404ナンバーズの解凍
秋空 脱兎
序章
“カイジュウ”狩り
荒野の岩陰に座り込んでいる女性型ロボットのサヘラ・ニム・トロープスは、岩の向こうで何かが動く音を感知し、スリープモードを解除した。瞼を持ち上げて周囲と天候を確認した。天候は曇り。灰色の雲が太陽を遮っている。それを確認し、抱えているアサルトライフルのセーフティを外し、弾薬の装填を確認した。
最後に、如何にもロボット然とした造形な、左腕の真紅の義手の動作を確認し、行動を開始した。
サヘラが岩陰から顔を左半分だけ出して覗くと、すぐに音の正体を確認出来た。
それは、機械を寄せ集め、ユノハナガニという深海に棲息するカニのような形を取っていた。特筆すべきは、頭胸部が砲塔の折れた戦車、右のハサミが重機関銃を寄せ集めた巨大なガトリング砲になっている事だろうか。
サヘラは顔を引っ込めると、人間でいう左耳の位置にある通信機を起動した。
「HQ、HQ。こちら〝SAHELA〟。どうぞ」
『こちらHQ。まだ戦闘は初めていないな?』
「? はい、まだです」
『そうか。ならいい。要件を言え』
「はい。
械獣とは、字の通り、機械の獣だ。その姿はどれも水生生物に酷似していて、多種多様な形を取る。総じて非常に獰猛で、元の生物に攻撃性が皆無であっても何かしらの武器を持っている。
『了解。戦闘は可能か?』
「可能です」
サヘラは即答した。
『了解。交戦を許可する。タイミングは任せる』
「了解」
サヘラはそう言うと、人間でいう深呼吸を行い、戦闘モードに移行した。
『ああ、それと一つ』
「はい?」
『危険と判断したらすぐに撤退するように。オーバー』
通信は終了した。
「ふむ……?」
サヘラは通信が切られる直前の言葉の意味を考えたが、
「よく解りませんね」
結論が出なかったらしく、思考を中断して武器の再確認を行い、バックパックから無線起爆装置付きのC4爆弾とその起爆スイッチを取り出した。
サヘラは爆弾本体を少しだけ見て、岩陰の向こうへ放り投げた。声に出さずに地面に落ちるまでの時間をカウントし、スイッチを二回続けて押し込んだ。
カニ械獣の左脚側の地面で爆発が起き、ワイヤーの触覚と、左側の脚の内、鋏側から見て二本目と三本目が根元から吹き飛んだ。
サヘラはライフルを持って岩陰から飛びだした。カニ械獣のダメージを確認し、ライフルを構え、瞬時に左側の脚を狙って発砲した。最初に手前、続けて奥の脚を破壊した。
サヘラはカニ械獣が複眼代わりの二つのカメラを自分に向けたのを見て、それらの片方を撃ち抜いた。
カニ械獣が悲鳴にも聞こえる機械音を上げ、右の
それと同時に、サヘラは右に飛ぶように走り出した。
背後から石や砂が弾け飛ぶ音が何重にも重なったものを聞きながら、大岩の影に転がり込んだ。限界まで姿勢を低くし、ベストからスモークグレネードを右手で取り出し、歯で安全ピンを引き抜いて放り投げた。
撃ち落とされる寸前、スモークグレネードから煙が吹き出した。サヘラは極力音を立てないように中腰になると、煙の中を移動し、岩から体を出した。
サヘラはライフルを構え、そのまま発砲した。スコープは覗かなかった。
弾頭は煙を貫き、もう一つの
「良し──」
サヘラが呟いた、次の瞬間。
突如カニ械獣が咆哮し、右の鋏を乱射しながら滅茶苦茶に振り回し始めた。
「っ!」
サヘラは慌てて岩に身を隠した。寸前まで
サヘラは様子を確認しようとしたが、銃弾が雨のように飛んできていたため、流石に出来なかった。
「む……これは、少々まずいかもしれませんね……」
揺れ続ける岩を背もたれにし、解決策を考え、
「……逃げるよりは、安全でしょうか」
そう呟き、誰に相談するでもなく、考え出した作戦を実行する事にした。
サヘラはライフルとバックパックを地面に置くと、立ち上がって振り向き、岩から距離を取った。
そして、岩に向かって走り出した。その途中でブーツから熊のそれのような五本の爪を伸ばし、岩を抉るように駆け上がり、大きく飛び上がった。
カニ械獣は、上方向に向けて射撃をしていなかった。サヘラが行った攻撃が下側からだったからだ。
サヘラはカニ械獣の頭胸部に取り付くと、ハッチを開いて中に足から滑り込んだ。
内部は、太いコードのような物体に覆われていたが、サヘラが二人入れる程度の余裕があった。
サヘラは周囲を確認すると、コードが繋がれている橙色に輝く正十二面体に取り付いた。
「ふっ、うぅ……っ、ああっ‼」
サヘラは限界寸前まで稼働出力を上げ、正十二面体を引き抜いた。そのまま尻餅を突き、正十二面体を手放さないように抱き締める。
直後、カニ械獣の体から悲鳴のような機械音が鳴り響いた。滅茶苦茶に暴れ始めると同時に戦車の底が抜け、サヘラは外に放り出された。
何か重い物が崩れるような音が二度立て続けに聞こえ、それから辺りは静寂に包まれた。
「う……」
サヘラが立ち上がらずに周囲を確認すると、カニ械獣が、腹部を上に向けて動かなくなっていた。
「…………」
サヘラは無言で立ち上がると、カニ械獣の左側に近付いた。
サヘラは通信機を起動し、司令部に連絡を送った。
「HQ、HQ」
『こちらHQ。どうした? 随分静かなようだが』
「対象の沈黙を確認。討伐を完了しました。回収班の派遣をお願いします」
『……そうか。そちらに損傷はあるか?』
どこか安堵しているかのような言い方だった。
サヘラは自分の体を検め、
「いえ、無傷です。どうにかなりました」
『そうか。回収班を派遣する。付近で待機せよ』
「了解。待機場所を見つけたら座標を送ります」
『了解。座標の確認次第、回収班を派遣する。オーバー』
そうして、通信は切断された。
サヘラは深呼吸して戦闘モードを解除し、雨を凌げる岩陰を探し始めた。
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