深まる謎と新たな仲間たち
「ケイ! そっちは終わったの!?」
岩山の下から、紅華お嬢様が聞いてくる。
「はい! 生け捕りにはできませんでしたが……」
僕はギジリアの死体を担いで、岩山の斜面を滑り降りる。
どさっと音を立てて死体を地面に投げ出した。
「ティア。この男の死体を【看破】してもらえますか?」
「えっ、はい。……なっ! こ、この方は……!」
ギジリアの死体を【看破】したティアが驚きの声を漏らした。
「知ってるやつなの?」
お嬢様の問いに、
「ええ……聖導教会特級異端審問官のギジリア・ジャロンです。決して表には出てこず、陰ながら異端者を狩る異端審問所の暗殺者だと……。わたしも見るのは初めてです」
血の気の失せた顔でティアが言った。
「暗殺者ってわりには派手なことしてたわよね。雷でまとめてわたしたちを消そうだなんて」
「雷は自然現象ですから。落雷で不慮の死を遂げたということにすれば、いくら疑われても言い逃れができます。雷の魔法、それもあれほどに強力な上級魔法を扱える者はほとんどいないはずです」
「上級魔法ではなく、超級魔法ではありませんか? ステータスには、【雷魔法】の他に【雷鳴魔法】と【天雷魔法】があります。スキルレベルから言っても、【天雷魔法】は超級魔法となるはずです」
僕はティアにそう補足する。
「ち、超級魔法……! では、あの時ベニカ様が打ち破った雷雲は……」
「【天雷魔法】でしょう」
「……ゴブリンエンペラーといい、ギジリアといい、よく生き残れたものです……」
ティアが呆れたようにため息をつく。
「って、ケイト様も超級魔法を使ってましたよね? しかも、奥義を編み出して神の声に認められていました。奥義を編み出したのはベニカ様も、ですが」
「ふふん。わたしは二つも編み出したわ!」
と、お嬢様が胸を張る。
「【鳳凰螺旋拳】と【鳳凰螺旋衝】でしたね。派生技っぽいですし、二つで一つのカウントじゃないですか?」
「なによケイ。自分が一個だけだったからって妬いてるわけ?」
「あの……一個でも十分すごいのですが。奥義というのは、百年に一度といわれるような天才が、一生のうちに一度編み出せるかどうかだと聞いています」
驚き果てて乾いた笑いしか出ないといった様子でティアが言う。
「それより、お嬢様、ティア。今はこのギジリアが何をしようとしてたかを考えるべきでしょう。どうも、ゴブリンの群れをなんらかの手段で育て上げ、ホブゴブリン・エンペラーを生み出し、ペリジアの街ごと聖女であるティアを消そうとしていたようですが」
自分のやったことは棚に上げ、いや、しれっと全部ギジリアになすりつけた僕の言葉に、ティアの顔から笑みが消えた。
一切の笑みがなくなった端正な顔に浮かんだのは、紛れもなく怒気だった。
僕やお嬢様ですら、ティアの怒りの深さに息を呑む。
「政敵を利するわたしを消すためだけに、街を一つ滅ぼそうなどと……ゲリエル枢機卿は、けっして超えてはいけない一線を超えました。聖導教会は、本来人々を悪しき存在から守るためのもの。その聖なる務めを冒涜してまで教皇の座が欲しいというのですか……」
「ゴブリンの群れに加えて、特級異端審問官であるギジリア自身まで出張ってきて、ティア様を確実に打ち漏らさない態勢を取っていましたね」
「……神の教えは『
教会も組織ゆえ、政治闘争もある程度はやむをえないと思っていましたが、これは明らかに行き過ぎています。こんなことを企てる方を、間違っても教皇にさせるわけにはいきません」
ティアは、何かを決意した顔で、こみ上げる怒りを抑えながらつぶやいた。
そこに、お嬢様が言う。
「でも、ちょっと変よね。よくわからないんだけどさ、異端審問官とやらが、そんなに簡単にホブゴブリン・エンペラーを作って、数千ものゴブリンの群れを生み出せるっていうなら、もう権力闘争も何もないじゃない。今さら、教皇選挙だのなんだのっていう形式にこだわらなくても、好き放題なんでもできそうなもんだけど」
お嬢様の質問にギクリとする。ギジリアは一人でホブゴブリン・エンペラーを作ったわけじゃない。僕がスライムの核をゴブリンどもに食わせ、いじめ抜きながら進化させたことで、まずはゴブリンキングが生まれている。ギジリアは、僕の作ったゴブリンキングを利用したにすぎなかった。
もっとも、最上級のスライムの核でもそれ以上の進化をしなくなっていたゴブリンキングを、ギジリアがどうやって進化させたのかはわからない。ギジリアの言い分では、ゴブリンの系統樹からホブゴブリンの系統樹へ移す、などということもやってたようだし。
ギジリアのステータスにはそんなことができそうなスキルはないから、僕がスライムの核を利用したように、なんらかのアイテムをゴブリンキングに食わせたのではないかと思う。そのアイテムの出所は、当然ゲリエル枢機卿なのだろう。
「ベニカ様。教皇権は力のみによって正当性が担保されるものではありません。地上における神の代理人としてふさわしいと皆が認めてはじめて、教皇は教皇たりえるのです」
