森を通って

 司令部に顔を出して遠出の許可を取り付け、出立の準備を終えたサヘラは、街の北東の入り口にいた。


 サヘラの傍らには、愛用の電気リバーストライクがあった。荷台にはテントとタープといくつか道具箱がある。


 サヘラがアーマーベストの装備を確認し、リバーストライクに跨り、走り出そうとした時だった。


「サヘラ!」


 エンジニアが走ってきた。


「今日は。見送りはしなくても良いと思うのですが、どうかしましたか?」

「一応、した方がいいなって……いつ会えなくなるか分かったモンじゃないし」

「そうでしょうか?」


 エンジニアの言葉に、サヘラは首を傾げた。


「サヘラが向かう先で壊れるかもしれないし、逆にサヘラが戻るまでに俺が死ぬかもしれないだろ」

「成程。それは、その通りと思います」

「そういう事。半分は『話とけば良かった』って思いたくないおれのエゴもあるけど」


 エンジニアは言いながら肩を竦めた。


端末武器は持ったか?」

「ええ、この通り」


 サヘラがエンジニアに見せた右手には、腕輪が嵌められていた。


「ま、忘れ物する訳ないか」

「では、行ってきますね」

「あ、おう。行ってらっしゃい。死ぬなよ」

「ええ」


 エンジニアが離れるの見てから、サヘラはリバーストライクを発進させた。



§



 街を出発して三時間程北東に走ると、森が見えてきた。

 サヘラはリバーストライクを停めると、アーマーベストのコンパスを確認した。

 進むべき方向に、森はある。


「遠回りは……難しそうですね」


 森は左右に、サヘラの視界の限界まで広がっている。


「ドローンがあれば、もう少し対策を考えるものですが」


 ないものねだりをしてから、サヘラは森に向けてリバーストライクを発進させた。


 森の中に入ると、木々によって太陽光が遮られ、一気に暗くなった。

 サヘラはリバーストライクの速度を落とすと、慎重に進め、すぐに止まった。コンパスで方角を確認し、リバーストライクを発進させる。それを繰り返す作業を始めた。


「…………」


 時々、休憩を兼ねて周囲の音を聞き取る。

 風の音、枝葉が揺れ、擦れる音。鳥や獣の鳴き声や動く音、そして──


「ん……」


 サヘラはバイクから降りると、右手を、『銃のグリップを握る形』にした。


 右手の端末──『量子Quantom観測結果Observation変更Change物体Object召喚Call端末Terminal』、略して『QOCOCTクォコクト』から光が伸びた。光は何本も伸び、一秒もかからずにアサルトライフルの形を象った。それを骨組みにするように色が生まれ、それは本物になった。


 サヘラは弾薬が装填されているの確認しながら振り向き、淡々と言い放つ。


「出てきてください。隠れていても、風の音とで判りますよ」


 二秒経って、周囲の木々の後ろから、五体のロボットが出てきた。人型だが、人間に姿を近付けていない武骨な外見。全員が当然のように銃で武装し、服の類は身に着けていない。代わりに、胴体前面がアーマーベストのような造形になっている。


「気付いてたか」

「トライクを停める度に機械音が聞こえたので、声を掛けてみました」

「で、声を掛けるだけなのにその銃は何だぁ?」

「どんな相手かを判断出来なかったので、念のためです」

「そうだな、オレ達もそうするだろうな」


 リーダー格のロボットが、人間のように嗤う。

 サヘラはそれに反応せず、


「それで、何か用ですか?」

「持ち物、お前の機体ごと全部寄越せ」

「お断りします」


 サヘラはアサルトライフルのセーフティを解除するをした。


「ハッ、この人数で勝てるか? お前はどう見ても戦闘用には見えな──」


 どん!

 

 ロボットのリーダー格が言い切る前に、轟音が聞こえた。


 サヘラが伸ばした右手に、アーマーベストから抜かれた五〇口径の自動拳銃が握られていた。そこから放たれた銃弾が、各ロボットが持っている銃のバレルに一発ずつ叩き込まれていた。

