第52話 オーストラリアにて

      オーストラリアにて



 と言う訳で、現在俺は、先頭にナビを抱えたクリス、その後ろに新藤、更に殿しんがりにサヤを乗せ、太平洋上空だ。

 ちなみに、新藤とクリスには、松井が作ってくれた救命胴衣を着用して貰っている。

 背中からロープが生えており、そこに巨大なフックがついており、それを俺のハーネスに引っかける事が出来る、特別製だ。


 目的地は、タウンズビル、オーストラリア空軍基地。

 そこで一旦新藤達を降ろし、空軍で詳細の説明を受け、それが終わったら山火事を鎮火しながら南下していく予定だ。

 また、その間に新藤とクリスは、軍の飛行機でブリスベンへ。更に、飛行機の中で値段の吊り上げ、もとい、契約交渉だそうだ。


「後ろ、大丈夫ですか? 今回はアマンダの重力障壁が無いんで、きつかったらすぐに言って下さいよ~」

「ええ、少しずつ加速してくれたから、全く問題無いわ! でも、もうマッハ3よ? フィールドのおかげで、全く感じないけど」

「ええ、シン君、まだ大丈夫ですが、これ以上は流石に……」

「あら? そんなに出てたんだ。じゃあ、このくらいの速度で飛びますね。サヤ、周り、異常ないか? 野次馬とか」

「最初は何機か居たみたいっすけど、もうついてこれないようっすね~。ってか、異常ならここにあるっす! 二人共、あたいの目の前でいちゃつくのは勘弁して欲しいっす!」


 振り返ると、新藤が両腕でしっかりとクリスの腰を抱きしめている。


「あはは、サヤちゃん、まあ、そう言わないで下さい。陛下も、新婚旅行を兼ねるというのは、特に否定はしませんでしたし」

「そうよ! サヤちゃんだって、この仕事、半分デートだと思ってるでしょ?!」

「ま、まあ、それはそうなんすけど」


 うん、俺はこうしてサヤを乗せてやるのが精一杯。彼女を抱きしめてやることが出来ないのが残念だ。

 俺も少々ばつがわるくなったので、話題を変える。


「ところで新藤さん、さっきのアマンダへの土産の件、何故、新藤さんじゃなく、俺とサヤに振ったんですかね? 頼むなら、新藤さん達にが筋では? 事実、新藤さんは既に段取りもつけてくれているようですし」


 すると、新藤は頬をぽりぽりと掻き、代わりに、クリスが溜息を吐きながら答えてくれた。


「貴方、ほんっと~にっ、鈍いわね! あれは、シン君とサヤちゃんに甘えているのよ!」


 ん? あれで甘えている? あれは怒っていたのでは?

 なので、何故怒られたかを知りたかったのだが、これでは訳が分らん。

 しかし、これに新藤も軽く頷き、追従する。


「まあ、そんなところでしょうかね~。陛下相手に失礼ですけど、あれは、多分八つ当たりですね。本当は自分も一緒に行きたかったのだけど、立場上、それは許されない。なので、最も親しい人間に怒りの矛先を変えてみた。そんな感じでしたね~」


 ぶはっ!

 子供ですか?!

 って、まあ、以前からもそういった言動は結構あったか?

 ふむ、クリスじゃないが、俺が鈍いのだろう。


「なんか、アマンダさんって、実は、あたい以上にガキなんすかね~?」

「さあ、どうなんだろうな~? でも、今のを聞いて、俺も少し安心したよ」


 俺は、ホーシェンの言葉を思い出している。

『中身は俺様達と同じ人間なんだよ!』

 そう、勝手に彼女を聖人と決め付けていたのは俺達だ。


 そんな事を考えているうちに、陸地が見えて来る。

 そして、時間はまだ1時くらいだそうだ。

 距離的には6000Km程、メリューを出たのが10時くらいなので、平均マッハ2ってところか。ふむ、本気で飛べば、1時間を切れるな。



「この空港の滑走路は、軍と民間の共用です。それで、私達は、あの民間機が居る滑走路ではなく、軍のヘリポートです。オーストラリア政府も、まだメリューを認めていませんから。とは言え、オーストラリアの森林火災は、もはや地球規模の環境問題ですので、向こうはかなり期待しているはずです。対策予算にも、総額1500億円と注ぎ込んでいますからね~。いや~、久しぶりに圧倒的に優位な立場での交渉ですよ。これは気分いいですね~、とは言え、陛下にも、モーリスにも、後々の事を考えてと、釘を刺されましたけどね」


 ぶはっ!

