怒涛の報告

「……と、いうわけだったのよ」


 冒険者ギルド・ペリジア支部のギルドマスター執務室で、一連の報告をドヤ顔で終えたお嬢様に、執務机に座るマルクが頭を抱えた。


「うあ〜……なんだそりゃあ」


 マルクが頭を抱えたままぼさぼさの頭をかきむしる。


「マルク。そんなにかきむしってるとハゲるわよ? うちのお父様も若いうちはフサフサだったらしいんだけど、多忙と不摂生とストレスが祟って、今じゃ生え際がアインシュタイン並みに後退してるんだから」

「天才物理学者をハゲの喩えにしないでくださいよ。っていうかこっちじゃ通じませんって」

「天才物理学者なら、ああ、頭を使ってるんだなと思われるだけだけど、普通の人がハゲると困るわよね。まあ、お父様はそれを機に毛髪の再生医療のベンチャーを支援して、毛髪の再生まであと一歩のところまでやってきたらしいわ」

「それは男性にとっては朗報ですね」

「ケイはあんまりハゲそうじゃないけどね」

「生みの親を見る限りだと白髪になるタイプっぽいです」

「うがーっ! てめえらは何の話をしてやがる!」


 マルクが机から顔を上げた。


「ベニカ様とケイト様の報告に嘘偽りは一切ございません」


 と、僕の隣にいたティアが証言してくれる。


「いや、それは信じてるけどな。だからこそ問題なわけで……」

「どこがよ? 万事解決したんだからいいじゃない!」

「あのな! ゴブリンキングどころか、ゴブリンエンペラー……いや、ホブゴブリン・エンペラーが群れを率いていた、そのHPは47万以上あった上に、幹部のヒーラーが回復するせいで実質的に人間には撃破不能な状態だった、そこでベニカが奥義を閃き、一撃でエンペラーを撃破した……俺は信じる、信じるさ、だけどなぁ、これを上にそのまま報告して信じさせるのは無理ってもんだぜ。その上、特級異端審問官が出てきて聖女様を亡き者にしようとし、ケイトに返り討ちにあっただと? ギルドにも教会にも喧嘩売りまくりな報告だな、おい!」

「でも、事実は事実だし。ティアの証言もあるんだからいいでしょ」

「まあ、最終的にはなんとか通らなくもないんだろうが……胃が痛いぜ」

「それがあんたの仕事でしょ? 陽動のほうだって、結局ティアの聖騎士たちが八面六臂の活躍で、ギルドはいいとこなしだったって聞いてるわよ?」

「うぐ……痛いところを。おまえらがエンペラーを討ち取ったことでお釣りがくる結果にはなったけどな」


 苦虫を噛み潰したような顔のマルクだが、ギルドマスターの職分について、僕たちが何か言えるはずもない。それはマルクもわかってるはずだから、結局これは単なる愚痴だ。


「で、おまえらはこの街を出て行くって?」


 マルクが話題を変えてくる。


「ええ。なんだかティアが大変みたいだから。あのギジリアとかいうのは気に入らないけど、異端審問官にはもっと強いのもいるんでしょ? こっちに大義名分があるから躊躇なく叩きのめせるっていうのもおいしいわよね」

「俺は教会の枢機卿や異端審問所に同情するぜ……」


 マルクが嘆くように言った。


「そういや、ここに来る前に教会に行って、クラスを確認したんだよな? 無理にとはいわんが、興味がある。おまえら、どんなクラスを獲得したんだ?」


 もともと僕とお嬢様がゴブリン退治の依頼を引き受けたのは、クラス持ちのゴブリンを一定数倒すことでクラスを獲得する条件が満たせるからだ。条件を満たすだけではダメで、その後教会に行って秘蹟を受ける必要がある。僕とお嬢様はティアから秘蹟を受けた。

