眠れる学級委員長

 5時間目、算数。きりーつ、おねがいしまーす、ちゃくせーき、をしてはや15分が経過した。俺はあくびをかみ殺して鉛筆を握り直す。何もない、平穏な昼下がりだ。


「――暁人あきとさん」


 名前を呼ばれて、俺は条件反射で腰を上げる。


「あ、はい」


 先生の簡単な問いになんなく答え、着席。時はゆっくりと流れていく。


 やっぱり、何もない平穏な昼下がりだ。すなわち、退屈な45分間でもある。


 何か楽しいことないかな?


 そう思って教室をぐるりと見回す。先生が黒板と向き合っている隙に。俺の席は教卓の目の前。体ごと後ろを向かざるをえないので、結構危ない。最初に目が合ったのは、悠哉ゆうやだ。“ひま~。なんか楽しいことない? 眠くなってきた”って顔に書いてある。悠哉の席は窓際の1番後ろ。一見寝てもばれなさそうだが、そうでもない。教卓から見ると、教室全体が鮮明に明瞭に見渡せるのだ。日直やってるときに気付いた。


 悠哉には“寝るな。あと30分頑張れ”って目で伝えて次のターゲットを探す。悠哉と同じ列、廊下側。じっと何かを真剣に観察しているなずなを発見。珍しいな。普段はノートに落書きしてるのに。そう思って視線をたどると教室のまんなかの席――。


 これは面白いことになるかもな。


 ——鉛筆をなんとか手中に収めた状態でうつらうつらしているいいんちょー。そう、仮にも我がクラスの学級委員長である。基本的に真面目で面倒見が良くて、頭も良い。だが、ロングスリーパーというかなんというか、授業中にしょっちゅう爆睡をかますのだ。これはその兆し。恐らく、数分後に鉛筆が手からグッバイ! する。鉛筆が運命の人のはずがないからね。そもそも人じゃないし。それはさておき、床に転がり落ちたその鉛筆の音で一度目を覚ます。そのあとは夢の中へまっしぐら。これが月1程度。眠い眠いって言ってる悠哉のような奴は数えきれないほどいるが、実際に寝ちゃうのは彼くらいなものだ。さて、やることは決まったな。


 俺は悠哉に目を合わせ、アイコンタクトでこう伝える。


 ミッション:いいんちょーを起こす


 悠哉は目でうなずく。さっきまでの眠そうな姿はみじんも感じられない。なずなは既に攻撃態勢。首ががくんと落ちてははっとして目を大きく開き元に戻るいいんちょーをにらみつけるようにして観察している。そのいいんちょーはというと、もうやばいかもしれない。あと十数秒で手の力が抜け切るな。俺は黒板に目を向ける。先生は大きな三角定規を使って表を書き始めたところだ。これならまだ時間はありそう。






 暁人が俺にキューを出してくる。悠哉は机の左上に置いていたコンパスのケースをすべらせるようにして落とす。からんがっしゃーん、と涼しいような騒がしい音をたてて落ちるプラスチック。勢いが良すぎたらしく、無駄にきれいに2つに割れている。その元コンパスケースの音でいいんちょーはむくりと起きた。よし、作戦成功。寝癖がついてるけど、まぁ許容範囲だろう。先生は一瞬振り返り、コンパスが落ちたという事実を確認してうなずき、俺らに背を向けて書き始める。


 きょどきょどとあたりを見回し現状把握したいいんちょーは、俺に片手で謝ってくる。謝罪と感謝はいいって! 先生にばれるだろ! 真面目かよ! 真面目だな。


 俺は“とりま鉛筆拾え!”とアイコンタクトする。いいんちょーは一瞬きょとんとしてから床に転がっている鉛筆の存在に気付き、拾った。そう。さっきコンパスケースを落としたのは、彼を現実世界に引き戻すためだけではない。転がり落ちる鉛筆の音を隠すためでもあったのだ。現に、先生は鉛筆に気付くことなくチョークを握った。


 第一関門クリア。だが第二関門はそう遠くない。


 こくっ……こくっ……。


 ほら。一度起きたいいんちょーは鉛筆を置いてまた眠りだす。何してんだか。これは先生に見られたらおしまいだ。先生がこっちを見る前に起こさなければならない、なんとしてでも。だが、俺がもう一度コンパスケースを高らかな音を立てて落とすことは許されない。故意でやったってばれる。そんなときのための、なずえも~ん!


 俺はなずなにアイコンタクトを送る。受信したなずなはすぐに行動に移した。


 じゃらがじゃだがっ。


 日本語で表記しにくい音をたてて落ちるペンケース。なずなのだ。ペンケースは落とすと教室に大きく太い音を響かせることができる。片付け大変だけど。いいんちょーはコンパスケースよりもこっちのじゃらじゃらした音の方が反応しやすい。だから今回はこれを、第二関門への攻撃にしてみた。数分間で2回も物が落ちたのが面白くて、クラスの半分以上の子がくすくす笑っている。俺もそのひとり。普通におもろいし。笑い声も相乗効果となって目が覚めそうな気がする。先生は……うん、1回振り返ってなずなと俺を順ににらみつけたくらいだ。へーきへーき。


 案の定、いいんちょーはすっくと起きた。目もぱっちりしている。うん、大丈夫そう! さすがなずえもん! と思ったのもつかの間、机にすごい重力があるかのように彼はすーぅっと頭を下げた。ごん、という鈍い音。どんだけ眠いんだよ!






 さぁそんなわけでやってきてしまいました第三関門。もう机に頭がくっついてる。これは物を落としても起きなそうな気がする。これは俺、相川暁人の出番か……。


 俺は腹をすえる。腹式呼吸で思いっきり空気を吸いこんで、っと……。


「せんせートイレー!」


 鋭く右手を挙げて俺は叫ぶ。小学1年生になった気分だ。


「先生はトイレじゃありません!」


 こういうとこだけノリいいんだよな、先生。お決まりの台詞を言ってくれる。


 火が付いたみたいにどっと笑いだすみんなを見て、これが楽しいんだよな、と俺は思う。みんな、には起きたばかりのいいんちょーも含まれてる。ミッションクリア!




 きっと俺らは、明日の朝いつも通り職員室登校するのだろう。ガッキューホーカイとかなんとか、そんなことで呼び出されて。大人たちは、なぜか非日常を嫌うから。でも、それでいいのだ。大人になったら非日常を楽しめなくなってしまうかもしれないから。今のうちに非日常を楽しんでおこう。いや、これは非日常とは言わないな。


 ――これが俺らの、刺激的な楽しい日常。






                  〈Fin〉

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僕らは今日も職員室登校 齋藤瑞穂 @apple-pie

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