「なんだか曖昧ね。神様みたいにふるまえってこと?」
「いえ、もっと即物的な基準があります。わたしは聖導士のクラスを持っていますが、このクラスの【聖職叙任】というスキルを使って、自分に忠実な騎士を聖騎士にクラスチェンジさせることができるのです。つまり、クラスチェンジをもって、神のおぼしめす方向へ導いた、ということになります」
「じゃあ、聖騎士をたくさん抱えてる人間が枢機卿や教皇になるってわけ?」
「おおまかには、そうです。もちろん、個々の聖騎士の実力や功績に突出したものがあれば、導いた側の実績として認められます。
わたしはベニカ様のおかげで悟りを得、【聖職叙任】のスキルを手に入れることができました。これまで仕えてきてくれたすべての騎士を聖騎士へと導くことができましたので、単純な聖騎士に導いた数という意味で、わたしはにわかに教皇候補の端くれに加わることになったのです」
「それでこの雷使いに狙われたってわけね。
って、なんでわたしのおかげなのよ。わたしは何もしてないじゃない」
「ベニカ様は、ベニカ様の心の赴くままにふるまうだけで、周りに大きな波紋を起こすのです。それは時に怒涛といえるほどのものでもあり、わたしの小さな自尊心は木っ端微塵に砕かれました」
「……いや、だから何もやってないっての」
熱っぽく語るティアに、お嬢様が心底不思議そうに首をひねる。
「すまぬが、我らのことを忘れないでもらえるか」
唐突に声をかけてきたのは、ギジリアの登場以来ほったらかしだった、ゴブリンの高級幹部たちだ。
アイジャ、シュターク、イチノシン。
いずれも高レベルで、ランクの高いゴブリンの進化種である。
「そういえば、わたしの手駒になりたいとか言ってたわね?」
お嬢様がイチノシンに言う。
「左様。貴女は我らが主であったズシロフ様を圧倒した。絶対に敗れぬと確信していた『無限回復の陣』に対し、その場で奥義を編み出し、一撃のもとにズシロフ様を葬り去った。47万ものHPをもつズシロフ様を、だ」
「そうですよ! ベニカ様は、どうやって47万のHPを一撃で破ったのですか!?」
ティアが唐突に思い出してお嬢様に聞く。
「えっ、あれ? 老師に仕込まれてたのよね。自分より巨大な敵を屠るための『奥義』だとか言って」
お嬢様が言う老師とは、ちょうど僕がお嬢様に拾われた頃に、お嬢様の武術の師範をしていた女性のことだ。
「ああ、お嬢様は嫌がってましたよね。大きいと言ったって2メートルを超える大男なんて滅多にいないし、いたところで人間であることに変わりない以上、投げや極め、締めなんかは効くはずだって」
老師がお嬢様に教えていた型は、あきらかに、人間を超えたサイズの敵を想定していた。「マンモスとでも戦うつもりですか」と尋ねた僕に、老師は「ド阿呆。戦うまでもなく滅ぶような弱小種相手に奥義がいるか」と。「じゃあ何と戦うことを想定してるんですか?」と食い下がると、「必要な時がくれば自ずとわかることだ」などと老師ははぐらかして答えなかった。
「そうなのよ。老師は、基本的に理詰めの人だわ。どんな些細な動きにも意味がある、なんとなくで身体を動かすな、だとか、日頃から仮想敵をいくつも作り、その相手を詰ませるような戦術を考えろ、だとか、口うるさいにもほどがあったわ」
「僕は逆に、おまえは考えすぎだからお嬢様を見習って勘で動くことを覚えろって言われましたけどね。
いずれにせよ、老師の教えには必ず考え抜かれた意味がありました。でも、お嬢様に『巨人殺し』や『屠竜』の奥義を教えるときは、有無を言わさず、言った通りにやれでしたね」
「あれはおっかなかったわねえ……。しかも、いくら練習しても奥義が全然使えないの。あきらかに何かが足りてないのに、老師は何が足りないのかちっとも教えてくれなかったわ。その時が来れば手に入る、の一点張りで。
って、そうじゃなかった。さっき、なんとかエンペラーを倒したときに編み出した奥義だけど、あれは老師の『巨人殺し』なのよ。正確には、その不完全な完成形? みたいな」
「不完全な完成形、ですか?」
お嬢様は直感派なので、時にこうした禅問答のような言葉を口にする。
「うん。『巨人殺し』があっちの世界じゃちっとも発動しなかったのはあんたも知っての通りだけど、わたしは【炸炎魔法】を覚えて気づいたのよ。【炸炎魔法】の感覚は、『巨人殺し』の足りない最後のピースなんじゃないかって」
「なんですって!?」
「『巨人殺し』は、あのままじゃピースの欠けたジグソーパズルだった。その欠けた部分に、【炸炎魔法】がぴったりハマるわけ。そうなると、これがどんな奥義だったのかも自ずとわかったわ。それで編み出したのが【鳳凰螺旋拳】ってわけ」
「そんなことが……」
僕の脳裏に、緑の拳法着を着た老師の美貌が浮かんでくる。
「まさか、老師はこの
「かもしれないわね。わたしに奥義を教え終えると、いつのまにかいなくなっちゃったけど、ひょっとしたら
「謎が深まりましたね……」
老師はこの世界にいるのか?
