第一章 鍵を求めて

開けないファイル

 山に囲まれた荒野の真っ只中に、家屋を円形に寄せ集めたような街があった。

 街、と書いたが、ここを住み処としているモノがほぼ全員武装しているため、正確には前線基地が正しいだろう。


 サヘラは街に入ると、大通りを通って真っ直ぐ司令室に向かった。戦闘記録の提出を行うためだ。


「只今戻りました」


 そう言いながら、サヘラは司令室に入った。司令室には、街の長役と通信担当複数体と、“それ以外”の一体。姿形は、頭部カメラが縦に二つ並ぶモノや、腕が四本以上あるモノと、人間からかけ離れている。


 サヘラは左腕の端末を起動し、手早く戦闘記録を提出した。


 長役が小さく頷き、


「確認した。だが、一つ言う事がある」

「何でしょうか? 提出した記録に過不足はないのですが」

「いや、記録には不足はなかった。問題はそこではない」

「どこが問題ですか?」

「今回の場合は、先に武器の方を潰した方が良かっただろう。械獣かいじゅうに取り付く際、撃たれる可能性があったのではないか?」


 そう言われて、サヘラは戦闘記録を再生し、


「……そう、ですね。あの時は賭けをしました。次は参考にしてみます」

「そうしてくれ。こちらからは以上だ。何か質問は?」

「一つだけあります。『まだ戦闘は始めていないか』とは、どういう意味ですか?」

「あ、それは俺から答えるよ」


 通信担当の一体が言った。サヘラと通信していたモノだ。

 長役はそのロボットを見て、小さく頷いた。


「どうも。理由は、前に何回か通信を入れずに戦闘を始めた事があったから」

「…………。ああ、成程」


 サヘラは納得した。


「ありがとうございました。質問は他にないので、これで失礼します」


 サヘラはそう言い、司令部から退出しようとして、


「……なあ、少しいいか?」


 誰かに呼び止められた。

 呼び止めたのは、“それ以外”の一体だった。

 サヘラは振り向くと、部屋の隅で座り込む“それ以外”を見た。


「何でしょうか?」

「ありがとうな」

「はい?」


 礼をされた意味が解らず、サヘラは聞き返した。


「“敵討ち”を、オレの代わりにやってくれて」

「……そう、ですか」

「アイツにされた、野盗達仲間も報われる……。少し人間っぽ過ぎるか?」

「それは、私には判りません」

「そうか……」


 そう言った野盗の生き残りを見て、サヘラはもう少しその機体と会話する事にした。


「……もう一つ、質問したい事があります。

あなた達は何故、械獣をそのまま武器として運用しようとしたのですか?」


 そう聞かれて、野盗の生き残りは首のモーターを小さく鳴らした。人間の顔が付いていたら、自嘲する表情をしているのだろう。


「ああ、理由は単純だよ。多脚型戦車として使おうとしたんだ。ボディが戦車で、入れる空間があっただろう?」

「……そう、ですか」


 返答に困ったサヘラは、頷く事にした。


「人間みたいだって思ってないか?」

「いいえ。そうは思っていないです」

「そうか。……なあ、械獣を回収するって聞いてたが……まさかそのままここまで持って来る事はないよな?」


 そう聞かれて、サヘラは首を横に振った。


「いいえ、部品単位で分解しています」

「そうか……」

「では、これで」

「ああ、そうだ。オレはもう暫くここで世話になる。身の振り方を考えるつもりだ。何かあったらその時は力になるよ」

「分かりました。では何かあれば、その時はよろしくお願いします」



§



 サヘラは消費した弾薬とグレネード、メンテナンス用の布と油を買い、自分の部屋に向かう事にした。

 途中ですれ違ったロボット達と挨拶やちょっとした会話をし、自室の目の前に到着した時の事だった。


「お、サヘラじゃねぇか」


 三十代前半のシステムエンジニアの男(注:この時代では珍しい人間)が、サヘラに話しかけてきた。


「今日は」

「おう。今日はもう上がりか?」


 エンジニアは、サヘラの持つ、先程買った弾薬等を入れた箱を見て言った。


「はい。今日は夜の見回りがないので、セルフメンテナンスを行い、休息スリープモードに入る予定です」

「そうか、お疲れさん。……ところで、左腕は大丈夫なのか?」


 サヘラはそう言われて、左腕の義手を見た。


「大丈夫、とは?」

「あー、ガタがキテるとか、上手く動かせないとかないか?」

「ふむ……」


 サヘラは義手全体を動かし、操作性を確認した。


「そうですね……ほんの僅かですが、反応が悪いですね」

「支障があるか?」

「いえ、そこまでではないです。ただ、メンテナンスやオーバーホールを出来る方は……」

