スピード超過の平凡男~速さだけが取り柄の俺は121分03秒で世界を救う~

徳川レモン

スピード超過の平凡男

 俺は目が覚めるとまず腕時計をはめる。

 アッセム王国用。グランゼル帝国用。ポトビス共和国用。

 ミトリドリス森林国用。デルフォナス魔国用。ムガート聖教国用。


 両方の腕に三つずつ。できればもっと付けたいが、腕時計は高価なので最低限必要な物だけにしている。

 俺は時計が好きだ。特に正確な時間を刻むと評判のスリス公国産の時計は見ているだけでうっとりする。見た目も機能性も段違いだ。


「おにーちゃん、もう起きてるんでしょ! 早く出てきて!」


 妹のエナが部屋のドアをバンバンと叩いている。

 いつも起床の遅い我が妹でも今日だけは早い。


 なんせ運命の教会で固有職ジョブを授かる日だ。


 固有職ジョブとは、一生に一度だけ運命の女神様より授かることができる特別な力だ。満十五を迎えた子供を対象にしている儀式なのだが、前前年は神父様が亡くなって中止に。前年は新任の神父様が病気になって中止になっていた。


 つまり十七歳を迎えた俺も、ようやく固有職ジョブを授かることができるのだ。


 部屋を出ると俺は朝食を食べる為にダイニングへと向かった。



 ◇



 運命の教会は俺達が住んでいる村の中心にある。

 白い壁に青い屋根が特徴の綺麗な建造物で、窓には伝説をモチーフにしたステンドグラスがはめ込まれている。


 教会の前ではすでに多くの少年少女が集まり今か今かと待ちわびていた。


 ガチャリ。教会のドアが開けられ、まだ若い神父様が姿を見せる。

 彼は俺達に微笑むと、一列になるように指示を出した。


「私達は最後の方かぁ。結構早く出てきたつもりなんだけど上には上がいたね」

「別にいいじゃないか。どうせ全員授かるんだからさ」

「おにいちゃんってこういう時は、本当にのんびりしてるよね。普段は馬鹿みたいに急いでるのにさ」


 エナはとんでもなく美少女だ。

 これは身内びいきではなく、実際村中でそう言われている。


 黒く長めのツインテールに人形のように整った可愛らしい顔立ち。

 肌も白く非常に線は細い。ぱっちりとした目は宝石のようだ。

 おまけに頭も運動神経も良くてほぼほぼ完璧だ。


 ただ、残念なことに欠点もある。その見た目と反して性格がひねくれていることだ。

 金に関しても貪欲で、妹が何か失敗することがあるとすれば間違いなく金銭関係だ。


「ライツ! なんでアタシに声をかけてくれないのよ!」


 振り返れば幼なじみのリリサが腰に手を当てて怒っている。


 美しい光沢のある金のロングヘアー。

 エメラルドの目と品のある端正な容姿は紛れもない美少女だ。

 最近では出るところはやけに出てきて、引っ込むところはとんでもなく引っ込んでいるので、大人ですら彼女に目を奪われている。


「あ、一緒に行こうって約束してたね。すっかり忘れてたよ」

「レディにこんな仕打ちをするなんてあんまりだわ! 詫びとして明日一日はアタシとデートしなさい!」

「でも明日は都に行かなくちゃいけないんだけどさ」

「じゃあ好都合じゃない! 今度は絶対に忘れないでよね!」


 トントンと彼女は俺の胸を人差し指で叩く。

 これをする時の彼女は実は怒ってなくて喜んでいる……とか妹が言ってた。

 どちらにしろ次を破れば確実に怒り狂うことは俺でも分かる。


「相変わらずのソフトツンデレ」

「あ? 何か言った?」

「別に」


 エナとリリサの間で空気が一瞬凍り付く。

 二人の仲の悪さを知っているので、列に並んでいる少年少女は関わらないように沈黙した。もちろん俺も。余計な一言はトラブルの始まりである。


「あれ? 誰あれ?」

「ほんとだ」


 リリサの見ている方角には見知らぬ男性がいた。

 白いローブを身に纏っているので聖職者のようにも見えるが、杖ととんがり帽子からその人物が魔道士であることを知る。

 彼の後方には一人の騎士が同行していて、子供ながらに位の高い人達であることを察することができた。


