第34話 あたしは知らなかった……
……ベッドの上であたしは、ゴロゴロしていた。
川上純子ちゃんが兵太にお弁当を渡すようになって、今日で七日目。
あと三回、彼女が兵太に弁当を食べさせたら、
兵太は将来に渡って責任を持つ形で、彼女と付き合うことになる。
そうなったらもう、あたしが兵太と会ったりするのは難しいだろうな。
もちろん兵太は友達だ。
幼なじみだ。
兵太が、川上純子ちゃんと付き合うことになったからって、あたしと会っちゃいけない訳じゃない。
恋愛と友情は別のはずだ!
しかし……
この言葉に納得できる彼女って、どのくらいいるんだろう?
仮にあたしに彼氏がいるとして、その彼氏が、女友達としょっちゅう二人きりで、会ったり話したりしてるとしたら、あたしは笑って許せるだろうか?
たぶん、許せないと思う。
最初は我慢していても、いつか爆発してしまう気がする。
ハアァ、なんで川上さんに
「兵太にアタックしなよ」なんて言っちゃったんだろ。
あんな事さえ、言わなきゃ……
でもこれも、あたしの我儘な考えなんだよね。
「自分は赤御門先輩にアタックするけど、兵太は身近にいて欲しい」なんて。
ブゥゥ、ブゥゥ……!
突然、スマホが鳴りだした。
あたしはビックリして飛び起きる。
一瞬「兵太か?」って期待したが、スマホに映った文字は「鈴ちゃん」となっている。
鈴ちゃんの本名は「浜本鈴音」で、あたしの中学時代の一番仲が良かった子だ。
あたしはスマホを取った。
「美園?久しぶり!元気にしてた?」
鈴ちゃんの懐かしい声が響いた。
「うん、久しぶり。鈴ちゃんは?」
「あたしはマァマァかな。高校生活もまぁそれなり、って感じ」
「あたしもだよ。高校生も期待していたほどじゃないかなって……」
あたし達は、その後十五分ほど、お互いに知り合いの近況について話し合った。
「そう言えば美園、中上君はどうしてる?」
鈴ちゃんが話題を、兵太の事に振って来た。
まぁ、この話の流れなら、そうなるわな。
「うん、兵太も元気だよ。部活に燃えてる」
「ふ~ん……」
鈴ちゃんは、後に疑問符がつくような調子で言った。
そしてしばらく
「美園は、中上君と付き合っていないの?」
「別に付きあってなんかいないよ。なんで?」
あたしは出来るだけ平静な調子で返答した。
本当は、今はあんまりその話題に触れて欲しくないんだけど……
だが鈴ちゃんの電話は、そこが本題だったらしい。
「あのさ、気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど。あたし、見たんだ。中上君が他の女の子と楽しそうに話しながら歩いているの」
心臓がズキッと痛んだ。
だがあたしはあくまで平気な声で答える。
「ああ、それ多分、兵太の彼女になりそうな子だよ。背のちっちゃい可愛い娘でしょ?川上さんって言うんだけど」
「美園は知ってたんだ?それならいいけど……」
鈴ちゃんはしばらく沈黙していた。
そしてこう続けた。
「美園、それで本当にいいの?後悔しないの?」
ええい!なんであたしの仲のいい娘はみんな、あたしと兵太をくっつけたがるんだ?
あたしだって後悔してるよ!
このまま兵太と、ずーっと会ったり話したり出来なくなるのは、イヤだって思ってるんだよ!
だけど「あたしは兵太が好きだ!」って言い切る自信も無いんだよ!
それに今更、兵太に「川上さんと付き合うのは止めてくれ!」なんて、言える立場でも義理でもないんだ!
