第二章9  『決着④』

 点々と肌に伝わる感触と匂いから『猿山縁間さるやまえんま』の意識は呼び起こされる。


「雨……?」


 ゆっくりと瞼を開け、晴れた視界に映ったのは黒焦げた民家の姿だった。

 徐々に身体を動かし起き上がれば、天を黒い雲が覆い、辺り一帯の炎を鎮火していた。


「そうだ……」


 雨を一頻り眺めたのち、重たい腰を上げ、少年のもとを目指し、足を動かす。


「うりゅう……」


 未だ身体の傷は癒えておらず、動くたびに節々に痛みが走る。

 『バオギップ』という山賊の首領から追わされた傷、未来で得るはずの力を先取りし、慣れない動きによる反動で、身体が悲鳴を上げている。

 それでも歯を食い縛って、倒れそうになるのを堪え、前へ進んで行く。


「はぁ…はぁ…」


 一歩、また一歩と踏みしめ、同時に景色も移り変わっていく。

 いつしか左方の住宅が途絶え、酷く半壊した場所に出る。



「―――」



 そこには、あるはずのない広場ができあがっていた。

 木造が剥き出しと化したものや、瓦礫の山と化した民家。

 それが半円を描くように壁を成しており、中央には黒装束を纏った誰かが横たわっていた。


「……っ!」


 それを目にした途端、自分の記憶と一致する人物であると察知し、急ぎ足を運ぶ。


 黒髪に黒いロングジャケット、黒のズボンにブーツと黒一式の服装をした少年。

 あれは間違いなく、探し人である『魅剣羽亮みつるぎうりゅう』であると、安堵したのも束の間。

 そこにいたのは、『魅剣羽亮みつるぎうりゅう』だけではなかった。


「なんで……」


 それだけでなく、避難していた街の住民たちが瀕死の羽亮を前に佇んでいる。


 意識があるのか、立ち上がろうとする羽亮に対し、誰も手を貸そうとはしていない。

 それどころか、疎んでいるようにさえ思えてくる。

 それほどまでに醜いものを見るかのような目が羽亮を捉えていた。


「町長……?」


 先頭に立ち、羽亮に対して口を動かしている一人の老人。

 綿毛のついた緑色のニット帽に太く白い眉毛が目元を隠し、長い髭と杖が特徴的な町長。


 彼らが何を話しているのか。

 それが近づくにつれ雨音交じりに聞こえ始める。


「ぇ……」


 その場へと混ざりかけた瞬間、足が止まってしまう。

 何を言っているのか、理解できないというより、信じ難い話だった。

 周りの大人が険しい顔で、怖い目つきで、少年を見下し、嫌悪している。



「――もう一度言う」



 改めて、町長は告げようとする。

 住人の視線を羽亮へ一緒くたに浴びせながら、理解できない言葉を吐こうとする。


「この街から、早々に立ち去れ」


 再び放たれた言葉にふと思う。


 羽亮は今、どんな表情をしているのだろうか。

 髪に隠れた顔、後ろ姿からは何もわからない。


 街の皆はなぜ、そうまでして羽亮を嫌おうとしているのか。

 酷くおぞましい視線を向ける理由がわからない。


 どうして街を救ってくれた英雄にそんな言動を取れるのだろうか。

 それが何故だかわからない。


 本当に何を言っているのか、わからなかった。


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FEATHER 「S」 @sonshi0423

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