第35話 あなたにこの弁当を……

 あたしは汚い女だ。嫌な女だ。

 自分でも本当にそう思う。


 昨日も一昨日もずっと迷っていた。

 お弁当を作っては来ていたが、手渡せずにいた。

 四時間目が終わる時は、いつも石になっていた。


 そう、このお弁当は赤御門さんのためじゃない。

 今日で川上純子ちゃんが、兵太にお弁当を作ってきて十日目。

 今日も兵太が彼女の弁当を食べたら、この学校のルールで

  【将来に責任を持ったお付き合い】

 をすることになってしまう。


 そうなってしまったら、

 もはやあたしが兵太と前のように話したり、

 一緒に昼ご飯を食べたり、

 部活がない時はグチを聞いてもらいながら一緒に帰ったり、

 そういう事が全部できなくなってしまう。


 そんなの嫌だ。

 兵太と一緒にいる時間は、あたしにとって大事な時間だったと思う。

 少女マンガによくある「失くして初めて気が付いた」ってやつ?


 でも……

 ここであたしが兵太にお弁当を渡したら、絶対的に悪役だよな……


 あたしは今まで


「兵太なんか関係ない。恋愛感情なんて全くない!」


 って言い続けて来たんだもん。

 川上さんに「兵太にアタックすれば」と焚き付けたのは、他ならぬあたしだし。

 彼女に対しても嘘を言ったことになる。


 そりゃあたしは聖人君子じゃないし、清廉潔白に生きて行こうなんて気持ちは毛頭ない。

 でも人として恥ずかしい事って、あると思う。

 それが心に引っかかって、この二日間、お弁当を出せずにいた。


 昼食の時間になると、逃げるように教室を出て行った。

 誰にも会いたくなかったんだ。


 でも、今日、このまま逃げたら、本当に兵太は川上さんのものになってしまう。

 あたしは強く目を瞑った。


 嫌だ。そんなの嫌だ。やっぱり嫌だ。

 そんな時、教室の前に張ってある、この学校の支援団体でもあるAWSSCの標語が目に入った。

 「全ての女性はあるがままで美しい」だ。


 あたしのあるがままって、美しくないかもしれない。

 だけど、ここで躊躇したら、この先ずっと後悔するかもしれない。


 四時間目終了のチャイムが鳴った!

 あたしの中で凍っていた時間が動き出す。心臓が高鳴った。

 先生が教室を出て行くと、クラスの全員が席を立ち始める。

 その中で兵太も席を立ちあがった。

 教室の後ろを歩いて行く。

 屋上に行くのだ。

 川上純子ちゃんと、一緒にお弁当を食べるために!


 どうする、どうする、どうする、どうする、どうする!


 兵太が、あたしの後ろを通り過ぎようとしている。

 いま、行かせたら、本当に後悔する!


 クソっ!

 「女子たるもの、野獣であれ!」だ!


 あたしは弾かれたように席を立つと、兵太の行く手をふさいだ。

 兵太を睨みつける。

 あたしの全身に、訳がわからないほど力がこもっていた。

 兵太は訳がわからず、唖然とした様子であたしを見た。


 あたしは顔を下げて、弁当を差し出す。


「あたしと一緒に、この弁当を食べてください!!」


 顔が物凄く熱い。

 顔を上げられない。

 クラス中の視線が集まっているような気がした。


 あたしは卑怯だ。卑劣だ。嫌な人間だ。

 それでも、今は兵太と離れたくない。

 誰かに渡したくない!


 クラスがし~んと静まり返っていた。

 顔を上げられないから、兵太の様子はわからない。

 時間の進みが遅くなったような気がした。


 しばらくの沈黙の後……。


「……悪いけど……」


 と、ためらいがちに言う兵太の声が聞こえた。


 その言葉を聞いた瞬間、

 あたしは全身に込められた力が、穴の空いた風船のように抜けていくのを感じた。


……そうだよね、そりゃそうだ。


 今までさんざん

 「ただの幼馴染」「中の上の平均的なヘータ」「恋愛感情なんて無い」

 って言ってきたんだもん。

 誰かと付き合いそうになったからって、やっぱりあたしの方に戻って来てくれって、そりゃムシが良すぎる。

 断られて当然だよな……

 あたしはそう思った。


 だけど、悲しかった。寂しかった。

 胸を突き上げるようものを感じた。

 その思いが込み上げて来て、涙となって目から溢れそうになった。

 下唇を噛んで堪える。


「ちゃんと川上さんに断って来るよ。明日から作って来てほしい」


……えっ?

…………えっ?

………………えっ?


 あたしは呆然として顔を上げた。

 兵太はあたしを見ていたが、少し照れたように視線をそらした。


「ちゃんと川上さんに言ってくるから、明日から一緒に弁当を食べようって、言ってるんだよ」


 あたしの両目から思わず涙が溢れ出した。

 そんなあたしに


「じゃ、後でな」


 と言って、兵太は廊下に出て行った。

 あたしは思わず、その場に立ち尽くして泣きじゃくった。


「美園ぉ~っ!」


 そんなあたしに嬌声を上げながら抱き着いてきた奴がいる。

 如月七海だ。


「やったネ!やっと言ったね!あんたも大人になったんだよ!」


 何が大人なのかわからないけど、あたしはうれしさで一杯で泣き続けた。

 そんなあたしを七海が抱きしめてくれた。


・・・・・


 次の日の昼食。屋上。


「なんだぁ、こりゃぁ?」


 兵太の悲鳴に近い声が響いた。

 あたしはニッコリ笑って言った。


「兵太のための特製弁当だよ!」


 そう、兵太はあたしの手作り弁当のフタを開いたまま、目を見開いて固まっている。

 あたしは丁寧に説明してあげた。


「兵太、背が低いの気にしてるじゃん。だからカルシウムたっぷり、タンパク質たっぷりの弁当にしたんだよ。もちろん栄養バランスも考えてね!」


 そうして一つ一つ指さして説明する。


「ご飯は麦飯ね。それから上に乗っているのがメザシ五匹。鉄分補給のためホウレンソウと鶏レバ。後は卵焼き。もやしの甘酢漬け。ね、栄養バランスもバッチリでしょ?」


 兵太は弁当とあたしの顔を交互に見ながら言った。


「そりゃそうかもしれないけど……赤御門先輩の時と、あまりに落差が激しくないか?麦飯の上にメザシ五匹って、インパクトあり過ぎだろ?刑務所じゃないんだから」


「仕方ないじゃん。もうお金ないんだから!」


 あたしはプーっと頬を膨らませた。


 そんなあたしを見て、兵太もププッと吹き出した。


「まぁ、こういう所も含めてオマエらしいよな」


そして弁当を一口、口に入れる。


「うん、旨いよ!」


 ……も、もしかして、コイツ、ただの味音痴じゃないだろうな?

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あなたにこの弁当を食べさせるまで! 震電みひろ @shinden_novel

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