 その結果なのだが――


「まさか、お二人ともダブル以上のクラス持ちになるとは思いませんでした」


 ティアが言う。

 僕とお嬢様の現在のステータスはこんな感じだ。

 まずはお嬢様から。



 鳳凰院紅華

 英雄・格闘家

 レベル 79

 HP 673/673

 MP 1203/1203

 SP 4/4


スキル

【一騎当十】1

【総合格闘術】1

【華炎魔法】3

【炸炎魔法】23

【火魔法】63

【水魔法】3

【風魔法】3

【土魔法】2


【インスタント通訳】


奥義

【鳳凰螺旋拳】

【鳳凰螺旋衝】



 お嬢様は「英雄」「格闘家」という二つのクラスを獲得した。

 普通はクラスは同時にひとつしか得られないらしいのだが、今回のゴブリン戦で相当な数のモンスターを倒したため、かなり特殊な条件を、二つ同時に満たしたのではないか、というのがティアの分析だ。

 英雄はHP・MPが1.5倍に、格闘家はHPが1.3倍になっているらしい。通常のクラスでは、武器職ならHPが1.1倍、魔法職ならMPが1.1倍らしいので、かなりぶっ壊れた数値になっている。

 固有のスキルらしい【一騎当十】が気になるが、おそらく上級になれば【一騎当百】に、超級になれば【一騎当千】になるんだろう。

 英雄は伝説にしか残ってないクラスで、格闘家はまったく聞いたことのないクラスだとティアは言っていた。なんとなくだが、格闘家のほうはお嬢様に合わせて「新設」されたのではと僕はおもう。


 次に僕。



 霧ヶ峰敬斗

 賢者・暗殺者・陰謀家・隷術士

 レベル 94

 HP 440/440

 MP 6700/6700


スキル

【全魔法】1

【暗殺術】1

【戦術思考】1

【隷術】1

【鑑定】61

【看破】21

【解析】1

【火魔法】99(MAX)

【火炎魔法】67

【獄炎魔法】47

【風魔法】36

【水魔法】24

【土魔法】21

【雷魔法】1


【インスタント通訳】


奥義

【獄炎輪妨陣】



 賢者・暗殺者・陰謀家・隷術士……と、こいつは陰険ですよと言わんばかりに並ぶ4つのクラスが印象的だ。こんなステータスは絶対余人には見せられない。

 賢者はMPが2倍になり、【全魔法】という本当にすべての魔法が使えるスキルが手に入った。もっとも、そういう魔法があると知っていなければ使えないらしい。お嬢様の【一騎当十】もそうだが、英雄や賢者のような伝説のクラスはスキルの成長が他より遅いらしく、個別の魔法スキルを上げる意味がなくなったわけではない。

 陰謀家は戦いには向かないが、【戦術思考】という珍しいスキルを覚えた。まだ効果のほどは検証できていないが、ゴブリンキングをギジリアに利用され、危うく街に被害を出しかけた件は、僕も深く反省するところである。このスキルで補いがつくのなら願ってもないことだ。

 隷術士、というのはなんだか人聞きが悪いが、主に魔物のテイムに関わるクラスらしい。ただし、【隷術】は人間相手にも使うことができる。もっとも、相当スキルレベルを上げないことには、他人を奴隷化するようなことはできないらしい。イチノシンたちゴブリン組の統率を取るためにも便利だろう。

 また、いい加減隔世へだてよの門からペリジアまでの往復が面倒になってきており、空を飛べるような魔物をテイムできないかと思ってる。

 なお、僕のMPがやたらと高いのはクラスによる補正のおかげだ。賢者で2倍、陰謀家で1.3倍、隷術士で1.1倍。この倍率はすべて乗算されるので、クラス補正だけでMPは2.86倍にもなっている。


「ベニカ様のダブルにも驚きましたが、ケイト様は伝説のトリプルすらしのぐ4つです。クアトロといえばいいんでしょうか。そんな言葉はないのですが」

「は? ベニカが2つにケイトが4つだと!? まあ、あれだけゴブリンを狩りまくれば条件も自然に満たすだろうが……。で、クラスはなんだったんだ? 武器職か、魔法職か?」


