第1話 転入生
____その少女は、純潔の日本人にして黄金の髪を持っていた。
顔立ちは日本人そのものだが、カラーコンタクトでもつけているかのように瞳は翠色をしていた。
すらりと引き締まった体躯。ビスクドールのような透き通った肌。
その姿は、どうしようなもく目を引く。
すれ違っただけで、何人か振り返るような。
だが、彼女はどこか達観しているような、諦めているような目をしていて。
どこか、近寄りがたい少女だった。
軌麗市の中心部に、その学校はある。
「レイズ院高等部」。
そこが少女の通う学校であり、少女が忌み嫌う場所でもあった。
長い髪をリボンで束ね、茨の門をくぐる。
周りの視線を気にも留めていない様子で靴箱に向かう。
ローファーを脱ぎ、校舎用の上履きに履き替える。
「美沙夜!おっはよ~」
誰も話しかけられない少女に、話しかけた者がいた。
その相手を目が捉えると、少女は微かに笑みを浮かべた。
「智帆。おはよう」
「今日の英語の問題、教えてくれない?」
「当たってた?」
「多分そろそろ来ると思うんだよねー」
「わかった」
少女___美沙夜と呼ばれた___は、身を翻して教室へ向かう。
その隣には、智帆がいる。
屈託なく笑う智帆と対照的な少女が、初めて幸せそうに見えた。
英語のテキストを開き、今日の予習の分を教える。
重要な部分とポイントだけを教えていく。
「美沙夜が教えてくれるとわかりやすいよ~、ありがと~」
満足げにテキストを閉じる智帆。
「どういたしまして」
「よー、斜塔院に飯塚。はよ」
前の席の智帆の隣の、男子が2人に声を掛けた。
「げ。岩本じゃん」
露骨に顔を顰める智帆。
「なんだよ「げ」って」
不快そうに顔を歪める岩本。
「美沙夜に話しかけんな、ばい菌が移るだろ、バーカ」
「ばい菌じゃねーし。お前前回のテスト赤点連発して、ギリギリ大会出れないの免れたんだろ。馬鹿はお前だ」
その挑発に、智帆が立ち上がって言い返す。
「な、なんだと!そういうお前は、国語過去最低点数叩きだしたって聞いたぞ!」
「・・・そこまでにしたら」
掴み合いの喧嘩になる前に、美沙夜が制する。
「・・・美沙夜が言うなら」
頬を膨らませながら、智帆はしぶしぶ席に腰かける。
「へーへー。不毛な争いはやめますよっと・・・」
岩本も大げさに大きな音を立てて腰かけた。
しばらく3人の間には沈黙が流れていたが。
「あ、そうだ。斜塔院、今日転入生が来るって知ってたか?」
「・・・知らなかったわ」
そんな情報、どこから仕入れてくるのだろうか。
「アメリカ帰りの帰国子女らしいぞ」
「ふーん・・・」
「岩本は可愛い女の子を期待してるの?」
智帆が軽蔑するような視線を向ける。
「どっちでもいいわそんなの。仲良くなれるんならな」
岩本がそう言ったと同時に、チャイムが鳴った。
1,2分経って、担任の中年男性が入室してくる。
日直が声を掛け、全員を立たせる。
「起立。礼」
おはようございます、と一礼する。
おはよう、と担任教師が返すと、全員着席する。
「えー、何人かの生徒は知っていると思うが、うちのクラスに新しい生徒が来ることになった」
はい、と甘えた声を出す女子生徒が1人。
クラスの中心的人物、雛鳥由祐子がだ。
「男の子ですか?女の子ですか?」
「男子だ」
その返答に、女子がほのかに色めき立つ。
「入ってくれ、佐々井」
はい、と声がして。
教室の扉が開かれる。
洗礼された所作、美しい銀の髪。
優しげな、幼さの残る整った顔つき。
美少年、としか形容する言葉がないほど、少年の容姿は整っていた。
(・・・どこかで、会った?)
頭に何か引っ掛かりを覚える。
手繰り寄せて手繰り寄せるが____何も出てこない。
(・・・気のせい?)
痛いくらいの視線に気づいたのか、少年がこちらを見る。
心臓が跳ねる。
少年が美沙夜に向け、優しい顔を緩めた。
その顔を見て、女子が黄色い悲鳴を上げた。
「佐々井レイ、といいます。よろしくお願いします」
「佐々井はアメリカから1人で渡ってきた。色々不自由もあるだろう、皆教えてやってくれ」
はーい、と雛鳥を中心とする女子が返事をする。
「じゃあ、席は・・・斜塔院の隣」
教師が美沙季の方を指した。
レイは頷き、席へ向かう。
難しい顔をした美沙夜に微笑んで、レイは席に着いた。
「じゃあ、ホームルームを終了する。1限目は科学だろ、急いで移動しろよ」
教師が教室を去ったところで、女子がレイの席に集まってきた。
「ねえねえ、佐々井くん!一緒に移動しない?」
雛鳥を筆頭に、誘っている。
「人気だね、転入生」
智帆がそう言って立ち上がる。
「行こ、美沙夜」
「・・・そうだね」
机から教科書とノートとペンケースを出す。
「行こう、佐々井くん!」
雛鳥がレイの腕を掴んだところで。
「____ごめん、先約があるんだ」
そうやんわりと断ると、レイは美沙夜のところへやってきて。
「行こう」
場が、凍てついた。
星の行く末 天狼牡丹 @Kanawo
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