繋げてから向かいますね」
そう言ったサヘラの義手は、机の上に置いてあった。
一機と一人はリビングに移動し、テーブルを挟み、向かい合って座った。
「〝後で〟とは、夜中になってアガデさんが〝寝る〟までの事ですか?」
「ふん、ロボットの癖に皮肉が達者だな」
「いいえ、皮肉ではないです」
「……そうか」
「はい。それで、話とはなんでしょう?」
「あの子、アガデの事だが……どう思った?」
「どう思った、ですか?」
サヘラは困ったように首を傾げた。
「……そうですね、子供のアンドロイドは珍しいと──」
サヘラが答えようとすると、アガデの表情が険しくなっていき、
「……違う……!」
アガデは、サヘラの声を絞り出すような否定で遮った。
「はい?」
「あの子はロボットじゃない……」
「え……ですが、」
「違うんだ! とにかく違う! あの子は……うぅ……」
アガデはただ否定しながら、急に苦しみ出した。
「大丈夫ですか? 体調が優れないようですけど……」
「違う……違うんだ……違う……」
サヘラは、頭を抱えるアガデにどう接すればいいのか解らなかった。
「あっ、お父さん!」
そうして固まっていると、アガデがリビングに出てきた。
「どうしたの? また頭痛いの?」
アガデはそう言いながらリムシュに歩み寄り、リムシュの右手を両手で包むように握った。
「うぅ……」
「もう夜中だし、寝よう?」
アガデがそう言うと、リムシュは呻きながらゆっくりと立ち上がった。
「……あの、何か手伝える事はありますか?」
サヘラは、寝室に向かうリムシュとアガデを見て、控えめな様子で聞いた。
アガデはサヘラを見ると、屈託のない笑顔を見せ、小さく首を振った。
「ううん、大丈夫。サヘラさんも寝ましょう?」
「……分かりました」
サヘラはそう言い、釈然としない様子のまま、一人と一機に続いた。
§
翌朝、朝食を食べ終えた後の事だった。
「お父さん、散歩に行ってくるね」
アガデがそう言って、外出する準備を始めようとした。
「お、おい、今日もか? 止めた方が……」
リムシュが困惑した様子で言った。
「私も反対します。銃を持った集団が出没したばかりです。危険と思われます」
「でも……」
サヘラに反対されても、アガデは食い下がった。
「何か、外に大事な用事があるのですか?」
「それは、その……」
アガデの表情を見て、サヘラはメモリに残った記録を参照する事にした。
古い記録から直近の記録の隅々を参照し、サヘラは、
「……リムシュさん、私が付いて行けば、アガデさんが外出しても良いでしょうか?」
「何?」
「護衛がいれば、少しの時間であれば大丈夫かもしれません」
「……ロボットが『かもしれない』、ねえ……」
「駄目、でしょうか?」
リムシュは面倒そうに頭を掻き、
「……分かったよ」
「ありがとうございます」
「これ以上渋ったら多数決だのどうのって言われそうだからな……そういう事だ、行くなら早く準備しな」
§
サヘラとアガデは準備を終えると、ログハウスの外に出た。
暫くは周囲の木々や草花について会話を行っていたが、
「あの、サヘラさん」
「はい、何でしょう?」
「さっきは、ありがとうございます。最初は反対していたのに、庇ってくれて」
アガデが思い切ったかのように言った。
「ええ、どういたしまして」
そう言ってから、サヘラはログハウスとの距離を確認し、
「それで、本題は何ですか?」
唐突に聞いた。
「え?」
「何か、やるべき事があるのでしょう?」
アガデは少しの間黙り、
「どうしてそう思ったんですか?」
静かに聞いた。その声に、先程までの子供らしさは少しもない。
「やはり、リムシュさんへの対応は演技でしたか」
「ええ、まあ。あなたも、私の質問の答えを教えてください」
「私が会った人間や一部のロボットの場合なのですが、」
サヘラはそう前置き、答える。
「先程のあなたのような行動を取った時は、隠れて行う事があるという例が多かったので、今回もそうなのでは、と」
「成程」
「ええ、それで、本題は何ですか?」
「彼、昨日発作を起こしたでしょう? それの説明を、と」
「そうですか」
「はい。結論から言いますと、彼は私を人間を誤認識しているんです。他のロボットやアンドロイドは、そうではないのですが」
「成程。私への対応からもそう見えますね」
アガデは頷くと、殆ど人間と変わらない、自分の手首の関節を見ながら話し始めた。
「当然なのですが、私は彼の娘でも、人間でもありません。暗殺用のロボットです。元々は戦闘用ではなかったのですが、そう使われる事になったのです」
「破壊工作のためで、そのための食事機能ですか」
「前者はそうです。実際この姿だと人間に近付きやすかったですし、仕事も容易に行えました。後者は最初から搭載されていた機能です。充電した方がエネルギー効率がいいので、不要ではあったのですが、潜入の際に怪しまれずに済みました」
「そうでしたか。話を中断させてすみません。続きをどうぞ」
「はい。…そうして与えられる仕事をこなし続ける日々を過ごしていると、ある仕事を与えられたのです。『発狂した男を監視しろ。正気に戻るようならば始末しろ』といった内容でした」
「…………」
「それが、あの家の家主です」
「…………。続きを」
「はい。彼が発狂した理由は、紙の日記に書いてありました。曰く、『理解してしまった。とんでもない事をしたと知ってしまった。彼女に残酷な事をさせてしまっている』との事です」
アガデはそこまで言って、少しだけ黙った。腕を下ろし、
「話が逸れるのですが、私の開発者の話をしてもいいですか?」
「本題に関連するのであれば、どうぞ」
「ありがとうございます。では、話しますね」
「私の開発者は、基本的に善人で、たまに悪い事を思い付く程度の人でした。私のプログラムが完成して、音声を認識出来るようになって、それからはずっと会話しながら作業を続けていました。動画配信者かと思うくらいには会話しながら作業していました」
「彼は言っていました。『ロボットの作例の、裾野を広げたい。もう少し無駄があって、自由でいいんだ』と。当時…二十年ほど前ですね、その頃は子供の容姿をしたロボットやアンドロイドはいなかったですし、世間に普及していたのは基本的に労働力のためのモノ達でしたので、それを受けての発言だったのでしょう」
「…例外はありますが、そうですね」
アガデは一瞬サヘラを見ると、俯いた。
「彼は……彼は、有り体に言ってしまえば馬鹿です。大馬鹿者です。気付かなければ良かったのに。自分の発明が戦争に利用されているだなんて。気付かなければ狂わなかったのに。狂わなければ、私ともう一度会う事はなかったのに。狂わなければ、会えば気付けただろうに……」
「…………」
サヘラは、掛ける言葉を持っていなかった。
アガデは深く息を吐くような動作を行い、顔を上げた。
「そういう、事です」
「そういう事でしたか」
サヘラは小さく頷くと、少し考え、
「質問があります。何故その話を私にしたのですか?」
サヘラの質問に、アガデは悲しんでいるようにも、自嘲しているようにも見える笑顔を浮かべ、
「……誰かに覚えてもらいたかった、です」
「…………」
「機械らしくないと、笑いますか?」
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