いつかきっと
増田朋美
いつかきっと
いつかきっと
穏やかな日であった。誰の家でも、普通に暮らしていて、普通に暮らせているしあわせを味わって居られるはずだった。そういうことになる筈だった。でも、それが通用しない、一つの家があった。須藤家である。
ある日、須藤家の隣の家、つまり乾家に住んでいる夫人が、回覧板を届けるために、須藤家に行った時の事であった。
インターフォンを押すと、出てきたのはいつもの可愛らしい感じの姉ちゃんではなくて、ちょっと潰れたボールみたいな顔をしたブッチャーだった。
「あ、乾さん。どうも有難うございます。」
「はい、回覧板です。よろしくお願いします。」
乾さんは、そういって、ブッチャーに回覧板を渡した。
「聰君よね。どうしたの?馬鹿にこの家が殺風景になっているようだけど?」
乾さんは、ちょっと心配になっていった。
「ああ、すみません。ちょっと、片付けちゃったんで。」
と、ブッチャーは言ったが、玄関先に貼られていた油絵も撤去されているし、下駄箱の上に置かれている、花束も撤去されている。
「片付けちゃったの?可愛いお花なのに?」
乾さんは、残念そうに言ったが、さすがにブッチャーも姉が暴れて壊してしまったとはいえず、ちょっと黙って、首を垂れているだけであった。
「最近、とても静かになったわね。少し、楽になれるんじゃないの。」
「いやあ、すみません。俺がちょっと掃除をするためにどかしただけの事です。」
「そう。じゃあ、回覧板よろしくね。すぐに帰るから。」
乾さんは其れだけ言って、そそくさと家にかえって行った。
乾さんが家に帰ると、夫が、テレビを眺めて、煙草を吸っていた。
「ただいま。」
夫は、何もいわずおう、としかいわないで、自分の方も向こうともしない。本当にそういう所は嫌な人だなと思う。
「あの、食事たべたの?」
「おう。」
「じゃあ、味はどうだった?」
「別に、普通。」
そういう事しかいわない夫を、乾さんは、がっかりした顔で、暫く見ているしかなかった。
「おいおまえ、今、回覧板届けに行ってきたのか?」
と、乾さんの夫はそんなことを言った。
「まあそうよ。隣の須藤さんの家。ちょっと変わっちゃったわね。あの家。何だか、家の壁にかかっていた絵も、下駄箱に置いてあった置物も、なくなってたのよ。坊ちゃんは、掃除するために撤去したていうけど、、、。」
「ああ、隣か。あの家の姉ちゃんは、ちょっと頭が変な奴でなあ。きっと暴れて壊したんだろう。そういうことは、なかなか他人に言えないだろうが。」
と、夫は、ぼそっと言った。
「頭がおかしい?それは、ちょっと可哀そうじゃないの。それでは、何かあったのかしら?」
乾さんは、ちょっと心配になった。
「頭がおかしいって、なにかあったの?」
「聞くもんじゃないよ。他人の話に一度や二度で、解決できる何てことはないんだからな。」
と、夫は、そういった。
「ちょっと、そういう事じゃないでしょう。だって、暴れて壊した何て、普通じゃないでしょ?」
「そうそう。普通じゃない。そうして暴れるんだから、違法薬物でもやっているのかもしれない。」
「違法薬物!」
乾さんはびっくりしておもわず声をあげたが。
「大丈夫さ。隣の姉ちゃんなら、引っ越したぞ。たしか、製鉄所という大渕の施設に預けられている
そうだ良かったな。これでもう安心だ。二度と暴れて、大騒ぎされる事もなくなる。」
と、夫は言った。
「それでは、あたしたちも、須藤さんの声を聞かなくてもいいってわけ?」
「そうだよ。いいじゃないか。やっと平和になっただろ。それでは、あの姉ちゃんが大暴れして物を壊す音とか、そういうことを聞かなくてもいいじゃないか。それでおまえも、静かに平和に過ごせるってもんだ。」
夫はそういうことをいうが、乾さんはどうしても納得できない内容であった。須藤さんたち、違法薬物かどうかは知らないけれど、確かあのお姉さんは、なにか精神的な病気があると聞いた。
夫は、その人が、引っ越して喜んでくれているが、乾さんは、そうは思えない理由があった。
実は、そういわれて納得できない理由というものがあったからである。
乾さんの母は、彼女がここに嫁ぐ前に認知症になった。お風呂で髪をあらうのを怖がって暴れたり、道路を徘徊したり、スーパーで、包装紙に入ったままの食べ物をたべたり。いろんなことを、つまり悪事をやった。でも、乾さんは、母について、どうしても嫌いになれなかった。だって、どんなに廃人になっても、母は母だから。
だから、須藤さんたちもそういう事ではないかと思う。引っ越したということだけど、その意味は分かる。若しかたら、というか多分きっと、病院に搬送されて行ったのではないか。子どもの頃も、そうだった。その時、父親が言った。
「お母さんは、引っ越して行ったんだよ。良くなったらそのうち帰ってくるさ。」
母は、若年性アルツハイマーであった。だから、乾さんも印象的であったのだ。それだけ若いということんだろうけど、乾さんは、母のことは、強烈に覚えていた。だから、いろんな記憶が色々思いだせる。
そして、その先に何がおこったか。私が体験したことは、もうれつな悲しみだった。お母さんを最後まで見てやれなかった、後悔と、悲しみとの二つの感情である。
お母さんを施設に預けてしまうというのは、私たちは楽になれるけれど、申し訳ない気持が、私を苦しめた。それは、お母さんが施設でなくなるまで続いた。そして、お母さんが、なくなったとき、お父さんは、私にこういったよね。
「これでよかったな。」
と。
其れだけはしたくなかった。
あたしは、お母さんのこと助けてやりたかったけど、結局何も出来なかったな。
あの、須藤さんたちも、同じ気持なのではないだろうか。同じ気持ちにはなってほしくないな。
だからあのブッチャー君、聰君も、落ち込んでいたのではないだろうか。
「あたしにも出来る事はないかな。」
と、乾さんは、静かに言ったのだった。
あたしのようなモノは、何の力になれないかもしれないけど、あたしは、何かしてやりたい。あたしの母の時のように、ああいうふうに、罪悪感をほかの人に与えてはならない。
いつかきっとでは遅すぎる、それでは、いけない。
「あたしにも、須藤さんたちに出来る事を探そう。」
乾さんは、そう決断したのだった。
いつかきっと 増田朋美 @masubuchi4996
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