第3話 歩詩子と紫帆子

 



 扉を開ければ地球に帰ることができます。……でも、施設には戻りたくありませんでした。


 歩詩子は、サルスベリの幹にもたれると、枝先に揺れるピンクの花を見つめていました。


 そのときです。


「どうしたの? 寂しそうに」


 女の人の声がしました。


 振り向くと、そこにいたのは、ピンクのワンピースを着た黄色い肌の人でした。


 歩詩子は、その人の顔を見つめました。なぜだかわかりませんが、その人になつかしいにおいを感じたからです。駆け寄って、抱きつきたい衝動しょうどうられました。


「お名前は?」


「……ほしこ」


「ステキなお名前ね。私は紫帆子しほこ。さっき、ここに着いたばかりなの。トニオさんとの船旅ふなたびは楽しかったわ。ところで、ここは美しいところね」


「うん……」


「でも、まだお友だちがいなくて。ほしちゃん、友だちになってくれる?」


「えっ? うん!」


 俄然がぜん、うれしくなった歩詩子は、はずむようにうなずきました。


「……わたしでいいの?」


「もちろんよ。よろしくね」


 紫帆子が握手あくしゅを求めました。歩詩子も手を伸ばすと、温かい紫帆子の手が優しく包みました。




 小川のほとりの柳の下に腰を下ろすと、紫帆子は身の上を語りました。


「私は、ほしこちゃんのママと同じぐらいのとしだけど、子どもがいないの。……生まれてすぐに死んじゃった。病気でね。それからは一人で生きてきたの。もう、両親もいないし、……一人ぼっち。血はつながってなくてもいいから、お父さんやお母さん、そして、子どもが欲しいって、いつも思ってた。そんなとき、トニオさんに出会ったの。夜空を眺めててよかった。だって、じゃなきゃ、こんな、人種差別のない平和な国に来られなかったし、ほしこちゃんにも会えなかったもの。……ね?」


「うん……」


 歩詩子も、少しそう思いました。


「ね、ほしこちゃん、私の子どもになってくれない?」


「えっ! わたしでいいの」


 歩詩子も、紫帆子にママになって欲しいと思っていました。


「もちろんよ。ほしこちゃんみたいなかわいい女の子が欲しかったの」


「ほんとに?」


 歩詩子は、うれしそうに目を輝かせました。


「ええ。なってくれる?」


「うん!」


 歩詩子は、弾むようにうなずきました。


「よーし、決まり。じゃあさ、今度は私のお母さんになってくれる人を、一緒に見つけてくれる?」


「うん、いいよ」


「じゃ、行こう」





 二人がやって来たのは、ログハウスみたいな家の裏で家庭菜園をしているおばあちゃんのところでした。


「こんにちは」


「あい、こんにちは」


 紫帆子の挨拶あいさつに振り向いたおばあちゃんは、黄色い肌をしていました。


「わぁー、キレイなトマト」


 赤く実ったトマトに、紫帆子は感激しました。


「ほんとだ。キレイ」


 歩詩子も目を輝かせました。


「そうじゃろ? わしの自慢の菜園じゃ。キュウリにピーマンにナスビ。なんでもござれじゃ。どうじゃ、わしの作ったランチを食べんか。いま、作るとこだったんじゃ」


 その言葉に、歩詩子と紫帆子は顔を見合わせるとニコッとしました。


「では、娘と一緒にごちそうになります」


「あいよ。じゃ、いま支度したくするから、番犬のシバと遊んでなさい。ピューッ!」


 おばあちゃんはそう言って、軍手を外すと指笛を吹きました。


 すると、庭に咲き乱れるヤグルマソウの中から、青いリボンを首につけた子犬が、ちょこんと顔を出しました。


「名前はシバじゃ。遊んでやってくれ」


 おばあちゃんはそう言うと、家に入りました。


「かわいい。おいで」


 歩詩子が手招きすると、シバがしっぽを振りながらヨチヨチとやって来ました。


「かわいいね」


 歩詩子に抱かれたシバの頭を紫帆子がでました。




 歩詩子と紫帆子は、ツナとトマトの冷製れいせいパスタをごちそうになると、顔を見合わせてニコッとしました。


 そして、紫帆子は目配めくばせすると、歩詩子の許可きょかをもらいました。


 すると、歩詩子が笑顔でうなずきました。


「ね、おばあちゃん。……私のお母さんになってくれませんか?」


 紫帆子が不安げに聞きました。


 すると、


「ああ、いいとも。わしゃ、チャンじゃ。よろしく」


 と、言ってくれました。


 紫帆子はホッとした顔を歩詩子に向けると、


「私はしほこと言います。この子は娘のほしこです」


 と、紹介しました。


「ほしこです。よろしくお願いします」


 歩詩子も自己紹介しました。


「ああ、よろしくな。いっぺんに娘と孫ができてうれしいのう。……ところで、今度はわしの恋人を見つけてくれんかのう」


 チャンのその言葉に、紫帆子は歩詩子と目を合わせると、思わず吹き出しました。




 ここにまた、一つの家族ができました。庭では、シバがうれしそうに駆け回っていました。



 この“星の国”で暮らすことを決めた歩詩子は、お世話になった施設に感謝の手紙を書きました。


 それをトニオにたくすと、トニオは、ぺちゃんこの帽子を少し持ち上げて、ウインクしました。


 そして、歩詩子のメッセージを届けるために、トニオは地球に向かってオールを漕ぎ出しました。




 ~end~

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星の国~family~ 紫 李鳥 @shiritori

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