「ここがこの村の教会か」

「はい。お告げではここに彼の者達が現れると」

「過酷な運命を強いることになるのは忍びないが、これもひいては世界を救うため。選ばれた者達には乗り越えてもらうしかほかない」


 白いローブを纏った男性は、白く長い髭を揺らしながら、騎士と共に教会の中へと入っていった。


「何者なの?」

「さぁ、都のお偉いさんだろ」

「あれは多分、賢者モア」


 エナの指摘にハッとする。

 賢者モアとは、このアッセム王国に存在する魔道士の頂点だ。

 生きた伝説とも言われており、かつて勇者と共に魔王エンキを倒した人物である。

 さすがは我が妹。一目で見抜くとは恐ろしい。


「次の三名、お入りください」


 シスターに呼ばれて俺達は教会の中へと入る。


 建物の中は長椅子が並び、正面の壁には教会のシンボルである運命の女神像が、笑顔でダブルピースしている。両サイドの窓ではカラフルなステンドグラスが陽光で輝き、神聖で神々しい空気を創り出していた。

 もうすぐ固有職ジョブを授けられるのだと思うと、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 固有職ジョブは一生を左右する。


 聖騎士になれば信念を胸に名誉を得ることができ。大魔道士になれば栄光の魔道を歩み。錬金術師になれば真理を求めて知識の海にこぎ出し。高位鍛冶師になれば最高の一振りをこの手で造り出すことができる。

そのほかにも畜産家、庭師、農家、調教師、教師、医師などなど。

 細かい分類はあるものの手にすれば、その専門の知識と技術が段階を経るごとに得られるのである。


 もちろん勇者なんてのもある。


 なれただけでも歴史に名が残る超レアジョブだ。

 勇者の仲間である剣聖や賢者や拳王などを得るだけでも、村を挙げての祝賀会が開かれるのは間違いないレベル。

 まぁ、こんな辺鄙な村でそんなことがあるとは誰も思ってないだろうけどね。


 ちなみに俺が狙っているのは時計技師だ。

 割と頻繁に授けられる固有職ジョブなので可能性は高めだ。

 もしなれなくとも、手先が器用な職であれば技師になれる可能性は充分にある。


「ねぇ、アタシが先でもいい?」

「うん」

「おにーちゃん、贔屓は良くない」

「しょうがないだろ。リリサは村長の娘だし、沢山の住人が彼女のジョブを知りたがっているんだ。その代わり俺は最後でいいからさ」


 むうぅと頬膨らませる妹はリスのようだ。

 まぁ、俺自身もリリサの固有職ジョブは気になってるんだよね。

 幼なじみだし片思いの相手だし。


「やった、剣士だ!」

「おめでとうございます」


 前の男の子が喜びに飛び跳ねる。

 覗いてみると水晶の玉にうっすらと『剣士』の文字が現れている。


 固有職ジョブの儀式のやり方は簡単で、教会の所有する水晶に手を乗せると、玉にその人がなんの職か表示されるというもの。女神様がそのお力でもっともその人に適したジョブを授けてくださるのだ。


「残りは三人か……神父殿、彼女はどのような人物だ?」

「はい、彼女は村長の娘でリリサと申す者です」


 神父様と賢者様がこそこそと話をしている。

 俺は耳が良いので丸聞こえだった。


「ちょっと、もう手を乗せていいの!?」

「ああ、失礼。どうぞ」


 神父様に促されてリリサが水晶に手を乗せる。

 すると、玉が眩い光を放った。


 『剣聖』


 はっきりと現れた文字に俺だけでなく、神父様も賢者様も目を見開く。

 賢者様は素早くリリサの手を掴んで顔をほころばせた。


「おめでとう! 君は選ばれし勇者の仲間となった!」

「え、勇者の仲間??」

「そう、君こそ伝説となる存在、次なる剣聖だ!」


 リリサが勇者の仲間だって!?

 すごいぞ、ビッグニュースじゃないか!


「もう乗せていい?」

「どうぞ」


 我が妹はどうでもいいとばかりに水晶に手を乗せる。


 ビカビカビカーッ!!