 銃声は、殆ど一発分にしか聞こえなかった。


「帰ってください」


 そう言いながら、腰の後ろに左手を回すサヘラを見て、


「……クソ、行くぞ」


 リーダー格のロボットが指示を出し、仲間を引き連れて去って行った。

 途中でリーダー格が振り返ったが、それ以外は何もしてこなかった。


「……ふう」


 サヘラは、先程まで何も握っていなかった左手を下ろした。ロボット達が去った方向を見ながら、拳銃の弾倉を交換。アサルトライフルは元の場所に戻す形で消去した。


「……真ん中の彼以外、誰も話しませんでしたね」


 サヘラは言いながら、左手を右に九〇度捻り、端末を起動した。野盗らしき集団と遭遇した、という内容に座標を添付した電子文書を作成し、司令部に送信した。


「さて──おや?」


 サヘラはリバーストライクに乗ろうとして中断し、拳銃を抜いて前方の木に向けて二発発砲した。木屑が弾け飛んだ。


「そこにいる誰か。出てきなさい。次は当てます」


 サヘラが脅してから三十秒が経ち、木の後ろから、隠れていたものがおずおずと出てきた。


「う、撃たないで……」

「…………」


 サヘラは、出てきた人物を見て、驚いたかのように瞬きをした。

 出てきたのが、人間ならば十歳にも満たない容姿のアンドロイドだったからだ。


 サヘラは拳銃を構え直し、アンドロイドの少女を問い詰める。


「あなたの名前は何ですか?」

「アガデです……」

「アガデ、ですね。あなたはこんな所で何をしているのです?」

「さ、散歩、です……」

「散歩?」


 サヘラの怪訝な表情を見て、アガデが更に怯える。


「本当なのです、信じてください……」

「一週間の謹慎……いえ、何でもありません」


 サヘラは不意に出てしまった台詞を雑に誤魔化し、拳銃をホルスターに納めた。


「武器らしき物を感知出来ないので、危険でないと判断しました」

「あ、ありがとうございます……」

「礼には及びません。私は、サヘラ・ニム・トロープスと言います。サヘラで構いません」


 サヘラはそう言って、周囲を見回した。

 元々暗かった森が更に暗くなり、西日が木々を縫って森の中を覗いてきた。


「……もうすぐ日没ですか」


 サヘラがリバーストライクの荷台にあるテントに手を掛けると、アガデが話しかけてきた。


「あ、あの、もしよろしければ、私が住んでいる家に来ませんか?」

「家、ですか?」

「はい。私がヒトと一緒に住んでいる場所です。あなたや、あなたの乗り物の充電を出来ると思います」


 サヘラは少し考え、


「分かりました。これは押していきますので、案内を頼めますか?」


 提案に乗る選択をした。


「はい、分かりました!」


 アガデは頷き、歩き始めた。

 サヘラは、リバーストライクの電源を切り、押し歩きを始めた。



§



 サヘラがアガデの後を着いていき、十五分が経った時だった。

 開けた場所に、ログハウスが建っているのが見えてきた。


「あの家ですか?」

「はい! 先に行ってますね!」


 アガデはそう言うと、ログハウスに入っていった。

 サヘラは玄関前の階段までリバーストライクを押し、そこで待機する事にした。

 サヘラが自分とリバーストライクの残りの充電量を確認し、充電出来なかった場合の方針を検討していると、アガデがログハウスが出てきた。


「泊まっていいそうです。充電も提供してくれます」

「本当ですか?」

「はい、バイクも入れていいそうです」


 アガデはそれだけ伝え、ログハウスに戻っていった。


「……では、お言葉に甘えて」


 サヘラはそう言うと、リバーストライクを押して、ログハウスに入った。


「失礼します」


 ログハウスの中は簡素な造りで、シンプルな造形の家具が揃っていた。

 サヘラを見て、椅子に座っている老人が話しかけてきた。


「お前さんか、客のロボットは」

「はい。サヘラ・ニム・トロープスと言います。サヘラで構いません」

「そうかい」


 老人は不機嫌そうな態度だった。


「何か、不都合な事がございますか?」

「いや、別にない。儂の名前は必要か?」

「教えて頂けるのならば、是非」

「リムシュだ」

「ありがとうございます、リムシュさん」

「ふん……」


 一機と一人が会話をしていると、廊下の奥からアガデが出てきた。


「お部屋の準備、終わったよ」

「おお、そうか。……ありがとうな。何でも孫任せにしてしまって」

「ううん、いいの」

「…………」


 サヘラはそのやり取りを見て、


「客室、ですか?」

「ロボットとて、部屋はいるだろう」

「……そういう、ものでしょうか」


 リビングで休息する想定をしていたサヘラは、そう返した。


「そういうものだ」

「そうなのですか……分かりました」

「では、サヘラさん。客室に案内しますね」

「はい、お願いします」


 サヘラがそう言った時、リムシュがサヘラを呼び止めた。


「お前さん……サヘラ、だったか。ちょっといいか?」


「はい、何でしょう?」

「後で少し、話したい事があるのだが、いいか?」


 そう言ったリムシュの表情からは、言葉の意図を理解する事は出来なかった。

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