漆黒に黄色い眼孔が

住原葉四

漆黒に黄色い眼孔が

 私と彼が出逢ったのは今から九年前の夏頃だった。当時住んでいたマンションの裏に何やら灰色の物が並んでいる其処に彼は居た。初夏の陽に真黒な服を来た彼はとてもじゃないが痩せこけていた。その日は学校が有ったので仕方がなく其処を立ち去った。水曜日の早帰り。五限が終り直様帰宅した其処に彼は居なかったのだ。痩せていたとは言え怪我はしていなかったので何処か遠くへ行ってしまったのだと、私は思いマンションへと戻った。

 私には弟が居る。同じ小学校に通っていたのだが、どうやら弟の方が帰るのが早く玄関のドアを開けたときには靴が有った。私は帰りの挨拶をしてから靴を脱ぎリビングへと歩いた。いつもは部屋にいる弟が今日だけリビングに居たのは少々気になったが、気にしないで部屋に戻ろうとした矢先、毛布に包まった彼を見つける。何故彼が此処に居るのだろうか、どうやって来たのだろうか、弟が連れてきたのだとするなら良く此処まで連れてこれたものだ。考えが頭を過るが、彼の寝顔はそんな事を思わせないほど癒やされるものだった。最終的に彼を家に置くことに成ったのだが、親が快諾した理由は未だに分らないまま、これからの彼との生活に胸を弾ませた。


 *


 彼を家に迎えた次の日には病院へと連れて行き、何処にも異常が無いことを確認して遂に我が家の一員となったのだ。それから私はあっという間に年を取り、小学生だった私は高校生へと成長し、家には更に二人を迎え入れ、七人家族となった。数が多くなって彼に負担が掛かるのではないかと思ったのだが、私の心配は無用だったようで、他の二人とも仲良く遊んでいた。私は三人を愛でて時には共に遊んでいた。

 数年も一緒に居れば彼の性格も段々と分ってくる。喋っている言語は日本語でもなければ英語でもない、私の知らない言語のようだが不思議と意思疎通は出来た。体に出やすいのか考えていることは直ぐに解る。彼は黒い服を好んだ。アクセサリーを勧めたがどうやら嫌いらしく売るのも勿体ないので押入へと封印した。魚は好まず、鳥を好む。最初に来たのか他の二人とは違い、どこか上らしい風格を持っていた。二番目に来た子とよく喧嘩はしていたが私からすれば一番仲の良いように見えた。胃が弱いのか吐き易く御飯を食べた後は高確率で吐き私を困らせたりはしたが、医者が言うには何ら問題ないとのことだった。彼との生活は非常に充実している。新しい発見も有るし、新しい視点からも物事を客観視することが出来た。外には出ないものの、彼を求めて沢山の人が彼を見に来たものだ。



*   *   *



 私が高校三年生に成った頃、彼が体調を崩した。理由はよく変わらず診察結果も「異常無し」とのことだった。家に帰って様子を見るには辛そうでずっとぐったりと寝ていた。それは次の日も変わらず、また前日よりも体調が悪化したため病院へ。結果入院と云う事だった。私がそれを知ったのは昼休みで親と連絡するしか出来なく、彼の様子を確認出来ぬまま次に逢った時、彼は眼を一切開くことがなかった。

 まだ若かった彼の身体は氷のように冷たく、今にも動いて走り出しそうな雰囲気なのに、彼は反応すらもしなかった。彼との想い出は濃い物とは言い難い。だが家に迎えてから今日まで沢山の事を教えてくれたのは確かである。吐き癖は有ったが食欲旺盛で、ずっと寝ているがやんちゃで、盗み食いはするが聞き分けはよくて、家族全員彼を愛していた。彼を一番愛して居た弟も母親も父親も、勿論私も、彼がもう一度眼を覚ますことをただただ只管に願うまま、別れを告げた。

 彼は一度親に捨てられ、拾われたのだがその拾った人からも捨てられた。そう思って振り返ると私達は彼を幸せにできたのだろうか。静かな寝顔から私はそれを感じ取ることは出来なかったが、幸せであってほしいと願うばかりである。旅行で留守して帰ってきた時は盛大に迎えてくれ、学校から帰ってきた時も迎えてくれ、主に御飯の催促だったが、それは私達の生活でなくてはならないものだった。彼が居ない部屋は随分と広く感じる。

 限界が来たようだ。滝のような洪水のような台風のような水が、部屋の中なのに外は晴れなのに降ってくる。私はその場で蹲る。家族の誰にも見られないようにして、声にもならないような嗚咽を私はするのだった。

 彼は幸せだったのだろうか。彼を幸せにできたのだろうか。私達家族は彼のお蔭で幸せだった。今はそう思うことこそが彼への唯一の償いで、報いなのだろう。


 身勝手で我儘な我々をどうか許しておくれ。そして安らかに眠ってくれ。



 その夜に彼は現れなかった。

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漆黒に黄色い眼孔が 住原葉四 @Mksi_aoi

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