 目が潰れそうなほどの光が放出され、教会の中は真っ白に染まった。

 光が収まると水晶にでかでかと文字が表示されていた。


 『勇者』


 あれ、目の錯覚かな。妹の固有職ジョブが勇者に見える。

 何度も目をこするが、やっぱり水晶に出ているのは勇者だ。


「おめでとう! 君こそが私が探していた勇者だ!」

「そうなんだ」

「やはりこの村に、選ばれし勇者と剣聖が誕生するというお告げは正しかった!」


 賢者様はエナの手を取って満面の笑みを浮かべる。

 そうか、だから賢者様がわざわざこんな辺鄙なところにまで来たのか。


「勇者とか剣聖とかどうでもいいから、ライツのジョブを早く見せてよ!」

「おお、失礼失礼。まだ最後の一人が残っていたのだな」


 賢者様は「後ほどお話しをさせていただく」と一歩下がった。

 どうも俺は眼中にないらしい。

 そりゃあそうか、お告げは二人を示したものだったし、俺は多分二人のような特別なジョブは与えられないのだろう。少し残念だ。


「では乗せてください」

「はい」


 ぺたり。水晶に手を乗せる。


 ……。


 …………。


 ………………。


 長くないか?


「あれ? まだ出てない?」


 神父様もさすがに焦り出す。

 普通ならとっくに出ているはずだ。


「も、もう少しだけ手を乗せていてください」

「はい」


 さらに五分。

 ようやく水晶に文字が浮かび上がった。


 『無理』


 え? ええ? どう言うことです女神様?

 無理ってどう言う意味??


「あ~、かもね~」

「なるほど」


 リリサとエナは水晶を覗いて納得している。

 けど俺と賢者様と近くに控えていた騎士は首をひねる。

 おかしいな。なんで神父様も納得顔なんだ。


「オホン、無理というジョブはあるのかな?」

「いえ、残念ながら過去にこのようなジョブがでたことはありません」

「だとすると女神様も決められないほど、あらゆることに才能がないのだろう。なぁに、君も落ち込むな。生きていればいいこともある」


 賢者様は硬い笑顔で俺を励ました。

 そっか、俺って才能がなさ過ぎたのか。


「ところで神父殿。新しい勇者殿はいかなる名前と家柄の方なのかな?」

「はい、名前はエナ。そこにいるライツさんの妹さんになります」

「……妹? 兄妹なのか? ならばなぜこんなにも服装が違う?」


 賢者様は俺とエナの格好に疑問を抱いたようだった。


 ま、そう思うのは当然だよな。

 だって兄である俺は薄汚れたボロボロの服に裸足なんだ。


 反対に妹のエナは水色の綺麗なワンピースを着ていて、首には宝石をふんだんにあしらったネックレスをしている。それに加え、腕にもキラキラ金で装飾された腕時計がはめられていて明らかに、金持ちの娘と言った様相だ。


