ハナノコウジョウ

ゆべし

ハナノコウジョウ

 花が、咲かなかったのが悪い。


 花が、咲いちゃったのが悪い。


 私は何もしていない。気づいたころには、辺り一面が赤く濁って染色されていた。花が私の兄を殺していた。


 花はみんなを殺していた。気づいたころには、私だけしか生きてはいなかった。

 否、私も生きているとは言えないのだから、その場所には最早誰一人として生存していなかった、というのが正しいのかもしれない。


 いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


 私はそう、絶叫していた。


 そして、次に意識を取り戻したときの私は、金属の鎖につながれていた。そこは、太陽の光なんて一筋も当たりっこない、そんな場所だ。それはまるで、禁じられた遊びに手を出してしまった子供を一括りにしたような場所であった。禁断の実験に手を染めてしまった工場、そんな表現がこの空間にはお似合いだろう。

 そんな空間に私はいた。そばにいる人間は、ころころと不規則的に変わっていく無機質な監視官だけである。他の人なんて、来るはずもない。


 これは、そんな私という『花の物語』である。花という『私の物語』である。私は花で、花は私だ。また、花といっても咲くだけで喜ばれるような可愛らしいものではない。いるだけで忌み嫌われるような、そういった花である。

 花は、私は、ヒト喰い花だ。



✾ ✾ ✾



 あの日から、花は完全に私の体内に住み着いてしまっている。それがいることはもう既に違和感なんてなく、完全に一体化しているのだということが考えなくても分かってしまう。それがただひたすらに、心から憎らしかった。


 今日は、監視官の入れ替わる日だったようだ。今までの監視官とは打って変わって、幼い顔立ちの男が部屋に入ってくる。

 「白石華ちゃん、初めまして!下総宵と申します」

「何で私の名前を?」

「あれ、他の方には呼ばれていなかったのですか?」

「うん」

 今までの監視官たちは、私のことを『ヒト喰い』と呼んでいた。そう呼ばれすぎて、むしろそちらの方が本名のように感じてきた矢先懐かしい私の本当の名前で話しかけられた。

 私は、何年振りかも分からないくらい久しぶりに、少しだけではあるが驚いた。その男からは、新しい風のようなものを感じることができた。


 「それで、しもう……」

「下総宵です。宵で良いですよ」

「宵はなんで私の名前を知ってたの?」

「それは、監視に配属されたのですから当然です。にしても、あなたが人を殺すような危険な存在に到底見えないというのは俺だけなんですかね?」

 人を殺すのは私だけど、私の中の花がのだと説明しようと思ったが、植物に寄生されていない人間にそのことを言っても伝わるわけがない。だから私は無言を貫くことにした。

 「やっぱり答えづらい事とかだったりするんですかね?聞いてしまって何だかすみません」

「別に。ただ、言っても分からないだろうと思った」

「ええ……。気を使った俺が悪かったやつじゃねえか、これ。まあ別に良いんですけどね」

 こういう時にどういう返事をするのが正しいのか。幼少期の記憶を辿ることにした。走馬灯のように長い道のりを頭の中でスキップしながら歩いて行って、答えに見える場所にたどり着く。


 「ごめん、なさい?」

「疑問符は余計ですが、さして気にしていないので大丈夫ですよ。あの人たちの方がもっと酷いこと言ってきますし」

「あの人たち?」

「俺の上官です。俺がこの経歴で今の立ち位置にいるのが気に食わないらしく」

 この人もいびられているのか、と謎の共感を覚えた気がしたが、そのわけはよく分からなかった。この人と私は違うのに、何故同じだと思ってしまうのか、自分でも理解ができなかった。



