第8話

 番兵は、お城へ戻ると、番兵長にことの仔細を報告しました。

 そして、これはひとえに自分の配慮不足から起こったことなので、自分一人の責任である、どうかほかの者にお咎めが及ばないようにしていただきたいと何度も頼みました。


 しかし、番兵長は、番兵が日ごろ、実直に任務を果たしていることをよく知っていましたし、その朴訥な人となりも承知していました。

 奥さんが病気で長いこと寝付いていることも知っていました。

 それで、王様の前へ番兵を従えて進み出ると、事実を述べたうえで、どうにか罰が軽く済むようにこう述べました。


「王様、部下の過ちは長である自分の監督不行き届きであり、責任はあくまで自分にあります。

 ぜひ番兵には寛大な措置をしていただきたく、お願い申し上げます」


 王様はそれをお聞きになると、二人の責任感と思いやりの深さに打たれました。

 そして、しばらくお考えになられた後、静かにおっしゃいました。


「あの木はもう役目を終えたということだろうな。

 国の外交を珍しい果実に頼らぬようにという神の思し召しかもしれぬ。

 

 番兵にも番兵長にも、もちろん蟻たちにも、何の咎めもなくてよいぞ。


 番兵は、そのような事情なら、すぐさま任を解き、伴侶と共に生まれ故郷へ帰してやるように。

 そして、学者たちに、持ち帰って研究用に保存してある実はないか聞いて、あればここへ持ってこさせるように」



 一番偉い学者がやってくると、王様は尋ねました。

 

「学者よ、余っている木の実はあるか」


 学者はそれを聞くと、ぴっと姿勢を正して答えました。


「王様、我々は、持ち帰りましたものにつきましては、何もかも記録した上、全てに番号を振って、そのまま大切に保管しております。

 それらはこれからの研究にどうしても必要な大切な資料でございます」


「して、何を研究しておるのじゃ」


「はっ、あの貴重な木を再びよみがえらせる研究にございます」


「そうか、それなら丁度よい。

 この者がこれから生まれ故郷に帰る。

 気候のいい、緑にあふれた里と聞く。

 実からとった種を、幾粒か持たせてやりたいのじゃ」


「はっ、ありがとうございます! 確かに承りましてございます!」


 番兵と番兵長は、一緒に王様に見事な敬礼を返しました。



 番兵はそれからすぐ、奥さんを連れて故郷へ帰りました。

 そして、家のそばの畑の片隅に、下賜された種を一粒ずつ丁寧にまきました。



 丹精した甲斐あって、全ての種が芽を出し、すくすくと育ち、薄緑の葉をたくさんつけました。

 その若い歯があまりに良い香りだったので、ふと思いついて幾枚かを干して煎じてみると、とても香りのよいお茶ができました。

 それを奥さんに飲ませると、何をしても良くならなかった奥さんの病気は、少しずつ良くなっていきました。

 そうして、また、果物のジャムを拵えてくれるまでになったのです。



 畑仕事の途中、お午に夏みかんのジャムを挟んだコッペパンをかじりながら、今はお百姓になった番兵は、畑の隅の木にいつか実がなったら、王様のお城に届けたいと思いました。

 そして、いつの日か、木がたくさんに増えて国中のだれもがこの実を食べられるようになったとき、奥さんにこの木の実のジャムを煮てもらえたらいいな、と夢見たのでした。

 そのジャムをつけたパンを、王様も兵隊も外国からのお客さまも、国中の子供から大人まで皆がおいしいと思ってくれるといいな、そのとき、そのジャムをたっぷり付けた一番大きなパンの一切れは、お礼にあの蟻とその一族にやれたらもっといいな、そうできるよう頼んでみようか、と思うのでした。



                               (終わり)

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番兵と蟻 紫堂文緒(旧・中村文音) @fumine-nakamura

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