 賢者様は何を察したように口を手で覆う。


「すまない! 私には君を救える手段がないのだ! だが自暴自棄になるな! 人生とは不幸の連続ばかりじゃないんだ! ほら、これをやるから元気を出せ!」


 彼は泣きそうな顔で俺に金貨を握らせる。

 あ、この人絶対勘違いしてる。


「結構です。てか、俺は自分からこの格好をしてるんですよ」

「洗脳されているのか!?」

「違うって! こうなったのにはちゃんとした事情があるんだよ!」


 よく分かっていない賢者とその騎士。

 けどこの場にいる三人はよく知っていた。


 神父様が「彼は少し特殊なので先にお話しを」と賢者様に話をするように促す。

 俺達は賢者様の前に一列に並び、話を聞くこととなった。


「ではなぜ私がここへ来たのかを伝えるとしよう。君達はすでに新しい魔王が生まれたことは知っているな?」

「この国の反対側にある魔族の領域のことですよね?」

「そう、そこに新しい魔王ペインが出現したのだ」


 俺達のいる国アッセムは大陸の極東にある。

 一方大陸の中央から西は暗黒エリアと呼ばれ、極西には魔を支配する魔王が存在している。

 この魔王はとんでもなく強力な力を持つ存在で、対局にいるとされる勇者でなければ倒せないと言われている。

 魔王の誕生には諸説あるが、今のところ有力なのは運命の女神に敵対する邪神が、女神とその眷属である俺達を滅ぼす為に差し向けているのではないかということらしい。


 端的に言うと、魔王の誕生は人類の死活問題なのだ。


「そこで我々は予知のできる人物に協力を求め、この村に勇者と剣聖が誕生することをいち早く察知したのだ。すでに他の仲間である賢者と拳王の現れる場所も特定済みだ」

「ふ~ん」

「へ~」


 リリサもエナもあまり驚いていない感じだ。

 もしかして衝撃的すぎてそんな反応になったのかも。


「君達には申し訳ないが、私に付いてきてもらい王都で魔王討伐の訓練をしてもらう予定だ。数年もしくは数十年はこの村に帰ってこられないことを覚悟してもらいたい」


 その言葉に俺はさらなるショックを受ける。

 リリサが王都に行くだって!?

 しかも数十年も帰ってこないなんて!


 とんでもない話なのに、やはり二人はどこか他人事の様子。


「それで魔王を退治すればどれくらいもらえる?」


 我が妹が指で輪っかを作ってあからさまに報酬を尋ねる。

 やめなさい。みっともないだろ。


「成功すれば金貨千枚を約束しよう。さらに爵位と領地も与えることも約束する」

「金貨二千枚」

「ではどちらかに王子との婚姻をつけるというのは?」

「それはいらない。結婚は地獄」


 おま、お前、賢者様の前でなんてことを言うんだ!

 相手は王子様だぞ! 玉の輿だぞ!

 にいちゃん、お前の将来がとてつもなく不安だよ!


「分かった。では金貨二千枚で爵位と領地を与えよう」

「交渉成立」


 エナは俺を見てニンマリする。

 あいつがああやって笑う時は、悪巧みが成功すると確信したときだけだ。

 リリサも妹の考えることが分かってるのか笑みを浮かべている。


「では早速――んん?」


 賢者様が教会を出ようとしたところで、エナが彼のローブを掴んで止める。

 彼女はその左手を出して何かを求めていた。


「その手は?」

「貴方の腰には質の良いナイフがあるはず。それを貸して」

「確かにあるが……何に使うつもりだ」

「いいから」


 受け取った彼女は、俺の前にやってきてそのナイフをぽんっと手の上に置いた。

 この流れって……まさか。


「おにーちゃん行ってきて」

「嘘だろ。魔王だぞ」

「その足ならいけるでしょ」


 こ、こいつ人の皮を被ったオーガだ!

 実の兄に死地へ向かえと言うのか!


「じゃあ聞くけど。もしだよ、もしおにーちゃんがやるとして、?」


 無意識に俺の中で計算が始まる。

 はじき出された数字は120分ジャスト。


「120分ならいける」

「じゃあ準備する」


 教会を出た妹は地面に枝で線を引く。

 俺はその線の前で軽く穴を掘り、クラウチングスタートに備える。


「何が始まるというのだ」

「今から魔王討伐が始まるのよ」

「は?」


 自信満々に答えるリリサに賢者は間抜け面を晒す。

 すぐに神父様が補足説明を始めた。

 

「えっとですね、彼はちょっと特殊な人間でして……異常に足が速いといいますか……人外と言いますか……」

「何を言いたいのかさっぱりだ。はっきり申したまえ」


「彼は大陸を60分で横断できるんです」



 長い間があった。



「60分!?」

「ええ、彼自身すでにそれで財を成しておりまして、彼の家はこの村では一番の金持ちなのです」

「だったらあの格好はなぜなのだ!」

「あれはですね、彼の場合走り出すと服が燃え尽きてしまう為に、非常に高価な耐熱性の服を着ているのです。ただ、それ故に一枚しか持っておらず、あのように汚れたままでも着ている次第でして」