✾ ✾ ✾



 「ところで、花に寄生されるってどんな感じなんですか?」

「ずっとだから分からない」

「そうなんですね!」


 「そう言えば、好きな食べ物とかってなんですか?」

「点滴しか記憶にない」

「そうなんですか」


 「えっとじゃあ、趣味とかって?」

「どうなんだろ」

「……そう、なんですね」


 宵は話題を振ってくれるのだが、私が対話に慣れていないせいで会話は途絶え途絶えになってしまう。

 ここは私から質問しに行った方が良いのだろうか?私は少しの勇気を絞ってみることにした。


 「宵は、外の世界だとどんな場所が好きなの?夕陽がきれいなところとか、海が見えるところとか」

「屋外ですか。懐かしいな」

「どういうこと?」

 私がそう聞くと、宵は言葉を詰まらせた。でも大きく深呼吸をすると、こちらに向きを直してくれる。

 「実は数年前から、外は紛争状態で。中々外を出歩くことができないんですよ」

「数年前からってことは大きい紛争なの?」

「いえ。ただ、お互いに決め打てるだけの戦力を持っていないので完全な消耗戦になっていますね」

 消耗戦、嫌な響きだ。お互いをすり減らして、さら地を二つ生み出すだけの無意味なものなのに。


 「なんでそんなことになってるの?」

「両国ともがあなたのような、植物に住まわれた人間を兵器として運用できると思っているからじゃないでしょうか」

「どうやって?自分でもコントロールできないのに」

「そこを今、研究しているらしいです」

 自分でコントロールできないものが、他人の関与でどうにかなるようなものだろうか。いや、なるはずがない。

 「ふぅーん、そっか」

私は、心底興味なさそうにそうボヤいた。実際、興味なんて欠片もない。ただ、少し不安に思うだけだ。



🍂 🍂 🍂



 華ちゃんのことを最初のうちは、とても変な子だと思っていた。何を考えているかもよく分からない。感情がつかめない。何に対しても不愛想。そんな感じで、好感は持てなかった。

 だがそれら全ての事柄が、俺の所属する組織の生み出してしまった悲劇だと思うとひどく切ない。でも、実際そうなのだ。俺達政府軍のせいで、華ちゃんはこうなってしまったのだ。


 華ちゃんと話している内に、彼女のことが少しだけ分かってきた気がする。

 華ちゃんは他人を知らないのだ。否、忘れてしまっていると言った方が正しいのかもしれない。彼女はながらく、他人とのコミュニケーションをしていないせいで対話の仕方を見失ってしまっているのだろう。


 「仲良くしたいと思うんだけどな。」

俺は、気持ちよさそうにすやすやと眠っている華ちゃんをぼんやりと眺めながらそう言った。

 こうしていると、華ちゃんはどう見てもごくごく普通の女の子なんだな、と思えてくる。そしてその思いに、どこからともなくふつふつとした感情が沸き上がってくる。


 俺は、自分はなんて恵まれていないんだろうと思って生きてきた。俺の親は政府軍の大将で、すぐに昇格出来て親の七光りだのなんだのと言われ続けてきた。でも、親の恩恵からの良いことなんて何もなかった。ただいびられ続けるだけの毎日。常日頃当たり前のようにそれは続いており、悲しみに浸る暇すらも見当たらなかった。

 確かに、世間一般からすれば俺は、恵まれない一人に入るのであろう。けれど、華ちゃんはそれを何層も塗り替えてきた。恵まれない、だけで済むものではない。華ちゃんの人生は本当に杜撰だ。

 だから、俺がついてやれる時だけでも彼女には平穏な日々を過ごしていてほしいと思った。


 平穏な毎日を過ごしてほしいと思っていたんだ。



✾  ✾ ✾




 私はふと唐突に、あの日の事を思い出した。そして、宵にならその事を話しても良いのではないかと思っていた。


 「宵、聞いてほしい話がある」

「どうしたんだ?」

「私の昔の話、聞いてほしい」

 私がそう言うと、宵はびっくりした顔をした。でも、その後は小さく無言でうなずいてくれた。


 「少し長いんだけどね……」

 嫌味のない程度にしっかりと相槌を打ってくれる宵の前で、私は落ち着いて話をすることが出来た。

 私は、気づいたころにはあの日の事をたくさん話していた。花が暴走して、実の兄や、その他大勢の人を殺してしまっていた事。気づいたころにはこの部屋にいたという事。


 「人なんて誰も殺したくなかった。誰も死んでほしくなんてなかった。そんなんなら私もいっしょに死んでしまっていた方がずっとマシだった。なのに私は死んでなかったし死ねていなかった。それでこんな場所に入れられていた。望んでもいないのに生かされて管理されていた」