あたしの沈黙をどう捕えたのか、鈴ちゃんはこう言った。
「あたしは、高校に行ったら美園と中上君は付き合うと思っていたよ。お似合いの二人だしね」
「あたしと兵太が?」
以前ならそんな事を言われたら全否定したが、今はそんな気分になれない。
「そうだよ。それに中上君に告白した子って何人かいるんだけど、全員『俺は好きな子がいるから』って断られていたんだ。みんなそれは美園だって思っているよ」
兵太が中学時代に、それなりにモテていたことは知っていたが、そんな風に答えていたとは知らなかった。
鈴ちゃんはなおも続けた。
「それだけじゃないよ。中上君が慈円多学園を受けたのだって、美園が行くからなんだよ」
「あたしが行くから?」
思わず絶句した。
いや、中二の終わりに確かに「高校はどこに行くんだ?」と兵太に聞かれて「慈円多学園」って答えた時、アイツは「じゃあ、俺もそこにしようかな?」とか言っていた。
その時、あたしは
「あのね、慈円多学園って物凄く難しくて、そんなに誰でも簡単に行ける学校じゃない!」
って、怒った記憶がある。
それまでも学年で10番以内をキープしていたあたしと違って、兵太はまさしく「中の上」の成績だったからだ。
だがその後、兵太はメキメキと実力を付け、三年二学期の中間テストでは学年5番にまでのし上がって来たのだ。
「そうだよ。バスケ部の男子が中上君に『どうして慈円多学園に行きたいんだ?』って聞いたら、中上君は『一緒にいたい奴がいるから』って答えたんだって。それって美園しかいないじゃん」
そんな、そんな風に兵太は、あたしの事を思っていてくれたなんて……
あたしはそんな事、全然知らなかった。
だってあたしが、兵太に慈円多学園を受ける理由を聞いた時は
「母親も喜んでいたから」
って答えていたのに。
「美園は、そんなにも思ってくれる男子がいるのに、それを手放しちゃっていいのか?って話だよ」
その後、鈴ちゃんと何を話したか、よく覚えていない。
割とすぐに電話を切ったと思う。
電話を切った後、あたしはしばらく一人呆然としていた。
もし、彼女の言うように、
本当に兵太がそんなにあたしの事を思ってくれていたとしたら……
あたしは兵太に、なんて残酷なことをしたんだろう。
あたしに、兵太に何かを言える資格は、あるんだろうか?
・・・・・
翌朝、五時四〇分。
あたしは無理矢理、ベッドから起き上がった。
目覚まし時計はキチンと四時四五分に鳴ったのだが、
あたしが「もう五分、もう五分」とズルズル時間を引き伸ばしていたのだ。
昨夜の鈴ちゃんの電話から、ずっと考えだけが頭の中をグルグルと駆け巡って、中々眠れなかった。
だが昨日、如月七海に「あしたからは弁当を作ってレースに参戦する」と言った手前、ともかく弁当を作ろうと思う。
重い身体を引き摺り、寝ぼけ眼でキッチンに立つ。
だが、どんな弁当を作ろうか、何も思い浮かんで来ない。
そのままボーっと、キッチンに五分くらい佇んでしまった。
とりあえずご飯は詰めるか、と思って弁当箱に白いご飯を詰める。
あれ?弁当箱に白米だけを全部、詰め込んでしまった。
これじゃあ白米弁当だ。
この真っ白な弁当を出したら、さすがに赤御門様も、他の女子も、ビックリするだろうな。ハハハ。
自分で笑っていて、虚しさが増した。
弁当って誰かが食べてくれるからこそ、張り合いがあるんだよね・・・・・・
屋上で弁当箱を開けて、目を輝かせる兵太の姿が思い浮かぶ。
いつも「旨い!」と言って食べてくれていた兵太。
アイツは、昼飯まで空腹が持たない奴だったからなぁ。
アタシの弁当を、さぞや楽しみにしていたんだろうな。
じわっ
涙が浮かんだ。
あたしは誰のために弁当を作っていたんだろう。
本当に
「渡せるかどうかわからない、赤御門先輩のために弁当を作っていた」
のだろうか?
どれだけ一生懸命に作っても、捨てられてしまう可能性が高い弁当のために、あそこまで労力をかけられただろうか?
「うん、旨い!」
そう言う兵太の声が思い出される。
涙が表面張力に負けた。
ポト
と床に落ちる。
もうあたしのお弁当は、兵太に食べてもらうことは無いんだろうか?
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