 振り返ると、新藤はかなりのどや顔だ。また、新藤ならば、メリューと豪、両国にとって丁度いい額に纏めてくれるだろう。

 そして、民間の方ではなく、軍の方へってのは、仕方あるまい。

 向こうだって、俺達の扱いには困惑しているはずだ。



 誘導員が棒を振り回してくれているヘリポートに着地すると、早速、これでもかという軍人たちに取り囲まれる。

 皆、銃は持っているが構えてはいないので、まずは安心だろう。


「Is this the real Dragon?!」

「Oh~! Ninja girl!」


 皆がどよめく中、上級将校と思われる制服を着た人と、スーツ姿の男二人が、そこから進み出て来た。


「Welcome to Australia!  We are waiting!」


 うん、ここからは完全に英語圏だ。これくらいの挨拶程度の英語なら問題無いが、間違いがあってはいけないので、ラーゲージスキルをオンにする。


 ここから後は、特になんてことはなく、新藤達を降ろしてやると、皆で簡単に挨拶を交わし、俺の為に用意していたと思われるハンガーに案内された後、説明を受ける。


 新藤から、相手が混乱するだろうから人間には擬態しないほうがいい、と言われていたので、面倒だが、腹ばいの状態で顎を地面に着けながら、連中の出してくれた地図を覗き込む。


 ふむ、今日はお試しのようだ。

 先ずは、このタウンズビルから最も近い森林火災、数ヶ所を鎮火してくれと。


「それで、良ければ、我が軍の兵士を一人、ナビゲーター役として、同行させては頂けないだろうか?」


 上級将校と思われる人が、ヘルメットを被った、如何にも空軍パイロットって服装の男を指し示す。

 うん、これは断れと新藤から言われていたな。


 別に、軍人を乗せるのが問題な訳ではない。現に松井も乗せているし、ナビをしてくれるのならばこっちも助かる。

 だが、この後の事を考えると、既成事実をあまり作って欲しくないとのことだ。

 そう、あいつを乗せたのだから、俺も乗せろと言われたら断り辛い。


 また、現状、オーストラリアには国家として認めて貰えていないので、極力、仕事だけのドライな関係で居るのがいいらしい。

 そしてこれは、魔法虫の伝染にも関わるので、何気に重要である。


「すみません。火災現場の上空では、不測の事態が予想されます。俺から落ちても死なないって保証を頂けない事には、許可出来ませんね。パラシュートを装備していても、低すぎる高度では無意味ですし、火災の上じゃ危険すぎますね」


 なので、予定通りの返答だ。

 だが、当然相手も食い下がる。


「しかし、それならば、そのサヤ君はどうなのだ? 見た感じ、普通の少女にしか見えないが?」

「あ~、あたいなら大丈夫っす。流石に宇宙空間だときついかもっすけど。そもそも、シンさんから落ちるなんてへまはこかないっす!」


 うん、これは事実だ。

 サヤなら、数百メートルくらいなら地面に縮地して終わりだ。

 例え高度1万メートルであっても、俺さえ見えていれば、これも俺の背中に縮地するだけだ。

 しかし、思うに、こいつの身体能力ならば、例え縮地が使えなくとも大丈夫なのではなかろうか?


 だが、相手は未だ怪訝な顔付きをしている。

 まあ、日本の記者会見でも、サヤに対しての質問はあまり出なかったし、知らなくても当然か。


「じゃあ、論より証拠って奴っすかね? あたいと同じことが出来たら認めるっす。シンさん、ちょっと立って欲しいっす」

「よし、分かった!」


 俺がむっくりと身体を起こすと、俺の背中に、サヤが一度の跳躍で飛び乗って来た。

 そして、そこから地面に飛び降り、何事も無かったように連中に振り返る。


 ちなみにこの光景を、新藤とクリスはにやにやしながら見守っていた。


「さ、どうぞっす! シンさんの背中はあたいの指定席なんで、今回は特別っすよ~」


 うん、これは効いただろう。

 俺が立つと、俺の背中の高さは、地上5~6mくらいだと思う。

 一度の跳躍で乗れる奴が居たら、今頃こんな場所には居ない。メダルの山を首から下げて、陸上競技場だろう。


 上級将校は絶句し、俺に乗せられる予定だった男は、首と手を左右に思いっきり振るのみだ。



 その後は、サヤがクリスと一緒に地図と睨めっこしながら、ナビにマーカーを付けて行く。

 そして、軍から、高性能の温度センサーと、トランシーバーを借りて準備完了だ。

 何でも、地中の根っこの部分まで燃えているので、この温度センサーは必須らしい。炭火状態になっている、この地中の部分まで鎮火しないことには、またすぐに燃え広がるとのことだ。


 うん、聞いてはいたが、確かにこれは厄介だ。

 莫大な予算を投入しているにも関わらず、未だに鎮火できないってのにも納得だ。



「フリーズブレス!」


 俺は、煙を上げている一帯の、高度50メートルくらいから、手加減無しの、氷結のブレスを放つ!

 すると、眼下では、俺の通った後、幅20メートルくらいが、真っ白な道に変化していく!