 言葉は、留まろうとしてくれなかった。滝の中の流水のように、止まるなんてことを知らなそうだった。


 「私はもう絶対に、人を殺したくなんかない!」


 私が一番言いたかったのは、多分この一言なんだろうな。



🍂 🍂 🍂



 華ちゃんの監視に配属されてから、数か月分の七曜表がめくられた。

出会った日と比べると、華ちゃんは大分人間らしさを取り戻していた。最近では冗談も言うようになったし、俺が滑稽な真似をするたびによく笑ってくれる。


 そんなこんなで、穏やかな一日一日を過ごしていると、突如父親からの、政府軍の長からの呼び出しがかかった。何やら会議があるらしい。

 「ったく、面倒くせえな」

「どこか行くの?」

「ああ、大将に呼ばれた。話し合いだってよ」

「お話し合いに行くのに何で機嫌悪いの?」

「大人だからな」

 華ちゃんが、まだまだ子供だと言ってくるがそれは無視をしておく。

 「取り敢えず行ってくるな」

いってらっしゃい、と呑気に手のひらを振ってくる華ちゃんを横目に見ながら、俺は彼女の監獄を出て行った。

 何だか少しだけ気になる胸騒ぎは、どこか出来るだけ遠くに追いやって、出来るだけ視界に触れない様にする。



🍂 🍂 🍂



 「やあ、遅かったじゃあないか。十二秒の遅刻だ」

「大変失礼いたしました。この過ちは次の機会で必ずや……」

「いいや、良いんだよ別に。相模君だってまだ来ていないわけだし」

「え、珍しいですね。ところで、今日は下総大将と相模中将のみしかいらっしゃらないのですか?」

 会議室に入ったときから気になってはいたのだが、部屋には父親ただ一人しかいなかった。そしてそこに、相模中将が遅れてくるという。実質上のツートップがこの空間にそろい踏みするのだ。そんな場所になぜ俺が呼ばれたのであろうか?

