僕らは今日も職員室登校

齋藤瑞穂

これが彼らの日常

 ぴーんぽーんぱーんぽーん。


 桜が散り、クラス替えのプリントもはがされた朝の昇降口。ドとミとソだけで構成された、単純でどこか人を注目させるメロディーが喧騒けんそうを切り裂く。


「5年2組相川あいかわ暁人あきと樋口ひぐち悠哉ゆうやむかいなずな。直ちに職員室へ来なさい」


 昇降口を始めとする学校全体に響き渡る淡々とした教師の声。


 ぽーんぱーんぽーんぴーん。


 ドとミとソで構成された単純なメロディーを逆再生しただけのメロディー。それは放送を聞くためだけに足を止め、耳をすませていた児童たちをざわつかせる、魔法のメロディーとなった。


「ゆあちゃん、おはよう!」


「おはよう! なんか、5年生……」


 初々ういういしさと緊張感が完全に抜けきっていない入学して1週間の1年生。


「やぶ、おは! あいつらまたかよ~って感じじゃね?」


 この学校のボスは俺ら小6だと言わんばかりに大声で友達に話しかける6年生。


「あ、おはようございます」


「おはようございます」


 偶然すれ違った先生に自らあいさつする、学級委員に向いていそうな5年生。


 様々な人が行き交うこの昇降口で、しきりに職員室に目をやっている3人組。


「俺らって昨日何かしたっけ?」


 日焼けして茶色がかった前髪をいじりながら能天気に訊くのがひとり。


「車に小石投げただろ。もう忘れたのかよ悠哉」


 あきれたように答えるのがひとり。


「なんであんなんで怒られるのか意味わかんねー。猫こうとしたあっちが悪い」


 頬を膨らませ眉間にしわを寄せて愚痴ぐちるのがひとり。


「落ち着けよーなずな。わざとじゃないからあの人も。じゃ、行こうぜ」


 冷静に言ったのは呆れたように答えたのと同じ男子だ。




 こんこんこんこんっ。


 ノックに合わせて4回小刻みに揺れる職員室の引き戸。それは暁人によってカラカラーっと涼し気な音を立てて開かれる。


「失礼します」


 失礼しまーす、失礼しゃーす、と続いた2人の声がエコーのように重なる。




 保健室登校、という言葉を一度は聞いたことがあるだろう。だが、彼らがしているのは保健室登校ではない。職員室登校である。彼らは毎日のように事件のようなものを起こし、翌朝の校内放送で職員室に呼び出される。


 事件のようなものを起こし始めた初期の頃は、担任が教室の廊下で叱っていたのだが、これではほとんど効力がない。3人とも叱られているその時間は反省するものの、次の日にはまた事件を起こしているのだ。


 だからといって、職員室で叱れば事件を起こさなくなるのかというと、否である。ただ、教師としては、善意を尽くした、と言いたいのかもしれない。したがって、朝の職員室でたくさんの教師からの視線を受け彼らは担任に叱られる。


 これが、相川暁人、樋口悠哉、向なずな――彼らの日常だ。これから切り取るのは彼らの日常の一部となる、2つの事件。いや、彼らからすると、これらは事件でもなんでもない、刺激的な楽しい日常なのであろう。




 事件ともいえる、刺激的な楽しい日常ともいえる、淡く消えかかっている遥か昔の思ひ出の断片ともいえる――そんなこの物語へ、ようこそ。

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