吟遊詩人としての第一歩

 朱莉は、一生懸命に考える。


 このピンチを乗り切ることのできるような物語を、自分は知っていただろうか。


 旅人との会話で、自分で一から物語を作る必要がないことは分かった。


 そして今、彼女は物語を一から考えることはできない。


 それであれば、既存の物語を語ればよい。そう、彼女は考えたのだ。


 しかし、著作権などの問題はどうなのだろう。


 詳しい話を今、旅人から聞き出すことは難しいように思われた。


 それで彼女は、著作権が切れているものを選ぶことにした。


 民話や説話集の類。その中から語るのであれば、著作権は切れているだろう。


 幸い、物語を作ることのできない朱莉は最近、そういったものを読み漁っていた。


 あとは、この危機を脱するための力を持つような物語を記憶から呼び起こすのみ。


 思考を巡らせていた彼女の頭の中に、一つの物語が浮かんだ。


「嗚呼、偉大なる蛇の王様に語り聞かせましょう。貧しい青年とランプの話を」


 朱莉が握りしめている本のペンダントトップがさらに熱を帯びた気がした。


 そっと手を離すと、閉じられていた金属質の本が開かれ、ページがはためく。


「昔、貧しき青年がおりました。その青年は、ある日悪い魔法使いに出会います」


 本のページの中から、大きな黒い雲が現れる。


「悪い魔法使いは、青年に洞窟の中にあるランプをとってくるよう言いました」


 黒い雲は、どんどん広がり、小さな稲妻を発生させる。


「魔法使いが欲したのは魔法のランプです。そしてそのランプは今、私の手の中に」


 朱莉の言葉が発せられたのとほぼ同時に、本の中からランプが出現した。


 金色に輝くランプ。それは万人がよく知る物語に出てくるそれと同じものである。


 ランプを手に取り、朱莉はためらわずにその側面をこすった。


「ランプには、願いを叶える魔人が住んでおりました」


 その言葉通り、ランプの中から魔人が出現する。


 赤色の、大きな大きな魔人だった。


『ランプに住む魔人である。なんでも願いを叶えよう』


 地の底から響いてくるような、低い声である。


 朱莉は一瞬、ためらうそぶりを見せたが、魔人に向かって言った。


「お願いです。そこの旅人と私と、知り合い二人をここから脱出させてください」


 それを聞くと、魔人はなんでもなさそうに返す。


『承知した。それでは、ここから脱出するとしよう』


 魔神が言い終わると同時に、朱莉と旅人は、光に包まれた。


 そして気が付くと、図書館の外へと脱出していたのだった。


 傍らには、何が起きたのか分かっていない文哉と桃華もいる。


 朱莉は慌てて持っていたランプを鞄にしまうと、言った。


「なんとか出てこられましたね。街へ戻りましょう」


 桃華と文哉は、ただ朱莉と旅人を交互に見つめている。


「あれ、僕は確か、機械の蛇に追いかけられて……」


「一生懸命走って逃げている途中だったはずですのに……」


 そんな彼らに、もう一度朱莉は言った。


「早く逃げないと、追手が来ます。街へ戻りましょう、旅人さんは見つかりました」


「ああ、この人が旅人さんでしたのね。見つかってよかったですわ」


 桃華は旅人を見て言うと、朱莉に向きなおる。


「確かに目的は達成されましたわね。とりあえず、街へ戻りましょう」


 一行は、街へ続く道を走って引き返した。




 


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