 俺の軍での階級は少尉だ。ここに揃うであろう他の二人と比べるとかなり下の階級となる。


 「誠に恐縮なのですが、何故私がこの場所に?」

俺がそう問いかけると、下総大将は俺の嫌いな顔面で微笑んだ。

 「君に、君の監視している『ヒト喰い』に関係のある話だからね」

 大将がそう言った瞬間、先ほどの俺の胸騒ぎの正体が何なのかが分かった気がした。



🍂 🍂 🍂



 俺の後ろの扉が、ガタンと乱暴に開かれた。ぶっきらぼうな顔をした中将が部屋に入ってくる。

 「遅いよ、相模君。七分の遅刻だ」

「すみません、下総大将!少々野暮用がございまして」

「言い訳はいらん。ではまあ、本題に取り掛かろうか。今後の戦況の要となる、『ヒト喰い』の兵器運用についてだ」

 俺の胸騒ぎの正体を、実の父親はまんまと俺に突き付けてきた。


 倫理的な問題と称し、コントロールできないことから目をそらして今までは運用してこなかった、植物に寄生された人間を兵器にするという行為。それを大将はやると言った。

 「確か敵陣の中心で自爆させるんでしたっけ?」

中将が、にやにやと嫌な笑みを浮かべながらそう言った。

 「自爆?本気なのですか?大将!」

「当然だとも。このまま戦争が続くのでは犠牲も増え続けるだろう。合理的な判断だよ。」

合理的、利己的の間違えじゃないだろうか。そう思ってしまうのは華ちゃんに情を持ってしまったからなのだろうか。


 ただ、一つ引っかかっている事がある。最初から気になっていたことだが、今となっても理由が分からない。

 「下総大将、なぜ俺はこの場所に呼ばれたのでしょうか?」

「それは仕事を頼むためだよ」

 大将が余りにも不敵な笑みを浮かべるので、俺は心底嫌な気持ちになった。

 「その仕事、っていうのは何なのですか?」

「『ヒト喰い』の説得だよ。相手の合意が無いと植物は使えないらしいからね。そしてその説得には現役の監視官である君が適任だというわけだ」

 これに反論をするのは労力の無駄だ。反抗は時間の浪費だ。だから臆病者の俺にはそれができない。


 俺は職務を全うしようと決めてしまったんだ。



✾ ✾ ✾



 私の牢獄に返ってきた宵は、いつもとなにやら様子が違っていた。目が妙に座っている。嫌な顔をしている。

 「何?」

「俺から華ちゃんに、一つ話があるんだよ」


 先ほど、宵が嫌な顔をしていると言ったが、もともとこんな顔だったのかもしれない。いな、きっとそうだったのだろう。

優しそうなフリをしていて、私が気づけなかっただけである。そう思えば幾分か楽だ。裏切られただなんて思いたくもない。

 話を、少し前の時間に戻そうか。



✾ ✾ ✾



 私の部屋に、見知らぬ男が入ってきた。新しい監視官だろうか。

 「辛気臭いとこだねえ。あのお坊ちゃんにはお似合いだ。お、いたいた!君が華ちゃんかあ。思ってた以上に可愛いねえ」

「新しい監視官じゃないの?」

「ん?俺は違うよお。ただ少し忠告をしに来ただけ」

私が首を傾げると、その人は嬉々とした表情をした。

 「下総宵が君を兵器として政府に売るから注意してねって話だよお」

「え?どういうこと!」

「びっくりしてても可愛いねえ。そのままの意味だよ」


 私は、二の句を紡ぐことができなかった。宵がそんなことするはず無い、と思うのは私の人生経験が少ないからなのだろうか。どうせそうなのだろう。


 「まあ、気を付けた方が良いと思うよお!それじゃあね、華ちゃん」

 私がコクリと頷いたのを見たや否や、その見知らぬ人は私の牢獄を出て行った。



✾ ✾ ✾



 そんな話を聞いてしまって、一番信じている人が信じられなくなってしまって、もう頭の中が何もかもぐしゃぐしゃになってしまった。ぐしゃぐしゃを水のりにべったりつけて、全部元に戻ってくれなそうな調子になってしまった。

 いつもの調子で話しかけてくる宵が、いつも通り過ぎてイライラした。少しくらい申し訳なさげにしてくれたって良いじゃないかと思った。

 「宵と話したくない」

 私はそう言って、私は宵との間に目では見えないけれど、心では見える盾を張り巡らせた。一瞬、宵が驚いたような顔をしてくるがそれは無視する。だってもう、遅いもの。


 私に突き放された宵は、何かを言いかけようとして止めてしまった。弁明でもしようと思ったのだろうか?まあ、そんなことはもうどうでも良い。


 宵が部屋を出ていくとき、少し寂しげな表情をしていた気がする。でもそれはきっと気のせいだ。ただの勘違いだ。


 「そんな表情するくらいなら、優しいか優しくないかはっきりしてよ……」

私は負け惜しみのようにそう呟いていた。誰でもなく誰かさんに向けて。

 私の声は空気に摩擦して何事もなかったかのように消え失せてしまっていた。



🍂 🍂 🍂



 俺は、華ちゃんの心から切り離されてしまっていた。彼女と共存している花を、兵器としようとしたことを感づかれたのだろうか?彼女は、ひどく冷めた目をしていたような気がする。

 だがそんな状況に置かれても、仕事が失敗したらどうしようかと考えている自分が恐ろしく嫌だ。嫌で嫌いで大嫌いだ。


 でも、どうしたらいいのかが分からない。何をするのが正解なのかが分からない。苦悩が積りに積もってもう訳が分からなくなってしまった。

 「どうすればいいんだよ……」

誰に言ったわけでも無い。自分に言い聞かせた。言い聞かせても何も変わらないのだけどそれ以外の手立ても思いつかない。


 イライラして、つい舌打ちをしてしまった俺に話しかける声が背後から聞こえた。相模中将だ。

「唯一のお友達に見放される気分はどうかなあ、お坊ちゃん」

「お前!華ちゃんに何か吹き込んだのか?」

 そうだとしたら合点が行く。対人関係に疎そうな華ちゃんが、そういったことをすぐさま察せる訳がない。きっとそうだ、そうなんだ。


 「お坊ちゃんは、そんな風に思うのかあ。俺は華ちゃんに、本当のことを教えてあげただけだよお。現に君は、仕事をやるって決めたんだよねえ?」

 相模中将の言葉に、俺は何も返すことが出来なかった。返さないのではなく返せなかった。



🍂 🍂 🍂



 職務の全うができなかった俺への見せしめとして、敵陣への突撃作戦が決行されることになった。

その中での隊長は俺。戦線に首を突っ込むのはほんの数人だ。ただ、俺のことをよく思っていない部下たちは、命令なんて聞いてくれすらしないだろう。下総大将や相模中将に何か良からぬ入れ知恵をされている可能性もある。だから、使えないものだと思っていた方が良い。

