第33話 戦線離脱……

「みその~、美園ってば!」


 如月七海が苛立ったように、あたしを呼んだ。


「んあ?」


 あたしはぼんやりと返事をする。

 焦点の合わない目で七海を見た。


「『んあ?』じゃないでしょー。さっきから話しかけてるのに!」


 そしてあたしの机の上を指さした。


「あんた、本当にお昼ご飯はそれだけ?」


 今は昼食の時間だ。

 そしてあたしの目の前にあるのは、食パン一枚と紅茶の入った水筒のみ。

 食パンは何も塗っていない、ただの食パンだ。


「んあ」


 あたしはさっきと同じ音を発声した。

 今度は「返事する気がないイエス」の意味だ。


 七海は顔をしかめて、ボリボリと頭を掻いた。

 「勘弁してよ」という様子だ。


「あたし達、まだ十代なんだよ?成長期なんだよ?そんな乙女の昼飯が食パンのみじゃ、身が持たないでしょーが。胸だって小さくなっちゃうよ。痩せる時は胸から痩せるんだからね!」

 あたしは七海のお小言を聞きながら、ハムスターのようにモショモショと食パンを齧った。


 ふん、別にいいもんね!

 胸くらい小さくなったって。

 どうせ見せる相手もいないんだし。

 あたしは男なんかに頼らず、一生をキャリア・ウーマンとして生きるんだ。

 現実の三次元の男なんて、面倒臭い!

 乙女の必死な想いもわからない男共なんて、コッチから願い下げだ!

 乙女ゲーの二次元イケメン・キャラの方が、ずっと優しいよ!


 そんな時、あたしの気力を削ぐ存在が、もう一つやって来た。

 可愛いらしいお弁当箱を二つ胸に抱いて、教室の入り口に現れたのは、これまた可愛いらしい川上純子ちゃんだ。


「中上くん……」


 彼女は恥ずかしそうに小さめの声で兵太を呼んだ。

 兵太は慌てて席を立ち上がる。

 四時間目の問題が解き終わってなくて、時間までに屋上に行けなかったのだろう。

 少しオドオドした様子で、慌てて教室を出ていく。

 なんか一瞬、あたしの方を見たような気がしたが?


「ご、ゴメン。すぐに行くよ……」


 そこまでの会話が耳に入ったところで、二人は廊下に消えていった。


 ハァ~、仲がいい事で、よろしいござんすね。

 七海がそんな二人の様子を見ながら言った。


「まぁ、美園がやる気を無くすのもわかるけどね。中上君があれじゃあね」


 あたしはチラっとだけど、七海を睨んだ。


 あたしのやる気が出ないのは、兵太とは関係ない!

 赤御門様が「あたしの超高級傑作弁当より、そこらのラーメンを選んだ」からだ。

 あの弁当には、純粋に万単位の材料費がかかっているのに、一杯七~八百円のラーメンに負けるなんて!

 こんな目に合ったら、イエス様でも十字架から降りてきてフテ寝するだろう。


「もう六日目だよね。あと四回連続で弁当食べたら、中上君は完全に川上さんのモノになるんだよね」


 その七海の言葉に、あたしの耳がピクッと反応した。

 そうか、もう六日もお届け弁当が続いているのか。

 兵太が川上さんの弁当を食べるようになってから、あたしは兵太と話していない。

弁当の事が無ければ特に話すことも無いし、川上さんにも悪いし。

 兵太とは幼稚園からの付き合いだが、幼なじみって意外と脆い存在なんだな。


「いいの、このままで?」


「何が?」


「中上君と川上さんのことだよ。このまま中上君を取られちゃっていいのか、ってこと!」


 七海は心配そうに聞いてくる。

 だが余計なお世話だ。

 あたしと兵太の間に、恋愛感情は無い。

 それに兵太が誰を彼女に選ぶかなんて、アイツの自由だ。

 あたしには関係ない。


「別に」


 あたしは食パンの耳だけ残した。

 水筒から紅茶を飲む。

 もはや自分の弁当を作る気力すら起こらない。

 またもや七海が呆れ顔で言った。


「アンタも本当に極端だよね。この前まで、あんなに力入れて弁当作っていたのに」


「うるさいわね。今はちょっと休んでいるだけなの!明日からまたお弁当作って、レースに参加するわよ!」


 そう言って、水筒に残った最後の紅茶を飲み干す。


 そう、今はちょっと休憩しているだけなのだ。

 誰にだって充電期間は必要だ。

 気力が回復すれば、また以前のような力作弁当を……


……あたしは、本当に作れるんだろうか?

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