老師がこの世界の人間だとして、なぜお嬢様に奥義を教えたのか?
「ふぅむ。貴女様の師については我にも興味はございますが……して、我らの処遇はいかに?」
「あ、ごめん。すっかり忘れてたわ」
恐る恐る催促するイチノシンに、軽い口調でそう答え、お嬢様が言った。
「もちろん、手駒になるっていうなら歓迎よ。もっとも、わたしは一人で戦うのが好きだから、扱いはケイに一任するわ」
「僕ですか?」
「どうせあんたのことだから、わたしの知らないところであれこれ悪だくみしてるんでしょ? 例の睡眠圧縮ばっかりやられてるとこっちも落ち着かないわ。あんたでなくてもできることはこいつらに任せなさいな。ここのところ、ちょっと疲れが見えるわよ?」
お嬢様がすこし心配そうに僕を覗き込んで言ってくる。
その顔にドキリとしつつも、
(不覚だ……)
まさかお嬢様に気取られていたとは。
ギジリアがすべての汚名を被って死んでくれたからよかったようなものの、そうでなかったら僕のやったことをお嬢様に見抜かれていたかもしれない。
「では、その御方の指示に従えばよろしいので?」
「そうね。わたしから頼みごとがあればそのときは言うわ。
って、そういえばあんたたちには名乗ってもいなかったわね。わたしは鳳凰院紅華よ。ベニカでいいわ」
「僕は霧ヶ峰敬斗です。ケイトと呼んでください」
「あい分かった。ベニカ様にケイト様ですな。このイチノシン、サムライの誇りにかけて、お二方に忠節を尽くしましょう」
ホブゴブリン・サムライソードマンという触書きのイチノシンは、いかにも「らしく」、片膝をついて忠誠を誓った。
「……アイジャも、ベニカ様とケイト様に従う。ズシロフより強いニンゲンがいるとは思ってなかった」
エルダーゴブリン・ワイズマンのアイジャが言った。今さらだが、彼女はメスのゴブリンのようだ。
「自分はシュターク。下士官として新たな指令官の手足となって働こう」
シュターク――ホブゴブリン・スーパーソルジャーだな。特殊なスキルはないようだが、戦況に合わせて的確な動きをしていた。
「うん、よし! じゃあ、三人ともよろしくね」
お嬢様が言うと、
「おお、我らを『
「……ベニカ様は肩が凝らなくてよさそう。ズシロフの下は正直疲れた」
「そうか? ズシロフ様は司令官としては勇猛で、大望の持ち主だった。自分は嫌いじゃなかったぜ」
三人は口々にそう言い合う。
「あ、あの……まさか本当に、ゴブリンを手駒になさるおつもりですか?」
ティアがおずおずと聞いてくる。
「そうだけど? 従うって言ってるんだから、そりゃ使うでしょ。マルクよりシュタークやイチノシンのほうが明らかに強いし、わたしが見たところまだ成長の余地があるわ」
「そ、そういうことじゃなくてですね……。ゴブリンを連れて街になど入ったら、当然大騒ぎになって、ゴブリンだけじゃなくベニカ様やケイト様まで騎士や冒険者たちから攻撃されますよ!?」
「ああ、その問題はありますよね」
お嬢様ではなく、僕がうなずく。
「でも、この三人は言葉もしゃべれるから、適当に変装すれば大丈夫じゃないですか? フードをすっぽりかぶって歩いてるような人もペリジアには結構いましたし」
「いやその……街には教会の張った結界もありますし、本人たちも苦しいのでは?」
「ペリジアに張られている程度の結界ならば、身体がむずがゆいと言った程度ですな」
と、シュターク。
「下等なモンスターなら瞬時に全身が焼かれる結界なんですけど……」
実際に結界を張っているティアが、自信を失った顔でそう言った。
「そもそも、我らが無理に人間の街に入る必要はございませぬ。街の外で野営すれば済むだけのこと。ゴブリンにとってはむしろ街の中のほうが息が詰まりまする」
「そういうことなら、ゴブリン組は外で待機してもらうのがいいかな。合流方法は考えるとして」
屋敷から時計やトランシーバーをもってきて渡せば、合流はそんなに手間でもないだろう。さすがにこの世界でGPSは使えないが、ビーコンのようなものを渡してもいい。
「うん! 仲間が増えてよかったわ! これぞ冒険って感じよね!」
お嬢様がご満悦の様子で、拳をぎゅっと握ってそう叫ぶ。
「いやあの……これほどに強力なゴブリンが街の外をうろついてるというのは、人間としてはとても怖いといいますか……」
弱々しく反対の声を漏らすティアの意見は、完全に黙殺されたのだった。
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