 マルクの問いに、ティアが僕とお嬢様をちらりと見る。

 言ってしまっていいのかという確認だ。

 僕は首を振るが、


「わたしは英雄と格闘家だったわ」


 お嬢様は胸を張ってそう言った。


「はぁっ!? 英雄だと!? 伝説のクラスじゃねえか! それに、格闘家ってのはなんなんだ? そういやベニカは最初から格闘家と名乗ってたな」

「わたしは格闘家だけど、クラスとしても『格闘家』がついたのよ」

「格闘家なんて聞いたこともねえぞ。

 ……で、ケイトのほうは?」

「まあ、お嬢様が明かしたので、ひとつだけ。賢者のクラスがありました」

「け……っ、おいおい、二人揃って伝説のクラスを引いて、その上ベニカにはもう一個聞いたこともねえクラスがあって、ケイトに至ってはもう3個もあるってのか? 神様もずいぶん大盤振る舞いしたもんだな、オイ」

「それだけ、今回の活躍が認められたということではないでしょうか。伝説のクラスをお二人が引いたのは、奥義が関係しているのかもしれませんね」

「はぁぁっ、ったく、いい加減驚き疲れたぜ。もうおまえらのやることには一切驚いてやらんからな」


 ぐったりした様子でマルクが言った。


「とにかく、報告はそんなところね」

「わかったよ。今回のことじゃおまえらに頼りっぱなしだった。おまえらがいなかったらと思うとゾッとするぜ。この街を代表して礼を言わせてもらう。

 ただ、済まないんだが、働きに見合う報酬を出そうとするととんでもねえ数字になりそうでな……。ギルドとして、おまえらが必要と思う額をその都度用立てるってことと、その他のことでも便宜を図るってことで、当面は納得してもらうしかねえ。もちろん、報酬額そのものはきちんと算定し、ギルドへの貸しってことできちんと管理するからよ」

「べつにお金に困ってるわけでもないし、贅沢三昧がしたいわけでもないから、それはどっちでもかまわないわ。

 でも、ギルドの仕事を地道に受けてランクを上げて……みたいなのはまだるっこしくてしょうがないから、この機会に一気にSまで上げてくれないかしら?」

「初仕事でCからSにかよ……。ま、実力は十分だし、人柄も信用できる。縁もゆかりもないはずのこの街を守るためにホブゴブリン・エンペラーなんかと戦うようなやつだからな。まさに英雄と賢者だな」


 なんだか過剰評価されてるようだが、マルクの中ではそういうことになってるらしい。お嬢様はただ強敵と戦いたいだけだったし、僕は僕でしでかした不始末をもみ消そうと動いただけなんだけどね。


「ともあれ、わかった。ベニカもケイトも今日からSランク冒険者だ。これから教皇庁のあるガラジーラに向かうってんなら、箔付けって意味でも必要だろう」

「助かります」


 と言ったのはティアである。


「教会の腹黒い枢機卿どもも、今回ばかりは年貢の納めどきかもしれねえな。ベニカとケイトがティアを押し上げるってんならな」

「わたしはもともと、教皇になりたいという気持ちは持っていませんでした。でも、今回の一件で、ただ傍観しているわけにはいかないと思い知りました。野心家と思われるのを嫌うあまりに政治から距離を置き、自分だけ安全な場所から教会は腐敗しているなどと言っていたのがこれまでのわたしです。ベニカ様にならって、わたしもこれ・・で壁を破りたいと思います」


 ティアは「これ」という箇所で小さな手を握り、拳を作ってそう言った。


 マルクが微妙な顔をする。


「ああ、いや……その覚悟は立派だが、見習うべき相手は選んだほうがいいと思うんだがなぁ……」


 聞こえないように小声でつぶやいたマルクの言葉を拾ったのは、僕の耳だけだったろう。

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お嬢様格闘家に捧ぐ!最強執事の異世界無双 天宮暁 @akira_amamiya

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