「ではなぜ靴も履かず裸足なのだ!」

「それも靴が耐えられないと理由です。彼も裸足の方が走りやすいと申しておりまして、未だに靴は履いておりません」


 それでも納得できない賢者は俺の前に立ち塞がる。


「たかだか足が速い程度で魔王を倒せるわけがない! 無駄なことはやめなさい!」


 俺は昔から足が速かった。それだけが唯一の取り柄。

 だから速さにはそれなりにプライドを持っていた。

 たかだかなんて言われると普段は温厚な俺でも頭にくる。


 それにさ、リリサや妹と数十年も離ればなれなんてごめんだ。


 妹が手を上げる。

 それと同時に俺は腰を上げた。


「馬鹿な真似は止めるのだ! お前に魔王を倒せるは――」

「よ~い、ドン!」


 俺は地面を蹴る。


 ぐんっ、と身体が急加速して前に押し出される。

 発生した風で賢者様は吹き飛ばされた。


 村を抜け、ケダンの森を抜け、ミト村を超え、ナッパの峡谷を飛び越え、ブローダスの町を超え、クリッケルの樹海を抜け、マスガン湖の水面を走り、ビロの村を越え、ロブスター平原を抜け、ホエールの町を越え、パインの森を抜け、シュムールの湿原を抜け、スフィル草原に到着。


 そこでふと、勇者の伝説を綴った書物のことを思い出す。


(そういえば勇者の伝説には光の鏡が何度も出てきたな。あれがないとダメージが通らないとか書いてあったっけ。えーっと、鏡の場所は……アッセム城の地下宝物庫だったかな?)


 てことで、急ブレーキをかけて方向転換。

 目指すは王都。ここから十キロほどの場所にあるのでかなり近い。


 俺は走りながら王都に突入、体当たりで王城の門を突き破り、地下に繋がる階段を見つけて駆け下りると、扉を突き破って地下通路を駆け抜ける。宝物庫らしき部屋の扉を見つけて、体当たりで突き破り、部屋の中央に置かれている箱の前で停止した。


「これかな?」


 箱を開けると美しい鏡が入っていた。

 間違いない。これだ。


「侵入者だー!!」


 声が聞こえる。

 沢山の足音が響き城内は騒然としていた。


 俺は再び走り出す。


 地下通路を駆け抜け、階段を駆け上がり、城内の兵士達を弾き飛ばしながら破壊された入り口から出て行く。

 そこから王都を抜け、草原を抜け、ヤンバル山を越え、キウイ山を越え、シュバルツ山脈を超え、ポッキン村を越え、ストック荒野を抜け、サハリン砂漠を抜け、クシュリナ荒野を抜け、パパオ大森林を抜け、アッサム村を越え、グランバウム大峡谷を飛び越え、スパーダムの町を越え、リオリクの町を越え、ドニムの沼を抜け、エルシュリオの大河の水面を走って超え、帝都バハトを超え、オストール平原を抜け、オストール関所の扉を突き破って抜ける。


 ここから暗黒エリアへ突入する。


 ブラッドアプト谷の関所を突き破り、ラーナハイの町を越え、ポイズンフォレストを抜け、デス平原を抜け、スピアー山を抜け、コルオドの村を越え、テトリムの河を抜け、ワイバーンの巣を抜け、死の森を抜け、カクエドの町を抜け、ベヒーモスを弾き飛ばし、ドラゴンを弾き飛ばし、モモケリの里を超え、アンデッドの腐海を抜け、炎の峡谷を飛び越え、噴火中のレオリクス火山を越え、流れる溶岩の上を越え、ルシャール大塩湖を抜け、メポス氷雪地帯を抜け、ヒルビア古代遺跡群を抜け、ハーデン平原に到達する。

 平原には魔都エグダストがあるので、俺はそのままの勢いで魔都の正門をぶち破って突入した。大通りをまっすぐ抜け、そびえ立つ漆黒の魔王城へと正面から突っ込む。


 城内に突入した俺は通路を抜け、階段を駆け上がり、扉をぶち抜き、廊下を抜け、壁をぶち抜き、廊下を抜け、扉をぶち抜き、幹部らしき魔族を弾き飛ばし、階段を駆け上がり、幹部らしき魔族を弾き飛ばし、扉をぶち抜き、廊下を抜け、壁をぶち抜き、階段を駆け上がり、魔族の兵士らしき二十人を弾き飛ばし、廊下を抜け、壁をぶち破り、廊下を抜け、壁をぶち破り、屈強な戦士らしき魔族を弾き飛ばし、階段を駆け上がり、大きな扉をぶち抜いて魔王らしき人物を発見する。