無駄な死人が増えるだけだろうな、と思いながらも華ちゃんの説得は誰がするのかということが気がかりで仕方なかった。



🍂 🍂 🍂



 期日、俺は集合場所に行ったがそこには人っ子一人見当たらなかった。

 「命令を聞くかどうかの前に、そもそも集まりさえもしなかったか」

 さして驚きはしなかったが、なんだか少し呆れてきてしまう。だがまあ良いだろう。これで『無駄な死人』は俺だけになったな、と思えた。


 「取り敢えず、突っ立っててもしょうがないし出発するか」

独り言を虚空に吐き出すと、俺は武器を手に予備の兵装もしっかりと背負わせて、一人の道を歩いて行った。もちろん慎重にだ。


 警戒していたのとは裏腹に、敵襲は中々来なかった。

 おかしいな、と思った。敵の人影は見るものの、こちらに来ないばかりか真横を普通に素通りしていく。

 「どういうことなんだ?」


 それは本当に異様な光景だった。野次馬がごとく、俺も自陣の方へ戻ってみることにした。



🍂 🍂 🍂



 その空間の中心には、随分見慣れた顔が立っていた。

 見慣れた顔が、見慣れない表情をしていた。瞳は虚ろで、どこか生気がみなぎっていないように感じられる。

 見慣れない表情というよりかは、懐かしい表情といった方が近いかもしれない。確か出会った当初の彼女が、そんな表情をしていたような覚えがある。

 「なんで華ちゃんがこんなところに……」


 華ちゃんのすぐ後ろには相模中将の姿もあった。

 「少し手荒だけど、華ちゃんからは薬で感情を取り除いておいたんだよお」

 思わず言葉にならない感情と音が、聞こえない程度の低音でこみ上げてくる。

 「華ちゃんには、最終兵器として頑張ってもらわないといけないからねえ」

 フツフツとした怒りの音が、自分の中から聞こえてくるようだ。


 ふと、華ちゃんが以前もう絶対に人を殺したくないと言っていたのを思い出した。

絶対に、華ちゃんを兵器としてなんて使わせてたまるものか。決してそんなことさせない。


 「華ちゃん、敵を全員殺すんだよお?いいね」

華ちゃんは、陶器でできた人形のような顔で小さくコクリと頷いた。それを確認した相模中将はにんまりと笑うと、手を払って戦線から離れて行った。



🍂 🍂 🍂



 華ちゃんの胸元からは、人間ではないものが姿を現し始めていた。触手のようにそれは伸び、多方面のその茎を伸ばそうと蠢いていた。


 「止まれええええええええええ!」

俺は、大声で怒鳴りながら華ちゃんに駆け寄り、飛びついていた。


 「えっ……」

華ちゃんが素っ頓狂な声を出した。目からは光が零れ落ち、『ヒト喰い花』の時間は止まっている。


 止まる花とは裏腹に、先ほどまで静止していた敵兵たちが動き始めた。銃口が一斉にこちら側に向く。

 「っ……」

華ちゃんの周りを、人喰い花は包み隠す。そっと、何ものにも触れない様に。

 そうしている内に、愛想をつかしたのか、大勢いたはずの敵たちはどこかしらへ消えてしまっていた。



✾ ✾ ✾



 私を取り巻く『花』がはらりと振りほどかれた。

 「もう、大丈夫だよね?これで、安心しても良いんだよね?宵。……宵?」

 宵の返事がない。反応が、何も返って来ない。

 「宵!宵ってば!」

何度呼び掛けても、何も変化は訪れてくれなかった。


 宵の背から一枚の葉っぱが飛び出ている。意思のある、良く見知った植物だ。そしてそのすぐそばには染み出た赤い何か。触るとべったりしていて、少しずつ黒ずんでいっている。

 「何、これ……」

分かっているもののはずなのに、思考が働こうとしてくれない。考えようとするたびに、思考回路がショートしてしまう。

 分かりたくない。知りたくない。悟りたくもなかった。


 宵は生きていなかった。



✾ ✾ ✾



  「私はもう絶対に、人を殺したくなんかないって言ったのに」

虚構の負け惜しみの上に本物の花が一輪落っこちてきた。一輪と呼ぶのには貧相すぎるかもしれない。その花には、たった一枚の花弁しかついていなかった。

 そのただ一つの花弁には、私にも読めるひらがなで本の二文字だけ添えられていた。


 『すき』


 「……。なんなの、この人は。散々私の事引っ掻き回しておいて。今更こんな、馬鹿じゃないの?返事もできないじゃん」

 私はこの人のことが、宵のことが多分好きではない。たまたま出会って、たまたま話して、たまたま仲良くなれて、いっぱい話も聞いてもらえて、裏切られたと思ったときは信じられないくらい悲しかった。


 「いつから私、宵のこと好きになんてなっちゃってたんだろう」

 もう宵が答えてくれないから、他で教えてくれそうな人だなんて見当もつかない。候補ですらも見当たらない。


 仕方がないから、あの人のために返事だけでもしておこうか。

 「花が咲いちゃったのが悪いんだよ。だから…ごめん、なさい。」

 余計だと言われた疑問符は取り払った。今回もどうせ、気にしていないから大丈夫だと言ってきたことだろう。



Fin

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