「いい感じっすね。完全に消えてるっす!」

「で、センサーの方はどうだ? 表面だけ凍らせても、地中でまだ燃えていたら意味が無い」

「ん~、今の所、反応はないんすけど…、あ! ちょい右っす! 反応あるっす!」


 サヤが指す地点は、既に完全に燃え尽きたと思われる、灰色の木々が立ち並んでいただけだったので、そこにはブレスを吐いてない。


「なるほどね。フリーズブレス! サヤ、取り敢えず、最近まで燃えていたと思われる場所もだ! しかし、この調子じゃ魔力がいくらあっても足りないな」

「そうっすね~。でも、あたいの魔力も使ってるんすよね? ならこの仕事は、完全に二人の共同作業っす!」


 ぶはっ!

 新藤達に影響されたか?



 その後、ブレスを吐き続ける事、小一時間。

 現在はまだ一ヵ所目。

 燃えていたのは、幅数100メートルくらいの帯状に数キロ。

 それを、真っ白に塗り潰すように、ローラー作戦を敢行した。


 そして、気になる魔力の消費量は、二人共1/3くらいのようだ。


「よし、これでこの一帯は完了のはずだ。センサーどうだ?」

「反応ないっすね。でも、これ、感知できる範囲が結構狭いんで、正直、消し残しはあるはずっす」

「だな。じゃあ、明日またここに来て再確認してみよう。時間が経たないと、地中の奴は反応しにくいだろうし」

「そうっすね。ここら一帯、完全に煙は消えたっすし、次の地点っす!」


 結果、2ヵ所目を鎮火し終わる頃には、時間も5時くらいとなり、魔力も1/4くらいしか残らなかった。

 また、その頃になると、マスコミも嗅ぎつけたようで、軍の先導というか見張りを含め、何機ものヘリを周囲に侍らせての作業となっていた。

 ってか、あいつらに消火剤持たせた方が早いんじゃないのか?


「よし、じゃあ、今日はこれで終わりだ。これ以上は、魔力切れでメリューに帰れなくなる。一旦基地に戻って報告して、続きは明日だ」

「了解っす! で、一ヵ所につき一時間くらいっすかね。で、魔力消費が1/3。結構きついっすね」

「まあ、場所によりけりなんで、面積で計算しないと何とも言えないが、一日数時間が限度なのは間違いないな」


 サヤがトランシーバーでこれから帰投すると英語で伝えると、上で見守っていたヘリが、俺達の前を飛び始めた。



 俺達が基地に帰投し、サヤが先ずは新藤に報告すると、新藤夫妻も丁度ホテルについたようで、いいタイミングだった。


「……って、感じで、一日数時間、2ヵ所が限度で、それも、地中の奴に関してはまだ怪しいっす。………。了解っす! じゃ、あたいらは予定通り、一旦メリューに帰るっす。ここじゃ、シンさんが安心して休めないっすからね。なんで、そっちは存分にいちゃつくといいっすっよ~」


 うん、ちゃんと帰らないと、アマンダが、ベッドがないとか言って暴れかねんからな。


 しかし!

 連中への報告へと、ハンガーに入ると、中の状況は一変していた!


 大きなテーブルが出されており、そこにはご馳走が並んでいる!

 もっとも、それはどうやらサヤ用で、俺用と思われるのは、牛が一頭、生きたまま繋がれていやがる!


 そして先程の上級将校が、俺の胸元に進み出て来る。


「お疲れ様! うん、完璧だったよ! 思っていた以上だ! 報告では、君がブレスを吐いた場所は、地下数メートルまで凍っていたそうだ。うん! これで、ようやくこの火災を葬り去る目処がついた! そしてこれは、我々からの、感謝の気持ちだ!」


 彼は満面の笑みで、俺を牛が繋がれている所へ先導しようとし、サヤも、兵隊達にテーブルに案内される。


「さあ、あれだけの結果を出してくれたんだ。当然腹も減っているだろう。遠慮なく食べてくれ! そして、今晩はここで休んでいくといい。明日も来てくれる予定なのだろう? メリューからよりも、ここから直接出撃した方が楽な筈だ!」


 まあ、新藤で予想はついていたが、やはりこうなる訳ね。

 ちなみに横を見ると、体操なんかで使われるような、巨大なウレタンマットが積まれていやがる。どうやら、俺のベッドか枕のつもりのようだ。


 そして、ここでご馳走になったが最後、留守番をしてくれているアマンダ達の機嫌が悪くなるのは間違い無かろう。

 もっとも、牛一頭は辞退したいところだが。食うなら、人間に擬態して、ステーキとかがいい。


「あ~、え~っと、お気持ちは大変嬉しいのですが、今日はメリューに帰って、直接女王に報告したいんで。それで……、あ! こらサヤ! まだ食うな! あ、すみません。良ければその、持ち帰り用のタッパとかありますかね?」


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