番人と不思議な指輪

 その頃。図書館の内部にて。


 機械の蛇のうちの一体が、図書館の奥にある一室へとするすると入っていった。

 部屋の中だけは、照明がつけられ辺りを明るく照らし出している。


 部屋の中は綺麗に整理整頓されていた。部屋の奥には、一対の木製の書き物机と椅子が置かれている。

 そこに、一人の青年が座っていて、書類に何やら羽ペンでさらさらと書き込んでいた。その表情は、真剣そのものである。


『アヤトサマ、ゴホウコク、モウシアゲマス』


 蛇の機械音声で、彼は顔を上げた。作業を中断されたのが気にくわないのか、とても不快な表情を浮かべている。


「……何だ。わたしはいま、書類を片付けるのに忙しいのだが」


 左右長さの違う黒い横髪の片方は、青年の片目をほぼ隠してしまうほど、長く伸ばされていた。横髪に邪魔されていないもう片方の目は、鋭く細められている。


 青年は、しわの少ないカッターシャツとベストをきっちりと着こなしていた。彼は長い指で上まできっちり留められたボタンを一つはずし、ネクタイを緩める。


 その時、彼の左手の中指にはめられた指輪が光った。眩ゆい光が収まった時、部屋には先ほどまでいなかった人物が一人増えていたが、蛇は驚かない。


『ご主人様、吾輩が引き受けよう』


 いつの間にか現れたその人物は、黒い上下スーツに身を包んでいる。

 そしてスーツと同じような黒髪を、背中まで伸ばしていた。

 青年は、書類の束に視線を戻しながら、その人物に向かって静かに言う。


「……その呼び方はやめてくれと常日頃から言っているだろう」

『そうであった、そうであった。アヤト殿。こちらの対応は任せよ』


 黒いスーツに身を包んだ人物が、自分の頭を叩く。それから、機械の蛇の方へ向き直って言葉を発する。


『機械のお客人よ、主人に代わり吾輩が伺おう。ご一緒にお茶はいかがかな?』

『キカイノカラダニ、オチャハ、フヨウダ。ワカラナイカ』


 機械の音声が、少し不機嫌そうな声色になったように感じられた。

 しかし、そんなことは気にせず、スーツの人物は言う。


『そうであった、そうであった。それで、いったい何があったのだ?』

『シンニュウシャガ、ヨニン、ハイッタ』

『侵入者が四人、とな。大勢で来たのだな。それで?』

『ギンユウシジン、ソレカラ、タビビトガキタ』

『吟遊詩人と旅人。それはまた、不思議な組み合わせであるな』


 スーツの人物は、首をかしげる。機械の蛇は、舌を出しながら言う。


『シンニュウシャハ、ギンユウシジンノチカラデトウボウシタ』

『それは、実に残念な知らせだ。警備体制を強化せねばな』


 スーツの人物の言葉に、機械の蛇の目が、赤く点滅した。


『シカシ、オカシナテンガ、アル』

『おかしな点、とな?』

『マリョクデマモラレタ、カンテラガ、フタツ、オカレテイタ』

「ああ、それなら」


 書類の束に向き直っていた青年が顔を上げて、思い出したように言う。


「探し物があって図書館へ行った際、わたしとコイツが、置き忘れたものだ」

『そうそう、吾輩たちだってあなたがたに、逮捕されるのはごめんですからな』


 首をすくめながら、スーツの青年がおどけて言う。


『ソレナラ、シカタガナイ。トニカク、ジョウオウサマニ、ホウコクスル』

「ああ、それは勝手にしてくれ。わたしの管轄外だ、そちらで対応頼む」


 書類の束に何かを書き記し続けながら、青年が言う。機械の蛇は、するすると部屋から出て言った。

 蛇が這いずる音が聞こえなくなると、スーツの人物は力なくソファに腰掛ける。


『まったく。アヤト殿は、心臓に毛が生えていらっしゃる』

「……好きに言え」

『とにかく機械の蛇と同居はごめんです、早く追い出してくだされ』


 スーツの人物が、頬をふくらませるが、青年に一蹴される。


「……男がそんな顔したところで、かわいいと思われると思うか」

『話をそらさないで下され。吾輩、もう限界ですぞ』


 スーツの人物の言葉に、アヤトと呼ばれた青年は言った。


「……女王に逆らうことは得策じゃないだろう。お前には、感謝している。しかし、今わたしとお前がこの職務を放棄したら、どうなるか目に見えている」

『しかし! このままですと、アヤト殿の評判がどんどん地に落ちまする!』


 必死な声を出すスーツの人物に、アヤトは鋭い目を少し和らげて言った。


「……心配することはない、お前がいればそれで十分だ。最後まで付き合ってくれるだろう?」

『それはもちろん。もちろんであるが……』


 言いよどむスーツの人物。その時、アヤトがコツコツと机の上を長い指で叩く。それを見て、スーツの人物は、はっとした表情で黙る。


 ほどなくして、機械の蛇が戻ってきた。


『ジョウオウハ、シンニュウシタギンユウシジンノコトヲ、キケンシ、サレテイル』

「……それで?」


 アヤトが冷たい声で返す。まるで、機械のように感情が読めない。


『オマエハ、コノセカイノ、スベテノトショカンヲ、トリシキッテイル。ダカラ』

「……だから?」

『オマエガ、ソノギンユウシジンヲ、ツカマエロ。ソウ、ジョウオウハ、オオセダ』

「……つまりは、この図書館から出てもかまわないと?」


 アヤトの目が鋭くなる。その鋭さには気づかず、蛇は言う。


『ジョウオウノメイダ、ココノカンリハ、ワレワレニマカセヨ』

「……任せるのは侵入者の監視だけだ。それ以外は、手を出すな」


 そして、機械の蛇に向き直ると、言った。


「あとは判を押すだけの書類の処理はそちらに任せる」

『吾輩がついてますからなぁ。仕事が増えても、問題はなかろう』


 スーツの人物が、腕組みをして言う。


「……女王に伝えろ。承知した、とな」


 それを聞いて、機械の蛇は、またするすると部屋の外へ出て言った。

 そして、スーツの人物に向かって面倒くさそうに言う。


「……よかったじゃないか。機械の蛇と、おさらばだ。旅支度は任せるぞ、ジン?」

『まったく、アヤト殿は面倒ごとは全てこちらに丸投げであるな』


 ため息をつきながら、ジンと呼ばれたスーツの人物は、荷造りを始める。アヤトは、何か考え事をするかのようにぼうっと、窓の外を見つめていた。



 

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異世界モノガタリ紀行 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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