帰り道のヒーロー

「待ってよみんなー! 待ってってば……」


 そうさけんだ声はかすれて、だれもいない細い道に吸いこまれていきました。 


 ここはどこ? わたしはだれ?


 知らない道に、わたし、ゆあはひとりぼっちです。




「――あきとなにやってんだよ!」


 だれもいないはずの道なのに、後ろから聞こえてきた楽しそうな笑い声。わたしは泣きそうになります。


「ひっ……」


 もう、泣いてもいいかな。


 泣いたっておかあさんがむかえに来てくれないのはわかっています。でも――。


「あれ、どうしたの?」


 聞き覚えのない男の子のやさしい声。


 ——まだ、泣いちゃだめだ。


 わたしは左手で両目をこすってふりむきました。


 そこには、男の子が3人。小学6年生くらいでしょうか。


「どうしたの?」


 心配そうにまんなかの男の子が言いました。さっきと同じ声です。


「あのね……まいごになっちゃったの……。いっしょにいた下校班の子みんな男の子で、探検したいって言いだして、知らない道に走ってって……。がんばって追いかけてたのに、気づいたらひとりになってたの」


 わたしは勇気をだして知らない男の子に話しました。


「そっかそっか。おうちどこか……わかんない……よね……」


 まんなかの男の子は2回うなずいてこまったように笑いました。


「わかるわけねーだろまいごなんだから」


 右にいる男の子がまんなかの子にむかって言います。ちょっとこわいです。


「あ、この人こわくないから気にしないで~。こわいけど」


 そう言ったのは左にいる子です。まんなかの子よりものんびりした声です。


「どっちなんだよ!」


 右にいる子が左の子にかみつきます。やっぱりこわいです。


「まぁまぁまぁ。こわがっちゃうから言葉どうにかしようか。――ぼくたちこっちだからさ、いっしょに歩いていこう? そのうちおうちにたどり着けるよ、きっと」


 まんなかの子が2人をなだめて、わたしに言いました。うなずくと、男の子は名前をおしえてくれました。


「ぼく、あきとって言うんだ。5年生だよ。よろしくね」


 真ん中の子はあきとくん。


「ぼくはゆうや。おなじく5年。こっちのこわい人はなずな」


 左の子はゆうやくん。


「こわい人ってイメージ植えつけるな!」


 ほえるなずなくんを見てわたしは思わず笑っていました。こわくなかったです。


「えっと、ゆあです。1年生」


 3人からのやさしい視線を受けてわたしも自己紹介しました。




「できた~!」


 わたしはぶかっこうなそれを、歩きながら天にかかげました。


「お、すげー!」


 まっさきに反応してくれたのはなずなくんです。


「じゃあそれみずたまりに浮かべてみてー」


 立ち止まって、ゆうやくんがゆびさしたみずたまりにわたしはそれをちょこんと浮かべました。


「ささぶね、作れるようになったね」


 あきとくんのやさしい声にわたしはぶんっと首をたてにふります。


 そう、作っていたのはささぶねでした。道ばたに生えていた笹をゆうやくんがちぎってきてくれたのです。3人に作り方をおしえてもらって、歩きながら作りました。


 すいーっとみずたまりを航海しているささぶねを見送って、わたしたちはまた歩き出しました。




「あ、あれ!」


 曲がりくねった一本道を歩いてしばらくして、わたしは丁字路の先にある家をゆびさしました。


 ゆうやくんが「でこぼこじゃりみち」と楽しげに歌い、なずなくんが「でこけた」と歌おうとしているときでした。さっきから4人で何回も歌っているので歌詞を覚えてしまっていました。

 

「あの緑の屋根の家?」


 あきとくんが言い終えて1秒もしないうちにその家のとびらががちゃっと開きました。出てきたのは――。


「ゆあ! 今むかえに行こうと思ってたところだったの! よかった!」


 ——わたしのおかあさんです。おかあさんはほっとしたように笑顔になって、そのあとあきとくんたちの存在に気づきました。「この子たちといたからゆあは帰ってくるのが遅くなったのかしら!」と言いたそうな目であきとくんたちを見ています。


「おかあさん! あのね、まいごになっちゃったの。でもあきとくんとゆうやくんとなずなくんがたすけてくれたんだ」


 わたしがそう言うと、おかあさんはあら、とつぶやいて、


「ごめんなさいね」


とばつがわるそうにあやまってくれました。


「ぼくたちこそ、すみません。ご心配おかけしました」


 そう言ってあきとくんたちは頭をさげていたけど、どうしてあやまったのかわたしにはわかりませんでした。あきとくんたちは、まいごになっていたわたしをたすけてくれたのです。楽しいあそびもたくさんおしえてくれました。




 それから、わたしだけが数メートルほどの小さな道をわたって家に着きました。


「それでは、失礼します。――ゆあちゃん、また今度ね!」


 あきとくんたちはおかあさんに礼をして、となりにいるわたしに笑顔で手をふってくれました。わたしもとびっきりの笑顔で両手をふりかえしました。


 ここにきてやっと気づいたのですが、わたしたちが通ってきた道は、家のすぐ近くにある細い道でした。すぐ近くにあるのに一度も通ったことのない、知らない道でした。でも今は、もう知らない道ではありません。みんなに作り方をおしえてもらった笹舟。みんなと歌った、知っているメロディーなのに変な合いの手が入った歌。そういった思い出がちりばめられた道になったのです。


 いつかまたこの道を通ることがあったら、わたしは3人のことを思い出して、あの歌を歌いながらみずたまりの笹舟を探すのでしょう。できることなら、また4人で。






「……なぁ、悠哉」


「おん?」


「ここ、どこだかわかる?」


「いやちょっと。なずなわかる?」


「わかるわけねーじゃんこんなとこ」


「困ったな……」


 迷子を助けた3人組が迷子になり、家に帰るのが遅くなる。心配した彼らの母親が「息子が家に帰ってこない」という旨の電話を学校にかける。翌日、その3人が職員室登校することとなる。というのはまた別のお話。

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