 俺は玉座に座る魔王に至近距離まで迫って停止。


「――貴様は!?」


 バッと鏡を魔王に向ける。


「ぐぁぁあああああっ!? これは光の鏡か!??」


 魔王の身体から闇が抜け出した。

 俺は素早くナイフを抜いて魔王の首を一閃。


 スチャ。ナイフを鞘に収めると、未だに宙を舞っている魔王の頭部を掴んで再び走り出した。


 時計を見ると出発してから61分03秒経過している。

 ヤバい。予定よりも大幅に時間が過ぎてる。


 そこから俺は来た道を逆に走る。


 刻一刻と時間は過ぎており、このままだと到着は121分03秒になりそうだ。

 急がないと。間に合わなくなる。


 俺は再び王都に突入、板で穴を塞いでいる最中の王城の門を再び突き破り、地下に繋がる階段を駆け下りると、地下通路を駆け抜ける。宝物庫らしき部屋に入ると、部屋の中央に置かれている箱の前で停止した。


「これでよしっと」


 箱の中に鏡を戻す。

 少し借りただけだから大丈夫だよな。


 再び走り出した俺は城を抜け、王都を抜け出し、村へとまっすぐに走る。






 ズシャァァアアアッ。


 地面を滑りながらゴールのラインを超えた。

 すぐさま妹に目を向けると、あいつは椅子に座ってのんびりとジュースを飲んでいた。

 同じようにリリサも冷えたジュースを飲んでおり、近くでは神父様が団扇で二人を扇いでいる。


「タイムは!?」

「121分03秒」


 くそぉおおおっ! タイムオーバーだ!!


 エナは俺の持っている魔王の頭を掴むと、すっと埃まみれの賢者様に差し出した。


「討伐完了。これで世界は平和」

「…………」


 頭部を受け取った賢者様はまじまじと見る。


「確かに魔王だ」

「じゃあ報酬をもらう」

「そんな馬鹿な……」


 賢者様はがくっと膝を折って呆然とする。


「だから言ったでしょ。ライツは絶対魔王の首を取ってくるって。だってこの人、生まれた瞬間に時計の時刻を確認したくらい時間と速さにすさまじいプライドを持ってるの。そんな彼が、どれくらいでできるって聞かれて答えた以上、それはもうできたも同然なのよ」

「おにーちゃんは気が付いてないけど、速さ以外にもあらゆる能力が桁違いなの。女神様もジョブを与える無意味さに気が付いたみたい」

「あの、できれば神父としては、あまり神様をおとしめるようなことは、口にしないでいただきたいのですが……」

「「だって事実じゃん」」


 復帰した賢者様は俺の方へと歩み寄る。

 ぽんと肩に手を乗せると、疲れた顔で微笑んだ。


「お疲れ様。よくぞ魔王をたった121分03秒で倒した……うぐっ、ひぐっ、うぐぐぐ」

「あ、ありがとうございます」

「私は……ひぐっ、この首を……お城に届けなくてはいけない……ぐひっ、ふぐぅ、すまない、もう耐えられない!」


 賢者様は教会へと駆け込む。

 ぽろぽろと涙をこぼす姿はなんだか可哀想に思えた。


 彼はかつて勇者達と共に十五年という年月をかけて魔王を討伐した英雄だ。

 そんな彼の目には、俺のしたことはかつての過酷な旅を否定したように映ったのかもしれない。


 だがしかし、俺には俺の貫き通すべき信念がある。


 時間とは価値だ。この世界であらゆるものが時間に支配され、刻々と時を刻んでいる。ならば一秒たりとも無駄にはできない。だからこそ俺は速度でによってその無駄な時間を圧倒的に短縮する。そう、無駄とは損失だ。時間的損失をすることによって人は不幸を被り続けるのだ。


 すなわち速さとは力。速さとは価値。速さとは幸福。速さとは正義。


 俺は俺の正義に従い生きているのだ。


 おっと、そろそろ帰って牛の世話、畑の世話、家の屋根の修理、村の外壁修理、道の舗装作業、ペットのベヒーモスの餌やり、引っ越し作業、隣の大陸への運送、島々への配達、航海中の船への食料と水の販売をやらないと。


「ほら、もう帰るぞ」

「は~い。でもおにーちゃん、これで我が家も貴族の仲間入りだね」

「また父さんと母さんがニヤニヤして喜ぶだろうな」


 俺は妹を背中に乗せると一気に走り出す。

 向かう先にはアッセムの王城の三倍はあるだろう我が家があった。


 【完】


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