「ああ……」


 一体と一人が黙り、気まずい空気が生まれる。


「……そこまで気になる訳ではないので、まだ大丈夫です。では、これで」


 それを感じ取った訳ではなかったが、サヘラは会話を切り上げる事を選択した。


「あ、おう。修理が必要ならいつでも言ってくれ、な」

「はい」


 頷いて、サヘラは部屋に入った。


 部屋はとても殺風景で、テーブルにノートパソコンや工具箱、部品を入れる箱がある以外には、私物らしい私物はなかった。


 ドアが閉じる音を聞いて、サヘラは髪をうなじで纏めているヘアゴムを解き、下着以外の装備品を全て脱ぎ、それぞれハンガーにかけ、ベッドの側に置いた。


「やりましょうか……」


 サヘラは机の前の椅子に座ると、義手の付け根にある二つのロータリースイッチをそれぞれ“解除Lifted”まで回し、装甲兼カバーを外した。義手本体は、人間の腕の骨を模していた。


「ん……」


 サヘラは押しボタンスイッチを押し、自分と義手の接続を解除した。


「…………」


 サヘラは自分の腕と義手の接続面それぞれにカバーを被せた。


「これを自分で調整出来れば、良いのですが」


 サヘラは義手をそっと撫で、どこか残念そうに言った。義手の仕組みが理解出来ず、サヘラの知らないプログラムでコードが書かれているため、砂埃を取り除く事しか出来る事がないのだ。


「ですが、せめて自分のソフトウェアとセキュリティは、確認をしましょうか」



§


 そうして異常が起きたのは、深夜三時二十二分丁度の事だった。


 ファイルやソフトウェアの確認を終え、サヘラが再起動を完了すると、


「……おや?」


 サヘラの視界の中央に、『エラー:アクセスが拒否されました』、『ファイル名:toumai_la_esprit_ame』と書かれたウィンドウが浮かんでいた。


「はて……?」


 サヘラは小首を傾げ、アプリケーションリストを開いた。一番下まで探しても同じファイル名のものがなかったので、エクスプローラーを開き、ファイル名を直接検索した。


「見つけた」


 ファイルを指でダブルクリックすると、『アクセス拒否』『これらの属性を変更するには管理者の権限が必要です』と書かれたウィンドウが表示された。


「……それは、私では?」


 サヘラの文句が、部屋に虚しく響いた。



§



 エラーを解消するため、朝六時になってから、サヘラはエンジニアに助力を求めた。この街でプログラムや精密機器自分達に一番詳しいのが彼だからだ。


 事情を聞いたエンジニアが四時間格闘した結果、『明らかにエラーを起こしているし、エラー表示が出ているのに、まるでそれを無視するかのように正常に稼働している。意味が解らない』という回答が帰ってきた。


「さて、どうすれば良いのでしょうか……」


 呟いてみたものの、サヘラには解決策が思い付いていなかった。


「おれも知らねぇよぉ……何なんだよこれ……」


 エンジニアが弱音を吐いた。応急措置としてウィンドウをサヘラの視界から消す事は出来たが、それ以上の対策を立てられなかったからだ。


「あ……申し訳ありません」

「いや謝んないでくれ……似た状況は知ってるクセにサヘラの状態を何とかしてやれないおれが悪いんだ……」


 頭を抱えて俯くエンジニアが文句を言った。


「……、……」


 サヘラはもう一度謝ろう口を開き、それを止めて口を閉じた。

 エンジニアは肩を竦め、ノートパソコンを閉じようとして、


「……ああ、そういえば」


 何かを思い出したような表情になって振り返った。


「何でしょうか?」

「サヘラのアカウントとは別のアカウントがあったぞ? 手持ちの設備じゃログイン出来なかったけど……心当たりないか?」

「別のアカウント、ですか? いくつありました?」

「一つだけ……ログインしている形跡が殆ど無かったし、多重人格みたいな状態ではなさそうだけど」


 それを聞いて、サヘラは視線を床に落として考え、目を見開いてエンジニアを見た。


「どうしたよ?」

「一人、心当たりがあります」


 サヘラはそう言って立ち上がった。


「ありがとうございました。失礼します」

「ちょ、ちょっと待て、どこ行く?」


 サヘラの言う事が理解出来ず、エンジニアが引き留めた。


「この状況を解決するために行くべき場所が判りましたので、そちらに」

「どこまで行くんだ?」


 サヘラは、端的に答えた。


「私を造った人が、住んでいた場所です」

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